シャラララ


もらった大きい袋には可愛くラッピングされた箱やら袋やらが詰まってる。ジタンに言わせれば大なり小なりの愛とか恋とか憧れとかも詰まってる、らしい。
うんまぁ憧れは詰まってるよな。でも正直本命ってそんなにないと思う。
劇団で活躍してるジタンとブリッツ部のエースでU18にも選ばれてるオレは、どっちが多くチョコもらえるかで賭けができる程度にはもてている。ジタンなんて青田買いっつーの?もう固定ファンついてるっていうし。オレだって雑誌で取り上げられたおかげか結構ファンもいる。
「いやでも本命からもらえなきゃな……」
「泣くなティーダ。まだ今日は終わってない!!」
ボソっと呟いただけなのに過剰にジタンに反応された。ちょっと涙ぐんでみせるあたり、役者だと思う。
「何だよ、ジタンもオヒメサマからまだもらえてねーの?」
「あー…まぁ正直今日会えるかも微妙っつーか、バレンタインって文化自体知らないんじゃないかなぁ」
「マジかよ!そういや遠恋だっけ?こっちじゃ定着してっけど、他の国だと男が女の子に花贈るっていうのもあるみたいだしな」
「そーそー。やっぱ花買ってダメ元で会いに行くかなー。何もしないっつーのもジタン様の名が廃るしな!」
うっし、とジタンは気合を入れる。
遠恋なんてツライだけだろって思ってたけど、ジタンは幸せそうだ。なかなか会えないってよく言ってるけど、毎日電話してるみたいだし。出てる舞台は絶対見に来てくれるとか惚気てくるし。
思い出したらちょっとムカついたのでご機嫌に揺れるしっぽを引っ張ってやった。
ぎゃんって声が上がって一気にしっぽの毛が逆立つ。今度は本当に涙目でジタンが睨んできたけど、なぜかすぐにニヤっと笑われた。

「ティーダ、何やってるんだ」
女の子にしては低めな声に、あわてて振り向く。
「スコール!?」
「すっこーるぅ!」
落ち着いたブラウンの長い髪をさらりと揺らして、細い腰に手を当てたスコールが佇んでいた。高い身長と膝上のスカートからすらりと伸びた脚のせいで、まるでモデルがポーズを決めて立ってるみたいだ。前髪で隠しきれない額の傷だってスコールのきれいさを少しも損なわない。
オレの大切な、お隣さん。に、こんなガキみたいなとこ見られた!
「あぁぁスコール!今のなし!」
「いや、私に言われてもな……」
「ははっティーダ超焦ってる。なぁスコール。スコールは今日何の日か知ってるよな?」
「それだけもらってれば十分だろう?」
カラフルな箱が詰まった袋を横目で見てジタンの要望をさらりとかわす。その割にジタンがゆらゆらと揺らすしっぽを撫でて大丈夫か?なんて優しく言ってあげたりする。
オレもしっぽが欲しい。スコールはティナと同じくらい、ジタンのしっぽがお気に入りだ。
「スコールからもらえたらすごい嬉しいんだけど」
「口が上手いな」
「本心だって」
「……もーいいから帰るッスよ、スコール。ジタンも早く行けよ。便なくなるぞ」
「へいへい。あーあスコールからチョコ欲しかったな」
「どこかに行くのか?」
「俺のオヒメサマに愛を捧げに!」
スコールはぱちりと大きく瞬いた後、眩しいものを見るかのように目を細めた。オレは、その目をよく知っている。
肩に下げた学生鞄を開けると、何やらごそごそと中を漁って、目当てのものを見つけるとジタンに差し出した。
「スコール!?」
どう見たって、バレンタインのチョコだ。箱にはシンプルな黄色いリボンがかかってる。ジタンの髪とお揃いの色だ。
「え、スコール、それ俺に?」
「本命にもらえないとかわいそうだからな」
「マジで?すっげぇ嬉しい!!」
「待ち時間にでも食べてくれ」
「あぁ!ありがとな。行ってくるわ!」
大きく手を振って駆けだす。一瞬、オレと目があった時にジェスチャーで「悪ィ」と告げた。正直すごいショックなんだけど、ジタンのバレンタインの本番だってこれからだし、がんばれっていう気持ちはあったから手を振って送ってやった。
「オレたちも帰ろう」
「あぁ」

