02.眼鏡


「眉間」
数式の詰まったテキストから目を上げれば、フリオニールがいた。
先ほどまでローテーブルでノートを広げる俺に背を向けて、パソコンデスクの前にいたはずなのに。
平日は大抵このスタイルだ。勉強をする俺と仕事をするフリオニール。流行りの曲に興味なんてないから音楽が流れることなんてほぼない。
音がない訳じゃない。キーボードを叩く音も、溜息をつく音も、時々何か飲むかって言う声だってする。
それで十分なんだ。
今のように眉間、と言われることもたまにある。それがたとえばフリオニール以外の、リノアやジタンやティーダに言われたら溜息をつくけれど、フリオニールが言うならとりあえず顔をあげることにしている。
アイツらにするように溜息をついたり、顔をそらせると無理やりでも顔をあげさせられるから。それと、声を出さないならちゃんと目を見るように、とことあるごとに言われるんだ。
最初の頃に口酸っぱくいわれて、それ以来視線を合わせるように努力している。それでもまだ言い足りないのか、ちゃんと俺を見て、なんてあの声で甘く言われて、頬に触れた手で目元をなぞる動作を繰り返してくる。
「スコール」
その声は、苦手だ。
「ほら、顔反らさない」
「……んっ」
ほら、また。
「眉間の皺、取れなくなるぞ」
「別に」
「もう少し、自分の容姿に興味を持ってもらいたいんだけどな」
ゆっくりとフリオニールの顔が近づいてくる。
外されることがほとんどない眼鏡が無粋だと思う。いくらでも世間には洒落たデザインのものがあるのに、何の変哲もない黒縁の眼鏡を愛用している。
いつかジタンが眼鏡男子とかいってノンフレームの伊達眼鏡をかけていた。曰く、ナース服が3割増しなように男の眼鏡も3割増しでよく見える、そうだ。理解できない。
そもそも欲目抜きでフリオニールの容姿は整っていると思う。切れ長の目だとか、少し癖のある銀髪だとか。在宅ワークのくせにいつ出かけているのか俺より日に焼けているし筋肉もある。
仕事のせいで落ちた視力と外されることのない眼鏡が、嫌いだ。
近づくフリオニールの目が伏せられて、狭まる距離に焦点が定まらなくなった。
こつん、と合わさる額。
熱いとか冷たいとかわからない、ぬるいと言えばいいのかもわからない。
「あんまり、根を詰めるなよ」
「余計なお世話だ」
アンタが仕事しているからだろ。
「そんな皺寄せて文字見てたら視力が落ちるぞ?」
「アンタが言うな」
「ははっそうだな」
額に感じていた体温が離れる。
俺の頬に触れていた手すら離される。
その手は自分の目元へと向かい、黒縁の眼鏡が外された。
ガラス越しではないフリオニールの目。コンタクトにすれば、いつも阻まれることなく見れるのに。
いっそ、叩き落して割ってしまおうか。
「スコール」
差し出される眼鏡。捨てていいのか?
けれど眼鏡は俺の手に渡ることなく、フリオニールの手によってつけられた。
「?」
ぼやけて歪む視界。
フリオニールの顔が、ちゃんと見えない。折角眼鏡を外してるのに。
「どういうつも…」
「あぁ、やっぱり似合わないな」
「……かけさせておいて、なんなんだ」
「スコールは眼鏡かけない方がいい。いつもの方がずっとかわいい」
何か言おうと口が開くのに、ガラスの向こうから肌色が近づいてきてその行方に気を取られて音にならない。
すっと簡単に外される眼鏡。急な世界の変化に視界が定まらない。
「やっぱり眼鏡ない方がいいな」
「何を」
「だからあまり無理をするな。スコールは十分、頑張っているから」
頭を撫でられて、そのまま引き寄せられて、ご褒美のキス。
子どもじゃないと言いたかったのに、いつもよりずっと近いフリオニールの目が優しくて、もう全部どうでもよくなった。










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