03.はこにわ


「あれ?今日は僕とスコール?」
指さされたテントに入れば、中にいたのはスコールだった。珍しい。
入口のすぐ横で片膝を立てて座るスコールは、ちょうど靴を脱ごうとしているところだった。
テントの外に靴は置かない。入ってすぐのところだけ土足で良くて、そこで靴は脱ぎ履きするんだ。靴履いている最中に襲われたらたまらないからね。
半ば現実逃避的にそんなことを考えたみたのに、すぐに引き戻された。
「……不満か?」
ぽつり、と落とされた声。
僕だけの向けられた声は小さくて、いつもと違って、緊張する。
それにスコールは顔も上げなくて、紐にかけられた指は止まったままで、茶色い髪が首筋を流れてて、いつもファーで隠れてるうなじが、テントの中で白く浮いている。
ぞくり、と、何かが這ったような背筋が気持ち悪かった。
「べ、別に!ただ、珍しいなって」
なぜか声が裏返ってかっこわるい。
スコールの向かい側に乱暴に腰を下ろした。兜を取ろうかと思ったけど、なんだか頬が熱いからやめておいた。
「珍しいのは、テント割りだけじゃないだろう」
顔を上げれば、スコールと目があった。
二人とも座っているから、いつもより距離が近い。
少しだけ首を傾げて、まっすぐ僕を見てくる。男をきれいだって思うなんて、どうかしてる。
「俺とWOLとセシルと…なんて、珍しい。そうは思わないか?」
スコールは、男で、17歳で、ばかみたいに明るいティーダと同い年で、なのに、なんで。
そんなかわいく首傾げるかな!!もう!!
ほんと、困る。
「あ、うん。そうだね」
目を逸らしたかったけど、あまり見ることができない姿に視線が外れない。
スコールは立てた右足に手を伸ばして、すこしズボンを上げた。革靴の紐に手を伸ばして、そこで思い出したように僕を見上げる。
「グローブとってくれないか」
「………はい?」
「ほら」
言葉とともにすっと右手が伸ばされる。
自分でやれば、と言えばいいだけなのに、僕を見るスコールの目に何も言えなくなった。
「今日だけ、だよ」
だからせめて一声出して、両手を伸ばした。
あぁ、なんてスコールは言ってちょっとだけ頬を緩めた。珍しくて、思わず見惚れた。
だってきれいなのに、かわいい。
どうしよう。
「どうした?ほら」
空中でひらひらと催促する手に、ようやく我に返る。
手が震えそうで、気づかれそうで、怖かった。
両手で包み込んでもあまる長い手。手首のあたりは丸い金具がついていて、きゅっと締まっていた。そんな小さな発見がちょっと嬉しいと思うなんてどうかしている。
ジャケットの袖を上げれば、露出する手首。グローブもジャケットも黒いせいで妙に白く感じる。
左手で手首を掴めば、ひんやりとした体温が伝わってきた。
「あたたかいな」
細い手首に、指で囲めるんじゃないかって思ったけど、さすがにそこまでは細くなかった。
でもあの重たい武器を振るうには、心配になるくらいの細さだった。
「これ、どうするの」
「ひっぱれば外れる」
根本を抑えて、重なっている布を引っ張ればパチンと音を立てて外れた。
ふぅ、と息をつけば、苦笑が返される。
「早くしてくれないか?腕が疲れる」
「……やってあげてるんだから黙っててよね」
時間がかかるのは誰のせいだと思ってるんだ。
中指の先端を持って布を引く。意外と分厚くて、重かった。
ずるりと僕の両手に落ちてくるグローブ。すらりと伸びた指先が、宙に残った。
そういえば、スコールがグローブを外したところをどれだけ見たことがあっただろう。
誰も、知らなかったら。僕しか知らなかったら。
本当は、ずっとスコールのことが気になって仕方なかった。
いつも一緒にいるバッツやジタンや、普通に話しかけられるティーダがうらやましかった。
二人きりっていうことを意識しているのは絶対僕だけなんだろうけど、普段見れなかったスコールの姿を見れるのが、僕にだけ言葉をくれるのが、こんなにうれしいなんて。
「オニオン」
僕の名前を呼ぶ声。
伸ばされた指が僕の両手を覆った。
「グローブ」
「っ!あ、はい!!」
絶対おかしい。こんな反応。なのにスコールはちょっと楽しそうにしているだけで。
「こっちも」
なんて言ってグローブに隠されたもう片方の手を伸ばしてくる。
なんでそんなに子どもみたいなことするの。僕より年上でしょ?それよりなにより、誰にでもするの?
「スコール、いつもそんなことしてるの?」
「そんなこと?」
「グローブ。バッツとかジタンとかにもとらせてるの、って」
「あぁ」
一瞬、肯定されたのかと思った。
目を合わせていたくなくて、スコールの靴を見つめる。
「させるわけないだろ?」
「……じゃあなんで、僕にはさせるの」

カシャン、と音を立てて何かが落ちた音がした。
軽くなった頭。左頬がひんやりとしたもので包まれる。
「してもらいたかったから」
左手をついて腰を上げ、顔が寄せられる。
両手を後ろについて少しだけ後ずさっても意味なんてない。
だって吸い込まれるように視線が逸らせなくて、1ミリも動けない。
「オニオンに」
初めて見たスコールの表情が、網膜に焼付くかと思った。
ゆっくりと伏せられていく瞼に灰青の目が隠れてしまうのがもったいない。
初めてこんな近くに、体温を感じた。
「もう片方もとってくれたら、今度は右側に礼をするんだが?」
当てられた指が頬を撫でる。
ねぇ今なにしたの。
「今日。珍しいチームだっただろう?」
言葉とともに吐息があたる。
「俺がオニオンと一緒に行きたいと言ったせいだとしたら、どうする?」
スコールはとてもきれいに、わらった。
僕は気づいたら飛び出していて、少し離れたところで上げる炎に向かってひた走る。

「あれ?オニオン、どうしたの」
「まだ交代には早いぞ?」
「いいから!そういう気分なの!!」
不思議そうなWOLとにこやかに笑顔を振りまくセシル。
二人の間が少しあけられて、遠慮なくそこに腰を下ろした。
深呼吸を繰り返す。パチパチと暖かい炎にようやく人心地がついた。
今日はもうずっとここにいよう。テントになんて帰れるわけないじゃない。
本当に、もう、勘弁してよ。これ以上好きになったら困るんだから。



この時の僕はまだ、テントに残された悪魔の微笑みを知らない。

「意外と、手強いな」










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