靴箱に向かう間もなんだかんだで袋は重くなっていった。スコールの感想は「すごいな」だけで本当にそう思ってるって顔して言ってくるから、ちょっと泣きたくなった。
ムカついたり、しないよな。スコールにとってオレがただのお隣さんなんだって思うと悲しくなる。
いや、ただのお隣さんじゃないか。
毎日飽きもせず、通りかかるたびにスコールが熱心に見つめる駅前のデカい看板。今日も通り過ぎるまで視線を外さないそこには、ムカつく顔が自信に満ちた顔でブリッツボールを構えていた。

ザナルカンド・エイブスの王者。ジェクトは、オレの親父だ。
たまたまスコールが隣に引っ越してきて、たまたまオレと親父がケンカしながら家を出て、たまたまスコールがその場に居合わせたのが始まりだった。
目をまんまるにして、白い頬が紅潮して、すごい可愛かった。どうしようって視線があちこちにいって、オレはその様子を見てどきどきしてた。
クソ親父はすぐに自分のファンだってわかったんだろうな。アイツ自信家だし。

「隣に入ったのはお前さんか?」
「っ、はい!あ、あの……」
「あー俺がココ住んでんの、黙っててくれねぇか?試合で目立つのは好きだが、オフで目立つのは好きじゃねぇ」
スコールは真っ赤になって、こくこく一生懸命頷いた。それに親父はさんきゅ、と笑って、軽くスコールの頭を撫でた。オレは、この子は泣くんじゃないかって思った。
「ブリッツボール、好きか?」
「こ、ないだの試合、見ました!あの、絶対に誰にも言いません。応援してます!」
それから親父は部屋にとって返すと、練習用にと家に置いてあるブリッツボールにサインをしてスコールに渡した。親父がサインをするのは珍しくて、ファンの間では何に書いたものだってプレミアがついていた。サインをしないのは、オレは字が汚いから嫌なんじゃないかって思ってるけど。
そんな特徴的なサインが入ったブリッツボールを手渡されたスコールが本当に幸せそうに笑うから、オレも多分親父も見惚れてしまった。
それからオレとスコールは話しをするようになって、リニアは結構痴漢も出るからとか言って一緒に登下校する約束を取り付けて、互いの部屋を行き来して時々ご飯も食べるまで距離を狭めた。
最初は普通の親父のファンだと思った。でもスコールがサイン入りのブリッツボールを見つめる姿だとか、熱心に親父の試合見る姿を見て、本気なんだって思った。
隣に引っ越してきたからスコールと会えたけど、同じくらい会わなきゃ良かったのにって思ってる。最低だけど、そうしたらスコールが本気になることなんてなかったと思うんだ。

今日だってきっと、スコールはチョコを用意してる。ジタンに作って本命に作らないなんてこと、ないだろ。チームは選手への贈り物に寛大だ。どれくらいもらったかってスポーツ番組で発表したりするし、宣伝になる。本人がそれを一つ一つ見るかは、わかんないけど。
でもそれはあくまで一般のファンはそうするしかないってだけだ。そうじゃないスコールは、遠征中じゃなければ手渡せた。
オレにとってはただの自分の家の扉だけど、スコールにとっては夢みたいなもんなんだろうな。もし今日家にいたら、スコールはどんな顔してチャイムを鳴らすんだろう。
制服で来るのかな、それとも着替えるかな。前に親父が制服は今しか着れないし似合うって言ってたから制服にするかもな。脚きれいなんだからもっと見せろとか言って、「セクハラだ」って返したスコールが数日後にスカートをちょっとだけ短くしたのだって知ってる。理由が悔しいけど、スコールの脚が白くて細すぎなくてきれいだっていうのはオレも思ってたから、複雑だけどこっそり喜んだ。
どうしてもいつもより揺れるスカートの裾が気になって、目を放すのに結構苦労したけど。うん、ごめん。

