20.虹の下


誰もいない教室でスコールを待っている。
窓際の前から3番目のヤツの椅子を借りて、背を跨いで座った。体重をかけて前のめりになれば、4番目のスコールの机に手が届く。
この席はオレにしてみれば絶好の居眠りポイントで、昼間は日差しの良さからほんのり温かい。学食に行かない時は大体ここで昼ごはんを食べるのが約束みたいになっている。だってあったかくて気持ちいいし。
最近じゃスコールも嫌そうな顔はしなくなった。諦めなければ何事もなんとかなるもんだ。
うんうんと一人で頷きながら、もっと椅子を倒して机にぺたりと頬をつけた。
今はひんやりとした机には、歴代の先輩のつけた傷が細かく走っている。
なんか落書きしようかな、と顔を上げた瞬間に、教室の扉がガラリと音を立てた。

「まだいたのか」

なんてツレない台詞にももう慣れた。

「今日部活ないからさ、マック行こうと思って」
実はちょっと練習した。二人になれる瞬間とか計算した。でも自分の口から二人で行こうとか微妙だろ。
だからはっきりしなくて嫌だけど、こんな誘い方、どうよ。
「……誰と」
うん。聞かれるかなって思った。そしたらちゃんと言おうって決めてるから大丈夫。
「スコールと」
「勝手に決めるな」
これはスコールの反射みたいなもので、勝手に自分のこと言われたり決められたりすると出てくる。
こういうこと言うから冷たいとか言われるんだよな。まぁ、競争相手が減るのはいいことなんだけど。
「用事あんの?あ、モスが良かった?オレあんま金ないんだけど」
ちょっと嫌そうな顔されてももう怖くないし、逆に楽しくなってくる。
「いいじゃん、行こうぜ」
カタカタ椅子をならして催促すれば、スコールはふーって長い溜息をついた。
腰に手をあてて頭はがっくりナナメ右。襟足が流れて首筋が見える、スコールお決まりの呆れたってポーズはオレの密かなお気に入りだ。
誰にも言わないけど。
それでもって、ここまでくればオレの勝ちだ。特に予定もなく金欠でもないスコールはオレと二人でマックに行ってくれる。
作戦成功。嬉しくなってまた椅子を鳴らす。
「日誌!はやく!」
「せめて大人しく待っていてくれ」
「はいはい。今週のクーポン何かなー」
カタリと椅子が引かれて、スコールが席に着く。
スマホをいじる振りしてバレないように観察開始。
スコールがこうやって机に向かっている姿を見るのは、実は結構久しぶりなんだ。
今回の席替えは最悪で、オレは廊下側から2列目の前から2番目。全然スコール見えないし、寝てるのバレるしいいことなんか一つもない。
「早く席替えしないかな」
気づいたら声に出していた。
スコールは机からペンケースを取り出していて、オレの方を見てくれない。
「こないだしたばかりじゃないか?」
「今の席ヤダ」
「いくつだお前は」
日誌に自分の名前を書きこみながら、スコールが呆れたって顔をして、こっちを見る。
目は優しい感じ。スコールの、海に潜って空を見上げた時みたいな、透き通った青い目が好きだ。
「じゅうななですー」
「知ってる、ばか」
シャーペンの頭でデコを突かれて、うお?って変な声が出た。若干バランスを崩して焦るオレに、口の端だけでスコールが笑ったのを、オレはちゃんと見てた。
もっと見たいけど、これ以上バカやって怒られるのは良くない。大人しくしてるってアピールするために、椅子の背で組んだ腕に口を押し付けた。黙っていい子にしてるからさ、はやく。
スコールにも伝わったみたいで、日誌の続きに戻った。
適当でいいのに、きっちりした字で授業と内容を書いていく。
5時間目なんて昼寝の時間に何をやってたか、覚えてないけど、スコールによれば世界史で第二次世界大戦をやったらしい。オレはきっと眠くて頭ぐらぐらさせてた。
まぁテスト前はスコール先生のノートにお世話になるから、きっと大丈夫。

「スっコールー!」
「ティーダー!」

校庭から呼ぶ声に思わず顔を上げる。
ヴァンとジタンがこっちに向かって手を振っていた。
片手にホース。何やってんだ。

「ティナちゃん!よろしくー」
「はぁい」

ティナの声も聞こえてくる。しばらくして、ホースから水が出てきた。
ぼたぼたと校庭を濡らして、地面の色はすぐに変色する。慌ててホースの口を押える二人が遠目に見えた。
「……何やってるんだアイツらは」
「何なんスかねー」
パタンと閉じられた日誌の上に、スコールの手が置かれる。その手から、なんとなく視線が離せない。
きちんと切りそろえられた爪だとか、細い指の合間に目立つ節だとか、手の甲に浮かぶ窪みだとか、そんな自分の手にもあるものが特別魅力的で、気づいたら手が伸びていた。

静かに重なった手に、びくりとスコールが身じろぐ。
「ティー…」
オレより低い体温。左手はそのまま、スコールの右手を捕まえて、反対の手を持ち上げてサイズを比べてみた。見た目より実際は細くなかったけど、ブリッツやってるオレの手と同じくらい長さがあった。女の子と比べると間接一つ分デカくて、男と比べても大体勝つのに、ちょっと意外だった。
じゃれるように指を絡める。力の入ってない手だ。好きにできた。指の付け根をくすぐって、中指を握るようにしてなぞって、手の甲を撫でる。オレのせいか、スコールのせいか、少し汗ばんでしっとりしていた。

「ティーダ!スコール!」

本当はここで、ちゃんと手を離さなきゃいけなかったんだと思う。
窓から身を乗り出して、何だよって校庭に向かって叫ばなきゃいけなかった。

「見ろよ!」
「虹ー!!」

楽しげなヴァンとジタンと、それからティナの声。
スフィアプールの中とは違う、水の音が聞こえる。

でもオレには、目元を赤く染めて、耐えられないというように唇を噛むスコールの姿しか目に入らない。










inserted by FC2 system