07.ネクタイを解いて


コスモスによって召喚された戦士たちの安息の場所、秩序の領域。
普段は様々なフィールドにテントを持って探索にあたるが、可能な限り休息は秩序の領域に設けられた館に帰還してとるようにしている。いつ襲撃があるともわからない場所より精神、体力ともに回復できるからだ。
その館の中でスコールが密かに気に入っているのは、共同風呂だ。これは数人が一緒に入るのに差支えない広さを誇っている。
はじめは難色を示したスコールだったが実際に使ってみればひどく快適で、自分以外の者が入浴しているのも不快ではなく。何より戦闘による血と汗と火薬の匂いを流せることがありがたかった。
しかし、ものには限度というものがある。スコールは眉間に皺が深く刻まれるのを自覚した。
頭から被るシャワーの音に紛れるかと思ったが、反響して笑い声がどこまでも伝わる。
備え付けのシャンプーではなく、探索中に出会ったスティルツキンから買った気に入りのシャンプーボトルを力任せに押す。心なしか量が多いと思ったが気にしない。
ふわり、とほのかに甘い香りがした。
ボディソープは無香料なのになぜかシャンプーだけは少し香りがついていた。だが備え付けのものは相性が悪いのか、髪がパサパサになり使用禁止令をだされたから仕方ない。
頭頂部から襟足に向かって泡立てていく。火薬の匂いを落とすように。うるさい声をシャットダウンするように。
それでも長くはない髪はすぐに洗い終わってしまう。
ぺたりとうなじに張り付く髪から水滴が背筋を伝った。いつもならこの後風呂につかり、最後に体を洗って出ている。
ちら、と後ろを振り返れば、何が楽しいのかきゃっきゃとはしゃぐ二人組。なんであそこに俺が入れられるのか、と額に手をあてる。茶色いの、アンタ俺より年上だろ。
やはり風呂はあきらめて今日はシャワーで済ませるか、と思った時、バッツと目があった。
「すっこーるー!」
「お、髪洗い終わったのか?はやくこっち来いよ!」
嫌だ。という前にジタンがざばっとお湯を跳ねあげてスコールを捕まえにくる。
なぜこいつらが相手だと流されてしまうのか、伸ばされた手に掴まれた手首を見ながら考えたが判然としない。
ほかほかに温まったジタンの手はシャワーを浴びただけのスコールより温かかった。武器を扱うせいか身長と比較して指が長いな、などと思う。
「一名様ご案内〜」
「いらっしゃい。指名ありがとう!バツ乃うれしい!」
胸板の前で手を組んで高い声を出しても可愛さの欠片も感じられない。
わかるように顔をそらしてやれば憐みを込めた声がかけられる。
「………スコール、頼むからバッツの方みてやって」
「そうだそうだ!バツ乃かわいくなかった?すこーるぅぅぅぅ」
はぁ、と溜息で応えてやり、泣き真似する様子を仕方なく眺める。
ふと肩に重みを感じて振り向けば、予想外に近い場所にジタンの顔があった。
スコールの肩に両手を置いて、近づけた顔は唇が触れる程の距離。
「?」
わずかに首を傾けてみせれば、にっと笑みが返される。
つ、と距離を縮め、ジタンはスコールの首筋に顔を埋めた。
「髪洗ったばっかだからかな。スコールいい匂いする」
埋められた距離のせいで、置かれた手だけではなく小柄な割に引き締まった体がスコールの腕に密着する。
お湯がちゃぷん、と跳ねた。
スコールが口を開く前にバッツが動く。右肩に手を置き米神に顔を寄せた。
「ん、ホントだ。ちょい甘くてうまそう」
「マジで食うなよ」
「もったいないからしないー」
「………いいから離れろ」
「えーいいじゃんもうちょっと」
「そうだぞ!スコールと一緒に風呂なんて久しぶりなんだからな」
「もう上がる」
「今入ったばっかじゃん!」
「うるさい。好きなだけつかってのぼせろ」
ひっついてくる二人を押しのけて風呂から出る。
背後で今のデレ?心配された??などとはしゃいでいる声がするが聞こえないふりをした。
ザバァッと二人分の体積がなくなる音がして、ペタペタと足音がついてくる。
左右から伸ばされるシャンプーボトルを狙う手を払って体を洗う。
中身は半分ほど残っているが、いつスティルツキンと会えるかわからないから次に会えたら買い足しておこうとスコールは頭の片隅に書きつけた。
勧められるがままに買ってしまったボディソープだが、洗い上がりがしっとりとしていて気に入っていたのだ。
最後にシャワーをもう一度浴び、使った椅子や桶を洗い流して片付ける。
「先に出るからな」
「まったなー」
「おー」
カラリと脱衣所に続く戸を開ければ、ちょうどこれからオニオンが入るところだった。
「中にいるの、馬鹿二人?」
「あぁ」
「スコールお疲れ様」
肩をすくめてオニオンを通し、戸を閉めれば中が一層騒がしくなった。
うるさいよ!と叱る声に小さく笑う。
体を適当に拭いて部屋着に着替える。ティナがにこやかに渡してきた、なぜか全員どこかにモーグリのワッペンがついている上下揃いのジャージである。
スコールのものはTシャツの左袖口についている。紺色の上下に白いモーグリはよく映えていた。
タオルを首にかけ、滴が垂れないようにだけして脱衣所を出た。
リビングではセシルとフリオニールがゆったりとくつろいでいる。
「スコール、お水かな?」
「あぁ」
セシルはソファから身を起こすと冷蔵庫で冷やした水をコップに注ぐ。
(……別に、自分で取れる)
時折発揮されるセシルの年長者然とした、まるで幼い子どもに接するような態度にスコールは未だ慣れない。
はい、とにこやかに両手で渡されるものを片手で受け取るのはなぜか気が引けて、左手を添えて受け取った。
礼の言葉くらい簡単に出ればいいのにと思う。
「おやすみ、スコール。まだお水冷たいから、少しぬるくなってから飲んでね」
「………おやすみ」
「おやすみスコール。ちゃんと髪乾かせよ」
俺は子どもか、という言葉は飲み込んで、スコールは挨拶だけ返した。
コップの中の水を揺らさないように、けれど階段を上がるスピードは落とさずにスコールは個人の部屋がある2階へ向かう。
階段を上りきって8つめの扉には「Squall」とティナの字とジタンのライオンの落書きつきのプレートが下げられている。
一瞥しただけでスコールはその一つ手前の扉をノックもなしに開けた。

