01.夜明け前


時計のない生活、というのはスコールにとっては馴染みのないものだった。
ろくに記憶は残っていないが、習慣としてつい時間というものを気にしてしまう。
朝起きるのは何時なのか、出発は何時か、帰還は何時までにすべきなのか。
日が昇れば起き、日が沈めば火を焚き、そしてテントで眠る。自分にとって馴染みのない生活はともに火の番をするWOLにとっては当然のことのようだった。
反対に、スコールにとっては使い勝手のよい秩序の聖域にある洋館は、キッチンやバスなどにWOLをはじめ戸惑うメンバーが多かった。もっとも、今ではもうすっかり慣れてしまったが。
今日はその安らげる場所まで戻ることはかなわず、こうしてテントを張り野営をしている。

パチ チチチ

時折火の中の小枝が崩れる音がする以外、耳に痛いほどの静寂。
WOLとの距離は人ひとり分。
彼の左にはくべるための枝などが積まれている。火の具合に注意を向け、右にいるスコールのことなど欠片も気にしていないように思えた。
バッツやジタンのようにうるさくまとわりつかれるよりも、この静寂の方が落ち着けると、ずっとそう思っていた。
なのに、どうだ。
スコールは落ち着きなく、無意味に足を組み直したり立てたりを繰り返す。
ガンブレードの手入れでもなんでもすればいいのに、何も手につく気がしない。
火の方を向いているせいで顔が熱い。
知らず、溜息がこぼれた。

「スコール」

小さな、けれど朗々とした声で名を呼ばれた。
反射的に肩が跳ねたが、顔を向けるのを必死にこらえる。

「スコール」

もう一度。今度ははっきりと呼ばれる。
聞こえている。火の爆ぜる音以外なにもないこの場所で、聞き逃すはずがない。
それはとても甘い声だった。

「スコール」

いっそ耳をふさいでしまいたい。
火の熱から逃げるために立てた膝に額を押し付ける。
シュ、と紐の解ける音がした。続けて、外されたのであろう小手が地面に落ちる音。
左から熱源が、近づく。
聞こえた声は意外な程に近かった。
「あまり火に近づくと熱いだろう。こちらに来なさい」
垂れ下がった後ろ髪を耳にかける、冷たい指先。
澄んだ青い目に見つめられる。火ではなく、自分を。
もう一度、髪が流される。
「あぁ、髪まであたたかくなっている」
「……アンタが、冷えているだけだろ」

パキ 

枝が炎に飲み込まれる音がした。
「では、私が寒いからこちらに来てくれないか」
死んでも嫌だと思ったのに、強引に腰に手を当てられて引き寄せられる。
人ひとり分の距離は一瞬でなくなった。
スコールの頬にあたる甲冑はまだ熱を伝えない。
「冷たい」
「君が温かいからちょうどいいだろう」
「違う」
甲冑などつける必要のなかったスコールには、それがどうやって装備されているのか理解ができない。
小手同様に紐でもついているんだろうかと疑問に思うも、考えるのがすぐに億劫になった。 わかったからといって何ができるわけでもない。
熱い頬を押し付けた。
「あぁ。すまない。さすがにココでは外せない」
「……俺は何も言っていない」
「そうかな」
小さく笑う声。
俺は何も言っていないし、アンタも何も言っていないと言い訳をする。それは、声にはならなかったけれど。
早く夜明けがくればいいのに、今が何時かわからないもどかしさにスコールは身じろぎした。

例えばもし火の番を共に行うのが彼でなかったら、スコールは絶対に寄り掛かった挙句に目を閉じるなんてことは絶対にしない。
火の熱よりも肌に馴染む体温だとか、緩やかに髪を梳くその手がすべて悪いと責任を押し付け、スコールは光を遮断した。

朝はまだ遠く。










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