11.言霊


「WOL、次はどこに行く?」
私を見上げる目は楽しげにきらきらと光っている。イミテーション相手に剣を振るっている時は冷静で強い戦士だというのに、こうして私を見上げる姿はまるで子どものようだ。
身長差がいけないのかもしれない。どうしても彼は上目使いになるし、下で揺れている髪を見ると撫でてしまいたくなる。小手を付けたままだと嫌がられるというのに。
さて、どうしたものかと逡巡したのは一瞬で、結局小手を外さないまま髪に手をいれ、撫でる。
くすぐったそうに目を細めるも、すぐにやんわりと振り払われた。残念だか仕方ない。軽く頬を撫でて仕舞にする。
「WOLっ」
照れているのか、焦る声音が耳に楽しい。
最初はこんなにも、気を許してはくれなかった。こうして表情を変えてくれることは、信頼の証のようで嬉しく思う。
クリスタルを探し求め、イミテーションを倒すばかりの毎日はスコールと出会ってからこんなにも鮮やかに色づき、変わった。傍にいてくれる、それだけで私の心はやすらぐのだ。自分でも不思議なくらいに。
いつか終わりがくることはわかっていた。クリスタルを手に入れ、カオスを倒せば私たちはそれぞれの世界に還る。全く記憶のない私たちにはあまり想像はつかないが、別れは確実だ。
限定された時間でも、構わないと思っていた。けれどもそれは、こんなにも唐突なものではないはずだった。
新たなフィールドに足を踏み入れた瞬間、ドン、と音を立ててガーランドが立ちはだかり、終わりを告げたのだ

「スコール。時間だ」
「………ガーランド、何を言っている?」
ガーランドの視線から遮るため、スコールの前に立ち剣を向ける。
指先が凍るように冷たい。剣が震えないように何度も握り直すが、ガーランドを誤魔化せるわけもなかった。
「フハハハハ!剣先が定まっていないぞ!」
「黙れ!!」
衝動にまかせ光を走らせるが、僅かに横に動いただけのガーランドに軽くかわされる。
なぜ、スコールは何も言わない!
振り返った視線の先で、スコールは微笑んでいた。とても幸せそうに、満足そうに。
ゆっくりと私に近づき、剣を優しく奪う。意識がそれたせいか剣は空中で消えてしまった。空いた右手に左手を絡ませ、腕に抱きつく。あれ程、小手や防具をつけたままだと嫌だと言っていたのに。
頭を擦り付け懐く姿だけ見れば、寛いでいるときのスコールそのままなのに、声をかけた相手はガーランドだった。
「ガーランド、迎えに来るのが早すぎる」
「仕方あるまい。そろそろ次に行動を移さねばならん。それに、お主が全く連絡をよこさんからアルティミシアも雲も気を揉んでおったぞ。あ奴らとは違う理由で、皇帝もな」
「連絡?そんなもの必要ないだろう。皇帝は俺が寝返ったとでも思ったか」
「なに、用心深いだけよ。気を悪くするな。お主がコスモスを嫌っていることは皆わかっている」
「なら、いい」
きゅ、と絡めた指で手を強く握られる。それでも私の指先は冷たいままだ。いや、むしろ酷くなっている。
スコールを見つめても視線は合わず、柔らかな髪が揺れるだけだ。
「……スコール」
ようやく出た声は掠れていて無様だった。

思い返せば、出会いからして不自然だった。
スコールは何の記憶もなく、私が見つけた時には足を怪我していた。ガンブレードを構えて敵意をむき出しにしていたことをよく覚えている。
カオスの陣営ならば絶対に知っている私を知らず、その他の記憶もないからとりあえずポーションを与えた。それからずっと、スコールは私についてきた。
始めは目を合わせる回数すら少なく、それでも段々会話を交わす回数も増え、目を見て話すことを覚え、背中を預けて戦えるようになった。交代でテントで休むことはいつからかなくなり、火の番をする私の隣でスコールが眠るようになった。
初めてスコールが微笑んだときは、世界の色が変わるような気すらしたのだ。その幼い笑顔が好きで、柔らかな髪をずっと撫でて甘やかしたいと思った。
スコールは最初の一度以来、私に剣を向けたことはない。イミテーション相手に戦う時も一人前の戦士として戦い私が助けられることすらあった。
ただ、私が秩序の聖域に戻るときは、スコールは知らない人間に会うのは嫌だといってついてこなかった。カオスの戦士と相対する時には必ずイミテーションも出現し、スコールにはイミテーションの相手をまかせていた。私が戦った相手は皆、私に致命傷を与えることもなく、大きな傷を受ける前に立ち去って行った。
疑うべきタイミングはいくらでもあったのだ。私が目を、逸らしていただけで。
唾をのみ込む、その音が自分の耳にとても大きく響いた。

