若干大人向けです。致してはおりませんが、苦手な方はご注意ください。


引っかき傷


ティーダがその歪みの傍にいたのは全くの偶然で、蠢いた歪に味方の気配を感じ、立ち止まったのも彼にしてみれば当然の行動だった。
ただ、現れたスコールにとっては歓迎し難いことだったようだ。
ティーダの青い瞳を認めるとあからさまに眉をひそめた。
不愉快だと隠しもしないスコールに、いつものことと割り切るティーダは笑いかける。
「怪我はないッスか?」
歪みから現れた相手が誰であれ、ティーダはそう尋ねただろう。
相手がスコールであるだけに、無視されることも覚悟して言った言葉ではあった。けれど 予想に反して彼は一瞬視線をさまよわせる。
「……俺に干渉するな」
いつもと同じような言い方だった。ただ、明らかに声が掠れている。
ついと逸らされる視線にも向けられる背中にも違和感しか感じず、言葉より先に手が出てしまう。
「怪我、どこだよ」
掴んだ左腕をひっぱれば、簡単にぐらりと揺れる身体。
「っ!?」
たたらを踏んだスコールを胸で抱き留める。
「スコール」
「何でもない」
「どこがだよ!?」
頑なな様子に思わず声が荒くなる。
腕を掴んだ右手とは逆の手で肩を掴み、顔を覗き込む。
至近距離で見るブルーアイズは水で薄い膜が張られたかのように潤んでいた。少し、汗の匂いがした。前髪も襟足も、心なしかしっとりとしているように見える。
「離せ」
はぁ、と熱い息を吐いて、スコールのグローブに包まれた手がティーダの胸を押す。
知らず、見つめていたことを自覚したティーダが慌てて視線を逸らせば、なんとはなしに目に入ったグローブに違和感を覚えた。
いつもぴたりと着けられているはずのグローブが緩んでいる。手首できっちりと留めていたはずなのに。
「これ…」
感覚に従い、手首を掴みあげてグローブを外す。
「!」
止めようとしたスコールの右手は間に合わず、隠されていた素肌が露わになった。
「離せ!」
「大人しくしてろよ」
身長では勝っているはずなのに、ガンブレードを握る手とブリッツボールを掴む手ではサイズも腕力も違うのか、引きはがすことができない。
じっと己の手を見つめるティーダにどうすることもできず、舌打ちをする。
ティーダの目は、スコールの手首から爪の先までをゆっくりと辿っていた。汗ばんでしっとりとした肌。長い指。その先にある、少し伸びているが綺麗に整えられた爪が、赤黒く、染まっていた。
「なんだよコレ」
通常の戦闘では絶対につかないはずの血が、爪の先に入り込んでいた。知らず、声が低くなる。
「ガンブレードは?素手で殴り合いでもしたのか!?」
他は怪我してないか!?と続けるティーダの青い瞳は純粋に自分を心配するもので、予想外の言葉にスコールは目を見開いた。
「……は?」
「は?じゃないって!怪我は?」
「あ、あぁ…していない」
「本当か?おかしいだろ。なんでこんなとこに血がついてるんだよ」
本当に、心配している。見当違いの反応が面白くて、ふっと笑いが零れた。
「スコール?」
「怪我は、していない。そもそもコレは、戦闘でついたものじゃない」
スコールに先ほどまでの無愛想で焦ったような仕草は消え失せていた。落ち着き払い、どこか楽しげですらある。
掴まれたままの左手はそのままに、残されたグローブを外すため右手を口元へ運ぶ。中指の先を軽く食み、ずるりとグローブを外す。
ほら、とティーダの眼前に晒された爪先にも、同じ赤。
「………え?どういう」
戸惑う姿が幼く見えて口の端で笑う。
見せつけるためにわざとゆっくりとした動きで右手を口元へ。
まとめた4本の指を根本から舐め上げる。掌の方から指先へ、ちゅ、と音を立てて軽く吸い付いてティーダに視線を流す。
急に雰囲気をガラリと変えたスコールに衝撃を受けたのか、大きく目を開き、口までもが少し開いてしまう。
そのまま黙って見ていろ。
鋭く、けれど甘さを乗せた視線で見つめたまま、スコールは右手を口に含む。
歪の中でした行為の残り香が鼻をつくが、慣れたものでもう気にもならなかった。
本当は、爪の先に入り込んだ男の血を吸いだすだけで良かった。何でもないとティーダにわからせて、別れられればそれで良かった。
けれど何も気づいていないティーダに、心配するだけのティーダに、腹が、立ったのだ。
もっと正直に言えば、ずっと羨ましかったのだと思う。望めば手が届くところに家族が、愛があるティーダが。
そして自分は、ティーダを超えられない。
あの厚い胸板も広い背中も、ボールや大剣を扱う腕だってみんなティーダのものだ。
どれ程望んでも自分のものにはならないと、スコールは理解していた。
挑発は衝動的なものだった。血を吸いだして何でもないと見せればそれで良かったのに。
今はもう、それでは足りない。理性は飛んでいた。
長さも太さも熱さも足りない自分の指4本を、いつもしている以上にはしたなく音を立ててしゃぶって見せる。
じゅる、ちゅ、と吸い付いては離れ、舐め上げて。細めた目でティーダを見つめて、誘う。

「すこー、る」

唾液にまみれた指先を伸ばし、ティーダの薄く開いた唇をなぞる。
「わかったか?」
「え」
「怪我じゃない」
あぁともうんともつかない返事が小さく聞こえた気がしたけれど、どうでも良かった。
腹の底から熱が昇って、肌が火照る。
羨ましくて仕方ないけれど、きっとティーダが嫌いなわけではない。
だってこんなに、興奮している。
幼い顔も明るい金髪も、父親よりずっと低い背も、同じ青い瞳も、悪くない。戸惑う瞳に自分しか映っていないもの気分が良い。
直前までその青を見つめて、唇が触れた瞬間に目を閉じた。
無防備な唇に舌を潜り込ませれば、驚きで身体が跳ねる。
それでも首に回した手を振り払われることはなく、舌で歯列をなぞって見せれば、奥に引っ込んでいた舌が絡められる。
唾液が混ざって、優位に立っていたはずなのに気づけばティーダの舌がスコールの口内を犯していた。
背中と項に手が回されていて身動きできない。
「…っん、んぅ」
「はっ」
一瞬離されて、また深く舌が潜り込む。
やっぱり違うなと思った。こちらの全てを奪うようなキスでなく、性急な行為に同い年にも関わらうず若いななどと年上めいた感想を持つ。
「はっ……ん、ティ、」
「スコール」
ひどく醜い顔をしていると、スコールは思った。きっと男を誘う娼婦と同じ顔だ。淫猥で目も当てられない。
塗れた唇に舌を伸ばして舐める。視線は逸らさないまま、ぎゅ、とティーダの背中に爪を立てた。服越しでもわかる、ジェクトよりも薄くて狭い背中。
「お前も、引っかいてやろうか?」
ティーダのことが好きなのか、ジェクトへの当てつけか、もうわからない。ただ苦しくて、ティーダの胸元に指を滑らせた。
ジェクトの背に跡を残した、血の残る左手で。










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