19.レシピ


「そこへ直れ」
「ごめんなさいすみませんエンドオブハートは勘弁してください」
「ごめんなさいヒールクラッシュにしてください太ももガン見するから」
「え、お前は胸派かと思ってた」
「いや、太ももとか尻もいいものだぜジタン」
「いやーオレ紳士だし」
「いやいやいや、おれだって紳士さ」

「フェイテッドサークル!」

ボボボボボッと火炎がさく裂し、馬鹿二人は仲良く彼方へ吹っ飛んだ。そのままダウンしていればいい。
はぁ、と溜息をついて見下ろした先には、視界が遮られるくらいに膨らんだ胸があった。
重いし、邪魔だ。
先ほど発した自分の声さえ、甲高いという程ではないものの、まるで別人のような高さだった。
まぁ、女にしては低いとは思うが。

発端は、ジタンとクジャのイミテーションからライズした珍しい品だった。
「あやしい薬」「ふしぎな薬」「きれいな薬」
調合すれば状態異常を直す薬になるはずだ、などとジタンが言ったせいで、あの馬鹿が適当に調合した。
そんな経緯を知っていれば絶対に飲まなかったのに。
運悪く負傷した状態で奴らに見つかったせいでその薬をぶっかけられたのだ。
火傷をしたかのような熱を覚えて、それが治まったと思ったらこの様だ。要は、女になっていた。
憂鬱だ。HPは回復したが、それ以上に深いダメージを負った気がする。

「とにかく、隠れるか」
こんな姿、他の奴には見せられない。
長く伸びた髪は鬱陶しいし、胸は相変わらず重い。トイレに行く気など起きもしない。
テントを張って、籠城を決め込む。
さっさと寝て効果が切れるのを待つのが、今考えられる最善の策だった。
モーグリがいらん世話を焼いたせいで服もいつものものから女物へと変えられているのが悔しい。
普段の黒いパンツは消え失せ、太ももの付け根まで見せそうな程の短いパンツに膝上まであるソックス。背は低くなったようだが、ブーツのヒールが高いせいで視界はいつもと変わらないのが救いと言えば救いだ。
胸の露出がすぎるような気もするが、見なければどうということはない。
「あの馬鹿どもがっ」
馬鹿のしたことだから気にするな寝ればなおると言い聞かせて横になる。
目を閉じれば何も見えないのだから、何も気にすることはないのだ。
ぎゅ、と目を瞑るが、テントの入口でうろちょろする気配が邪魔で、苛立ちを抑えきれない。
「邪魔するな」
「あ、バレてた」
「そりゃバレるだろ」
「おじゃましまーす」
「するぜ!」
ばさりとテントの入口がめくられて、馬鹿二人が入ってくる。
「悪かったな。まさかこんな効果が出るとは思わなかったんだ」
「ごめんな、スコール」
「もう、いい」
しゅんと項垂れる馬鹿二人に適当に返事を返せば、へらりと笑ったバッツが腰を上げる。
「スコールの分も敵倒してくるから、そこにいろよな。なんとなくだけど、本当の効果じゃない現象が起きてるっぽいから今日中には治ると思う」
「……張り切って無駄に怪我するなよ」
「おう、ありがとな」
こういう時だけ年長者ぶるバッツを、眉をしかめつつも見送る。普段はガキかと思うのに、本当にこういう時だけ、ごくたまにだが、大人だなと思う。
がんばれよーと手を振るジタンは、そんなことは思わないのだろうか。当たり前のように受け入れていて、なぜだか、釈然としない。
身体が変わったせいだろうか、気持ちが落ち着かなくて苛々する。
布が落とされ外界から遮断された途端、息が詰まった。
視線を感じる。
俺は見ないようにしているのに、隣から、ジタンの強い視線を感じる。
「……なんだ」
「うん。怒ってても美人だったけど、黙ってても美人だな」
思わず顔をしかめた。ひどい顔だっただろうに、ジタンは笑っている。
「ここから出なくて正解だって。スコール、すごいかわいくなってる」
分厚いグローブを外して、ジタンが手を伸ばす。
思わず身を引いてしまうが、その分身を乗り出したジタンがあっさりと頬に触れる。目元を撫でて、髪を梳く。
自然な仕草に、何もできなかった。
されるがまま、梳くために持ち上げられた髪が一束、ジタンの指を通り抜けて胸に落ちる。
楽しげに笑うジタンが残った髪に、口づけた。
「オヒメサマ。そのような顔をされていらっしゃると、悪い盗賊に連れ去られてしまいますよ?」
芝居がかった口調がやけに似あう。
何も言えないでいると、またジタンが笑う。
「スコール、ほら、その困った顔。やめないとちゅーするぞ」
「俺は男だ」
「今は女だろ?」
「でも男だ」
「うん。でもスコールにはするよ。男でも女でも」
今、何を言った?
「でもスコールは女の時の方が言い訳しやすそうだから、スコールのために女の子の時にしようかな、と」
どう思う?なんていいながらまた髪にキスをする。
ジタンはまぎれもなく男で、俺も男だ。
「俺は男だ」
「ははっ。そうだよ、スコールは男だ。男の子のスコールにキスするから、ちゃんと覚えておけよ」
指からこぼれた髪がまた胸にあたって、それを視線で追いかけてるうちに引き寄せられた。
ジタンの目が欲望でぎらぎらと光っていて、それ以上見ていられなくて目を閉じた。










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