「スコール、君は」
「WOL。好きだ」
私の声を遮り、顔を上げたスコールはいつもと何も変わらない笑顔でそう言った。
「ずっと好きだった。きっと覚えてないだろうけど、前から好きだった」
抱きしめていた右腕を放したかと思うと、前に回り込んで甲冑の上から再び抱きついてくる。やっぱり冷たいし痛い、と小さく不満の声が上がった。
こんな時でも右手が伸びてしまったのは、条件反射になっていたからだろう。スコールは少し驚いたように目を見張って、それからやわらかく微笑んだ。私の好きな、幼い笑顔で。
「WOLは、よく言うだろ?私は光とともにあるって。あれ、コスモスのことだよな」
表情とまるで似合わない言葉に手が止まる。
確かに、よく言っていたかもしれない。しかしなぜ今そんな話をはじめるんだ。
「すごく嫌いなんだ。WOLの一番はコスモスで、コスモスのために戦って、いつもコスモスが傍にいるみたいに思えて仕方なかった。WOLが光って言葉を使うたびに、それがWOLの原動力になっている気がして、聞くたびに苛々してた。……知らなかっただろ?」
「スコール、それは」
「WOLが実際どう思ってるかなんて聞きたくない。俺はWOLが好きでWOLを独り占めしたいから、俺からWOLを奪うコスモスが嫌いだ」
「スコール」
「だから俺は、今回カオスの側で良かったって思ってるよ。コスモス側だったらこんなにずっと一緒にいられなかった。クリスタル集めろって言われたり、他の奴らに邪魔されたりしただろうし」
「君は、何を言っているんだ?」
「俺がWOLのことをWOLが考えている以上に好きだって言ってる。それと、WOLが倒すべき敵だって」
矢継ぎ早に告げられる言葉に混乱して、冷静になれない。
なのにスコールは、いたずらが成功した子どものように無邪気に笑う。
下から伸ばされる手に反応ができない。兜が落とされ、ガシャンと耳障りな音がした。両肩に手が置かれ、スコールが伸びあがる。

「コスモスじゃなくて、俺がいなきゃダメだってWOLが思うように頑張ってたんだけど、もう時間だ。短い間だったけど、前の時よりずっと幸せだったよ、WOL」

大人びた顔でスコールはそう告げるとあっさりと私から離れて背を向ける。
咄嗟に伸ばした手はなんとかスコールの左腕を掴むことに成功した。
「なに?コスモスを捨てて、俺をとってくれるのか?」
馬鹿にしたような声音だが、地面を見るめる顔はひどくさみしそうだった。それは、私が一番嫌いな顔だ。
さっきのような満ち足りた笑顔を見るためにどうすればいいかなんて、わざわざスコールが口にしなくてもわかっている。そして私がそれをできないことも、互いにわかりきっていた。
力の抜けた手から抜け出したスコールはガーランドの隣に立つ。先ほどまで私のすぐ隣にいたのに。
「貴様のそんな顔が見れるとはな。スコールが行くと言った時はどうなるかと思ったが、なかなか面白い結果ではないか」
「ガーランド、うるさい。行くぞ」
「っ、スコール!!」
たまらず叫んだ。どうすることもできないのに。
数秒が、とても長い。ようやく振り返り顔を上げたスコールは、眩しいものを見るかのように目を細めていた。

「好きだよ、WOL。大好きだから、忘れないで欲しい」

忘れられるわけないだろう。
ガシャ、と大きな音がした。自分の膝が崩れて、地面に着いた音だ。
「くそっ!」
地面を殴る、手にじわりと響く感覚も私を慰めはしない。顔をあげてもいつも傍にいたスコールはいないのだ。
指先を持ち上げるのにもひどく神経を使った。ことある毎にスコールの嫌う言葉を放つ場所を撫でる。
確かに触れ合ったはずなのに、君はもういない。










inserted by FC2 system