「おかえり」
備えつけのベッドと棚以外に目立つもののないシンプルな部屋の中で、クラウドがストレッチをしながら声をかける。
それに返事が返ってこないのはいつものことで、お互い気にせずにベッドに腰掛ける。
「バッツの笑い声が響いていた」
「おかげでゆっくりできなかった」
「そうだな。早くあがった方がいい」
普段は鋭い目が優しく細められるのを見て、スコールは無意味にコップをいじる。冷たい水はゆっくりと温度を上げていった。
「髪、まだ濡れてるな」
まだお湯のあたたかさが残る髪を触れれば、しっとりとした感触をクラウドの指に残した。
首にかけたタオルを取ればうなじが現れる。眩く感じるほどの白に軽く唇で触れ、言葉を封じるようにタオルドライしていく。
何も言えずにコップの中の水を揺らすスコールを愛おしいと思う。
クラウドが好きだといったシャンプーを使い続けたり、ボディーソープも買ってみたり、髪を乾かす権利をくれたり。
きちんと伝わっているから口にしなくていいと甘やかすのは自分の特権だと思う。
「おしまい」
ぽん、と頭を撫でてスコールの顔を覗き込めば、いつもの無愛想な顔は消え失せてとても穏やかな表情をしていた。
「ひとくち」
水をねだるも、左手でスコールの髪を梳き、右手は膝の上からどかす様子を見せないでいた。
スコールはといえば髪を乾かされるのが気持ちよくて、まだ寝るには早い時間なのにぼんやりとした気分でいた。とても気持ちが良くて、もう寝てしまいたい。
一口、コップの中の水を渡す方法を考えて僅かに首を傾けるけれど、クラウドが手を伸ばさない以上自分が伸ばすしかない、ということしか思い浮かばなかった。
「まだ冷たいかもしれない」
両手で持ったコップをクラウドの口元に近づければ、薄い唇が開かれる。
促されるままにコップを傾けるが、うまくいかず口の端を伝った水が零れ落ちそうで。
あ、と思った時には勝手に体が近づいていて、伸ばした舌でもって水滴を舐めとっていた。
顎から口の端へ。ちゅ、と吸い付いてスコールは水が零れなかったことに安堵した。
無意識で小さく微笑めばクラウドの目が大きく開かれた後、急に鋭くなる。ぼんやりとしていたスコールは、気づかなかったけれど。
「……んぅっ」
優しく髪を慈しんでいた左手が急に強く頭を引き寄せ、コップを持つことすらしなかった右手に小さな顎を掴まれる。
強引な仕草の割に触れ合いはとても慎重だった。優しくスコールの口唇を啄めば、思わず、といったように小さく開いてしまう。その隙を逃すクラウドではなく、ぬるりと分厚い舌で隙間を広げる。同時に、クラウドの口内で温度を上げた水が注がれた
「っ…!!」
常とは違う、驚きに見開かれた目に興が乗る。顎を掴んでいた手で頬から首筋にかけて撫ぜてやれば、促されるまま嚥下した。
口唇は与え返した水がすべてスコールの中におさまっても離れることはなく、再度侵入した舌が並びのいい歯列をなぞる。水を飲むことを要求した手は、再度頬に触れ肩に触れ、腰へと回された。
スコールは他人との接触を避け続けていた。誰かと一緒に限られたスペースで同じ水を使うことも、服の上からですら触れるのも触れられるのも避けていた。
目の前の、楽しげに光を放つ目をしたこの男が悪いとスコールは潤む目でにらみつける。
人と触れるのは苦手だった。それなのに、これを気持ち悪いと思わないなんてどうかしている。
戯れのように舌を絡めてきて、呼吸まで飲み込まれそうだ。その上熱く大きな手で髪をかきまぜ腰をなぞるから雁字搦めになって離れられない。
それはスコールが耐え切れなくなって胸を叩くまで続けられた。
ようやく解放されるかと思えば、口の端からこぼれた水が伝った跡をスコールがそうしたように吸う。
「もう一口?」
勝ち誇ったように笑う男を負かしたくて、スコールは手中の水を自ら含んだ。










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