16.鍵


ティナがユウナと連れだって向かった食堂で、彼を見つけたのは偶然だった。
放課後の人もまばらな食堂で、四人掛けの四角いテーブルを一人で使う背中を見つければ、空いている席を埋めに行かずにはいられない。
二人の視線が交わったのは当然で、思わずくすりと笑いあうとパタパタと色違いの上履きを鳴らして近づいた。
「スコール」
「お邪魔、するね」
両側から近づいて、無愛想な顔を正面から見て微笑みかける。返事は聞かずに鞄を置いた。
「飲み物買ってくるからお願いね」
スコールには、強引なくらいがちょうどいい。返事代わりの溜息を背に、ドリンクメニューの看板前へと歩く。どれにしよう?と相談し合って約1分。
「ミルクティー二つ」
「お会計は別々?」
「はい」
一つのトレイに載った二人分のミルクティー。ユウナが慎重にテーブルまで運ぶ。
「ただいま」
「……あぁ」
いただきます、と小さく声をかけあってストローを差した。スコールもつられたのか、飲みかけの野菜ジュースを一口含む。
野菜ジュースという選択にミルクティーを飲む二人は顔を見合わせたが、さて、勧めたのは誰かと頭の中で数人の顔がよぎったうえ、野菜ジュースで必要な栄養はとれないと諭すのも無粋な気がして、結局無言でもう一口ミルクティーを飲んだ。
「おいしい」
どちらからともなく、ほう、と一息つく。
壁掛け時計は16時を半分ほど回ったところで、ユウナの待ち人が部活を終えるにはまだ1時間以上ある。
内心スコールは、自分と同じ席についてどうするのかと若干憂鬱に思っていたが、二人は慣れたもので気にせず鞄から雑誌を取り出した。
「スポーツをする人のための献立100日」
「はじめての手作り晩ごはん」
他数冊。それ以上タイトルを読むのは諦めた。
「やっぱりカレーから始めた方がいいのかな?」
「たまちゃんが一緒に作れそうだね。ハンバーグも楽しいみたいだよ。チーズを星形やハートにして乗せるのがあっておいしそうだった」
「楽しそう。スコールはどう思う?」
それを俺に聞くのか?
突然話を振られ、スコールは思わず顔を上げた。
「カレーとハンバーグ、どっちが好き?」
「私、明日食事当番なの」
不思議な共同生活をしているティナの家では、主にフリオニールという青年が食事を担当していると聞いていた。ティナが家庭科、主に調理実習での評価が最低だということが関係しているのか単に過保護なのか、なかなか料理を担当させてもらえず心苦しいと言っていたのも。
お願いして週に1回だけ料理をする許可を得たと嬉しそうに話していたのは、確か先週のことだった。
「どっち?」
カレーならば誰が作っても大体同じ味になるという。しかしもし失敗した場合、おそらく大量に作るだろうカレーの処分に何回かそれを味合わなければならない。ハンバーグならば焦がしさえしなければ、いや、焦がしても一部は食べられるだろう。
きらきらと期待を込めた眼差しに耐え切れず、考えを巡らせた結果、スコールはハンバーグを選択した。
「うん…がんばる」
ふわりとした笑顔に、スコールは料理が成功することへの祈りと弟分の少年へ激励を心の中で送った。

「ごめんっ待たせた!」
明るい金の髪を揺らして待ち人が現れたのは、予定通り18時の直前だった。
よほど急いできたのか膝に手をつき息を整える。しかしすぐに顔をあげ、にかっと笑顔を見せた。
「あれ?スコールも一緒だったんだな」
「……悪かったな」
「なんで?安心だろ」
不思議そうに聞くティーダに、顔にこそでないもののスコールは驚く。
「うん、そうだね」
「明日のお夕飯のね、相談にものってくれたんだよ」
楽しそうに両側の女の子たちは笑って席を立った。
「帰ろう、スコール」
ティナの声がやけに幸せそうに聞こえ、置いて行かれそうな気がした。
腹へったーというティーダの声に我に返り、ようやく重い腰を上げる。先を行く二人は気づかなかったが、待っていたティナはじっとスコールの横顔を見つめていた。