鍵を取り出すこともせず、そんなことを思いながらスコールをじっと見つめていた。オレの視線に気づいたスコールが軽く首を傾げ、それから小さく笑って鞄に手をかける。
触れられたことはまだないけど、スコールが動くたびに流れる髪はきっとさらさらなんだろうなって思う。
「それだけあれば私のはいらないかと思ったんだけどな」
「え?」
「チョコケーキ。アーモンドとか入れて、あまり甘くしてはいないから」
手の中にあるのは、青いリボンがかかった箱。ジタンのより一回り大きい。
思わず、箱とスコールとを視線が往復する。
「違ったか?」
「違わない!ありがとう!!」
いや、ジタンの分作ってるならオレのもあっていいんじゃないかとか、思ってたけど!本命のことばっか考えてて自分のことが飛んでた。
どうしよう、すごい嬉しい。
オレがあんまりわかりやすく喜んだせいか、スコールは楽しそうにクスクス笑った。
結構、オレの前ではスコールは笑ってくれる。学校だとすごいレアなんだけど。目撃したヤツが興奮して友達に報告してるのとか見るし。特に写真は貴重で、隠し撮りしたヤツはジタンと二人で呼び出したりとかしてる。
だからオレに気を許してくれて笑ってくれるのは幸せだなって思う。でもスコールのもっときれいで可愛い顔を、オレは知ってるんだ。
だから、オレは今チョコもらって幸せだから、スコールも幸せにしてあげたい。
「親父にチョコ、用意してるよな。いつ帰ってくるかわかんないけど、責任もって渡すッス!」
今日を逃したらきっと、渡しづらいだろう。だったらオレがバレンタインに預かったって言った方がまだいいはずだ。ちゃんと食べるとこまで見るし、ホワイトデーだってお返しちゃんとするように言う。
「それは……ありがとう。でも私だけ抜け駆けするみたいで、確かにチョコは作ったけど、渡そうか悩んでたんだ」
「なんで?別にいいじゃん」
「でも、渡せない人だっているだろ。たまたま隣に住んでいるだけでいいのかなって」
「そんな誰かわかんないヤツに遠慮することないって!ほら」
時々こうやってスコールは変に遠慮する。そんなこと考えてたら、欲しいものなんて何にも手に入らないだろ。オレにはわからない。
だから強引でも手を出して、催促した。
「ちょっと、待っててくれ」
オレがしびれを切らせる寸前で、ようやくスコールは部屋に入った。
戻ってきたときには、赤いリボンがかかった箱。サイズはオレと同じだった。でもきっと、愛とか恋とか憧れとかがたくさん詰まってるんだろう。
「ごめん」
「スコールが謝ることなんか何もないだろ」
「そう、か?」
「そうッス!今日は無理だけどさ、ちゃんと渡すから。だから困った顔すんなよ」
「うん。ありがとう、ティーダ」
ほう、と息をついたスコールは、赤いリボンを少しだけ見つめて微笑んだ。どきどきしてる顔。大丈夫だって、絶対に渡すから。
「じゃ、また明日」
「あぁ、また」
スコールの髪が部屋の中に消えて、ドアの鍵が締まる音を聞いてから家に入った。
鍵を閉めて、そのままずるずると座り込む。
「あーもう。オレって本当にバカだ」
報われないってわかってても、何かしてあげたいんだから仕方ないだろ。だってあの照れた顔、すごい可愛かった。スコールがくれるならチョコでもなんでもオレは喜んで受け取るけど、オレじゃあんな顔させられないんだ。
でも絶対、負けない。
ブリッツボールでもスコールでもいつか絶対、オレが勝つ。だから早く帰ってこいよ、クソ親父。










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