一人分(100g)


「腹減ったーー!!」
と、叫ぶ二人に鳥の雛の映像を思い出した。一生懸命口を開けて、親鳥が餌を与えるのを待ち構える姿だ。
「昼飯にしよう!」
「そうだそうだー!もう腹へりすぎて何も考えられないって」
ローテーブルの上に広げた問題集とノートとシャーペンを下敷きにしてヴァンが倒れ込む。その向かいに座るティーダは仰向けになって床に倒れ込んだ。
子どもか、と思わず出た溜息に雛鳥の声が煩くなる。
「スコール〜。もう俺ら十分がんばったって」
「メシにしようぜ!な!?」
がばっと顔を上げて両脇から肩を掴まれ揺さぶられる。気持ち悪い。
「……わかったから、離せ」
「やったぁ!」
「さっすがスコール!」
「問題集、15ページまでは終わらせておけよ」
「はーいせんせぇ」
「了解ッス!」

さっきまでの駄々は一瞬で鳴りを潜め、勢い込んでシャーペンを掴む二人。
テスト期間と長期休暇のラストは大体いつもこうだ。ブリッツ部のエースと飛空艇工場のバイトで忙しい二人だから仕方ないと言えば仕方ない、のかもしれないが、毎度のことなのだからいい加減学習すればいいのにと思う。言っても仕方ないのは前々回で学んだので、もう言わないが。
ふっと息を吐いて立ち上がる。四角いローテーブルはティーダの父親が出資してくれた、しっかりとした作りのものだ。折り畳み式を希望したのは俺で、四角い形とサイズを指定したのはヴァン、こたつ布団をつけたのはティーダだ。
全員の希望と部屋に合うデザインを探すのには時間がかかったが、おかげでこいつらが押しかけてくるときには活躍している。

パタン、とドアを閉めればもう紙をめくる音もペンを走らせる音も、問題が解けなくて唸る声も聞こえなくなった。久方ぶりの静寂は、なぜか空気を冷たく感じさせる。
さて、雛鳥二羽に何を与えようか。
基本的に冷蔵庫には必要最低限のものしか入れていない。しかしこの期間だけは少しだけ、食料が増える。俺だけでなく、押しかけてくる奴らがビニル袋いっぱいに食料を持ち込むからだ。
オムライスとパスタ。自分の腹のすき具合と料理の手間の少なさを考えた結果、パスタに天秤が傾いた。
食器棚の一部は今では本棚と化していて、そこからパスタの調理法がのっている一冊を選び抜く。パラパラとめくっているところで足音が聞こえた。
「スコール!終わった!!」
すっきりとした笑顔は試験範囲が数学だけでもあと5ページ残っていることなど忘れているのだろう。思わずため息をついた。
「昼メシ、何?」
「パスタ」
「カルボナーラだな」
いや、何にするかは決めていないんだが。
勝手知ったる他人の家、とばかりに冷蔵庫を開けたかと思えば、ベーコンとチーズと卵、それに生クリームを取り出した。いつの間に生クリームなんて入れたんだ。それから3人分のパスタを茹でるのに十分な鍋をシンクの下から取り出し、たっぷりと水を入れてコンロに乗せた。
当然といった態度に溜息をつく気にもならなくて、俺は無言でパスタケースを取り出した。一人分100gがケースの丸い凹みで測れるものだ。
パスタを適当にとって量っていると、背中に体重がかけられた。
「オレ、それじゃ足んない」
耳元で響く声に顔を向ければ、案の定、近距離に日に焼けた頬があった。肩に顎を乗せているせいで、水と太陽によって色素の抜けた髪が当たってくすぐったい。
脇の下からぬっと手が伸ばされて、ケースを取り上げられた。右手にはちょうど一人分100gのパスタが残るだけ。
「オレこんくらい〜」
俺の右手の束の倍近い量を軽くとって、ヴァンの分をそれより少しだけ減らして手にとった。
「スコールはそれでいいんスか?」
「……十分だ」
「小食」
「一般的といえ」
「腰細い」
「触るな」
シャツの下に伸びた手をパスタでつつく。大きな掌は体温が高くて、やけに熱く感じた。
「なに、セクハラ?」
割り込んだ声はヴァンの眠たげなもので、頭の後ろに手をやりゆったりとこちらへ足を進める。
「スコールがパスタこんだけでいいって」
「うーん、いまいちわかんないんだよなー。茹でるとやたら増えるじゃん。一人分がどれくらいかわかんないしさ」
「ヴァンがすごいとこはさ、パンネロの料理を黙って食べて、自分で作ろうって思わないとこだよな」
共同生活をしているヴァンの食卓は、幼馴染だというパンネロに任されている。一度だけ食べたことがあるが、独特の味だった。それはもう、コツが飲み込むこと、と言われるだけのことはあった。
思わず頷けば、同意を得られて嬉しかったのかティーダが米神に唇を寄せた。
「慣れれば胃に入るって」
ティーダに気を取られていたら目の前にヴァンが立っていた。ぴた、とくっつけられる掌は先に置かれた手よりも若干体温が低い。
両手が開いているのをいいことに腹をぺたぺたと触ってくる。予想外の動きにびくりと肌が震えた。
「触るな、離れろ」
常より低い声で威嚇すれば、細いな、だろ、という二人分の声とともにようやく体温が離れていく。不名誉極まりない。俺は普通だ。お前たちが規格外なんだ。
「あ、お湯湧いてるじゃん」
「やべっ!スコールパスタ」
投げつけてやろうかと思ったが、おとなしく差し出す。空いた手でトレーを片付けて、ついでに開きっぱなしだったレシピも棚に戻す。ティーダがいるなら俺がわざわざ本を見ながら作る必要はない。
視線を鍋へとやれば、興味深そうにヴァンがティーダの背にぴたりとひっついていた。料理をするのに邪魔じゃないのか?
「スコール、パスタ見てて」
「お前は?」
「オレはカルボナーラの下ごしらえ。ベーコン厚く切ってチーズたっぷりかけたヤツ、気に入ってただろ」
口に出したつもりはないが、この間ティーダの家で食べたカルボナーラは確かに悪くなかった。
「なにソレ、俺知らないんだけど」
「バイトかなんかでいなかった時だって」
固かったパスタが茹ってお湯の中に沈んでいく。隣から聞こえる話声を聞くとはなしに聞きながら鍋をゆっくりとかきまぜた。
トントンと早いペースで包丁の音が続き、卵を割る音と何かをかきまぜる音が聞こえてくる。近づく気配に視線を向ければ、フライパンが隣のコンロに置かれていた。
「ベーコン炒めるか?」
「見てる」
ティーダの誘いをあっさりと断るヴァンは、あの料理を口にしても本当に料理を覚える気も興味もわかないらしい。とりあえず火を使うのには近すぎる二人の距離にヴァンを呼んだ。人の家で火傷されてはたまらない。
「何?スコール」
ティーダから離れ、代わりとばかりに俺の肩に手が置かれる。菜箸で摘まんだパスタ1本に息を吹きかけて冷ますと無言で口元へ運んだ。
俺の意図を察して口を大きく開く。放り込めば従順に咀嚼した。
「ちょい固い?いや、こんなもん?」
「ヴァンの基準って信用できないんだけど。な、オレも!」
あーんと口を開けて待ち構える。やっぱり鳥の雛だな、と思ってつい、わらった。
料理上手な方の雛は嬉しそうに何の味もしないパスタを食べて、それから完璧、とわらったかと思えば、俺に口移しで細かくなったパスタを寄越した。
雛の癖に生意気だ。










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