校舎を出れば日はだいぶ傾き、空が暗くなりかけていた。
ティーダとユウナは5歩は先を仲良さげに歩いている。向こうの声は時折笑う声が届くだけで、詳細は聞こえない。その距離を確認して、ティナは率直に尋ねた。
「スコール。今日、どうして食堂にいたの?」
大抵さっさと帰るスコールにしては珍しいこと。本当はおおよその見当はついていたが、それでもティナはあえて聞いた。
「……べつに」
「今日はご飯の日じゃないよね?」
孤児院出のスコールに父親がいるとわかったのは一か月程前のことだった。まだ籍も変えておらず、知っているのは彼の周囲のごくごく一部だけ。
当時はまだ混乱の収まらないスコールに、どうして今更、今まで何をしていたのか、どういう人物なのかと全員で詰め寄った。急に引き取るなどといった展開になったらどうしようかと、スコール以上に緊張していたのだ。
幸いにも相手は急ぐことはなく、週に一度、外で食事をしながら話をしようと拙い交流が始まっただけだった。
話を聞く限り、相手はゆっくり時間を埋めようとしていた。戸惑いを残しつつも、スコールはそれを拒否してはいない。
「私じゃ、言えない?」
例えばもし、父親が何かしたというならば。次の食事には最初の時のようにこっそり後をついて行く。テーブルに着いたところで水をぶちまけてスコールの手を引いて帰ってやるのだ。
ティナのさみしげな色だけではなく、どこか怒りも感じる藍色の瞳にスコールは息を飲む。 父親が何かしたのだとの決めつけは、あながち間違いでもない。
彼の気を重くしているのは、財布の中に入っているカードキーの存在。入れているズボンのポケットがずしりと重く感じて、溜息をついた。
「昨日」
「うん?」
「電話が来て、呼び出された」
「うん」
「それで、カードキーを渡されて」
「……う、ん」
「よければ、使えって。自分がくるのは食事の日だけだからって」
「………えっと、同居ってことかな?」
「家賃と生活費と安全面を盾に押し付けられた」
額に手をあてるスコールの歩みが遅くなる。
さて、どうしよう。
「スコールが困ってるのは、どこなのかな」
一緒に過ごすのは週に一日もなく、今のお世辞にも清潔とはいえないアパートから、恐らくだが綺麗な部屋に移り住むことができる。
ティナとしては推奨したいぐらいだ。高給だが危険なアルバイトも減らせるかもしれない。
「あの人、嫌い?」
「……べつに」
「甘えるみたいで嫌?」
「わからない。あいつが考えていることも」
「そうかな。だって、一人はさみしいよ、スコール」
足を止めたスコールの手を、ティナが細い指できゅ、と包んだ。
父親だけでなく、急に新しい部屋まで与えられて戸惑うのもわかる。でもきっと、悪い人ではないし悪いことにはなっていないはずなのだ。
「スコールがもっと甘えてくれればいいのに」
「……なんだ、それは」
俺に期待するな、という声が聞こえそうでテイナは笑う。1年お姉さんな分甘やかしたいのだ。普段冷静で大人びている彼だけに。
「でもちょっとひどいね。鍵だけ渡して勝手に使えって」
「あぁ」
スコールの不機嫌はポーズであることが多いから、本気で嫌がらなければ強引にいった方が話がはやい。
「今日、お部屋見に行くの?」
「……それを、考えていた」
意外と前向きで安心する。これならば大丈夫。
手を持ち上げてぎゅっと強く握れば視線が合った。
「これからお店に行ってハンバーグの材料を買うの。それでお部屋を見に行って、一緒にハンバーグを作ろう」
練習、付き合ってほしい。
見開かれた目と赤く染まった目元で、スコールに気づかれてしまったとわかる。それでも知らない顔をしてお願いした。甘えてくれなくても勝手に甘やかすから、いいのだ。
「……フライパンも包丁もないかもしれない」
「そうしたら、ティーダの家に借りに行く。ユウナも呼んで、みんなで作ろう」
時間を置いて、それでもこくん、と頷くからティナは手を引いて歩きだした。
前方では空いた距離にティーダが手を振って待っている。繋いだ手を気にしないスコールが嬉しくて、振り向いて青い瞳に微笑んだ。
新しい部屋を評価して、雑誌で見たチーズをハート型に切って乗せる、かわいいハンバーグを作るのだ。










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