明日の過ごし方 後


いつだってこの領域は真夜中で、一つだけ浮かぶ月だけが光源。
廃墟と言っていい建造物は神殿のようでもあり王の墓のようでもあった。複雑な造りをした石造りの回廊が冷たい。
十字路を3回左に折れる。一見すると行き止まりで外の景色が見えるだけだが、そこが俺たちが使っている部屋の入口。
ティーダが隠されたギアを作動させれば滑車が回り、壁が動く。
ズズズ、と重たい音が途切れるのを待って部屋に入った。同じ時間をかけて壁は閉まり、何事もないかのように行き止まりを装うのだ。
ぽすん、とティーダが軽い仕草で一つしかないベッドに腰掛ける。
ぽんぽん、と隣を叩くがそれを無視して椅子に座った。
「こっち来てくれないんスか」
「ここでも十分近いだろ」
「オレはもっと近くがいいの!」
「…………」
ガキ、と思うだけに止めたがティーダには伝わってしまったらしく、子どもらしく頬を膨らませて立ち上がった。
ベッドと向かい合うように座っている俺の前まで来て床に座り込む。
「足」
「掠っただけだ。貫通もしていないし、中に弾が残ってもいない」
「残念スか?」
「何が」
「何でもないッス」
自分で聞いたくせにティーダはそれ以上は言葉を重ねず、ビッと血の染み込んだパンツを破れ目から裂く。
日に焼けたティーダの肌には程遠い、白い足が露出する。不愉快だ。
赤い舌が、未だ血の止まらない傷口に向けて伸ばされた。
ぴちゃ ちゅ、ちゅく
「………っ」
肉厚の舌が触れる傷口がピリピリとする。自然と流れ出るのではない、吸い上げられる血に背筋がゾクゾクとした。
止めろ、と言わないのは、言っても聞かないとわかっているからだ。
じゅ、ぺちゃ ちゅる
一際大きく吸い上げられ、その後まるで宥めるように優しく舐められる。
「ん……な、もう痛くないッスか?」
お前が痛くしているんだろうと言いたかったが、黙って頷いてやる。そうでもしないとこの馬鹿はいつまでも舐める続けるんだ。
「じゃぁ交代」
「………はぁ」
溜息をついているのにティーダはにこにことご機嫌なまま。
よっと掛け声をして先ほどまでいたベッドに戻ると、自ら上着を脱いで放った。
その間に俺はテーブルに常備してある救急セットからテープを取り出し、一時的に血が止まった傷口に貼る。
結局医療テープを使うのだから傷口を舐める意味なんてない。効率や衛生面でいくらでも反論できるはずなのに、いつも何も言わずティーダの傷口を舐めるためにベッドに向かってしまう。
「スコール」
左側の脇腹から血が流れている。それなりに深い傷のはずなのに、楽しそうな声。
跪いて左脚に手を置いた。傭兵だった俺よりも、スポーツ選手だったらしいティーダの方が筋肉のつきがいいように思えて憎らしい。
大きく口を開いて、傷口に咬みついてやった。
「い゛っ!?」
反射的に伸ばされた手に髪を掴まれて引き離された。引っ張られる髪が痛い。
睨みつけた先、ティーダは海の色した目に涙を溜めていた。
「泣き虫」
「………泣いてない」
指を突っ込んだら泣くかと思って手を伸ばしたが、あっさりと見つかり抑え込まれる。
残念だ。
「スコールってたまに変なことするよな」
「お前に言われたくはないな」
「どーせオレはバカだよ」
そこでようやく髪から手が外される。まだ引っ張られる感覚がして手櫛で髪を整えた。
ティーダの手といえばおとなしくベッドに戻らず、なぜか俺の顔の輪郭をなぞったかと思うと顎を掴む。
「ティー…?」
近づいてくる海と開けられた口から伸ばされる舌に思考が止まる。
始めは口の端。音を立てて吸われた。
次に口元から顎にかけて。ぺちゃぺちゃと下品な音を立てて何度も往復する。
その後は口唇。舌先でれろ、と一周された。
最後に頬に軽いキスを音して離れていく。
「はっ……ぁ」
「咬みついたから、血で口の周り真っ赤になってたっスよ」
鉄の味がする、などと続けてぺろりと己の口唇を舐めた。
「ちゃんと、傷口舐めて欲しいッス」
その仕草がやけに似合っていて、むかついたので傷口に指先を埋める。期待した涙は零れなかったが先ほどより大きい悲鳴が聞こえたので溜飲を下げ、気に食わないが約束通り舐めてやった。
口の中は鉄の味で満たされて気持ち悪い。
ティーダがまた何か言い出す前に包帯で仕上げをして、治療を終える。
治療が終わるまでの間、ティーダはただ穏やかな顔で時折俺の頭や頬を撫でていた。まるで俺より年上であるかのように。

包帯を片付けようと立ちあがれば、そこでようやく声がかけられる。
頭は下げていて表情を窺うことはできない。ただ両手を掴まれた。
沈黙の後に出た声は下を向いているせいだけでない小ささで、先ほどまでの上機嫌が嘘のようだ。ただすぐそこのテーブルに行くだけなのに。
「明日」
「なんだ」
「明日も、また」
「アイツらと当たるかどうかはわからない」
「でもオレらの担当地域に結構来るんだよな」
「………これまで、戦闘に出て会わなかった日はないな」
その度に、親子だと、話をしたいと言われるのだ。
二人の言い方は違えども、必ずそう言う。
目的はわからない。懐柔しようとしているのか、懺悔しようとしているのか。あの二人は何も言わず、ただやって来るから。
その度に、ティーダと二人剣を構えてきた。
「ごめん、変なこと言った」
ティーダは俺を床から引き上げると、そのままベッドに倒れ込む。
広いベッドは優しく俺たちを受け止めた。
「明日もスコールがいるから、誰が来たって戦うのは変わらないよな」
「あぁ、何も変わらない」
目の前の頬に口づけた。ちゅ、と軽い音。
さっきまで落ち込んでいるんだか悲しんでいるんだが、静かにしていたくせにキス一つで頬を緩める。ブリッツボールをしている姿も悪くないが、こうして俺がする些細なことで幸せそうにするのが、いいと思う。
じ、と見ていたらティーダの笑顔が近づいて、キスが一つ、また一つと落とされる。頬に目元に鼻にまで。
くすぐったくて笑えばティーダがますます調子に乗った。
お返しにとしたキスがまた返されて、二人頬に口づけあってくすくすと笑いあう。
「スコール、おやすみ」
「おやすみ、ティーダ」
きっと明日もあの二人に会って、そしてまた傷を舐めあう。










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