05.望むのならば


動悸が早いのは自覚していた。それが決して、先の騒ぎのせいだけではないことも。
背中にあたる石壁がひんやりとして心地よい。
スザクは主の肩に押し当てていた頭をゆっくりと上げ、腕の中、抱え込んだ人を改めて眺める。その相貌は自身の胸元に押し付けられていて見ることは叶わなかったけれど。
耳を澄ませば、鳥の鳴き声が聞こえてきた。少し顔をあげれば透き通るような青空。緑に囲まれた小さなお城はとても綺麗。いっそのこと木々が全て茨だったら、もっと静かに暮らせたのに。
指先を通る黒髪がさらさらと流れていく。掴みどころがないところまで持ち主そっくりで、スザクは少し微笑った。
「……くるる、ぎ?」
「はい?」
「もう、終わったのか?」
「え?」
顔をあげてくれればいいのに、と思いながら何が終わったのかを考える。
何があったんだっけ?



間抜けな声を出した後のスザクの行動は迅速だった。
「失礼しました!」
と赤面してホールドアップする姿に、先の襲撃で見せたような鋭さはなく、ルルーシュは同じ年にも関わらず、年相応の可愛さだななどと思ってしまった。
スザクとルルーシュとの間にできた隙間を通る風が冷たかった。ついさっきまであった温もりがなくなってしまっただけに、余計に肌寒く感じる。
振り払うように前髪に手を入れる。
「ナナリーは?」
「咲世子さんがお連れになっていました。方角はあちらです」
「連絡をいれておこう」
取り出したケータイを操作し耳にかける。
細い指が烏の濡れ羽色した髪を後ろに流す仕草に、目を奪われた。
「ナナリー?」
『お兄様!私と咲世子さんに怪我はありませんわ』
「良かった。俺も問題ないよ。枢木が…」
『スザクさんが?』
「…枢木が……まもって、くれたから」
『流石ですね。咲世子さんも褒めていましたとお伝え下さい』
「あぁ」
『襲って来た方々なのですが、咲世子さんがどなたかを調べに送ったそうです。それと、周囲の捜索も行っていると。ただ咲世子さんが一周したところ、敵はもういなかったそうです。』
「わかった」
『今ポイントA7にいます』
「すぐに行く」
『待ってますね』
「あぁ。じゃ」
外されてぱちん、と折りたたまれるケータイ。その全てを瞬きもせずスザクは見つめていた。
「枢木?」
「あ、その」
「撃ったのは、初めてか?」
見つめていたことを問われるかと思えば、返ってきたのはそんな質問。
あぁ、そうだ。人を撃ったんだと思い出した。
「訓練は受けましたが、実戦は初めてです」
「そうか……」
憂いを帯びた紫はとても優しい光を湛えている。強くて優しい人だと思った。
「自分は、自分が初めて守った相手がルルーシュ様であることを、うれしく思います」
他の誰でもない、ルルーシュだからこそ嬉しいのだとどうすれば伝わるだろうか?さっきからそればかり考えている。
表情一つ、指の動き一つにだって目を離せない。さっきは欲求に従って指を伸ばせたのに、意識したらもうダメだった。理性が邪魔して何もできない。
朝はまともに見れなかったのに、昼には視線がそらせない。引き込まれて、剥がれない。
唐突に理解した。この感情の名前を。
「ルルーシュ様。さっき自分が言ったこと、覚えていて下さいますか?」



『枢木スザクが、ルルーシュ様に仕えたいと思ったからです』
『ルルーシュ様。僕は、あなたの手に足になりたいんです』



覚えている。忘れてない。あぁそういえばいつも自分と言うくせに、さっきは2回も別の言い方をしていた。騎士候補の枢木スザクは自分のことを「自分」という。よく聞く、軍人の言い方だ。例えば兄様が俺のところによこす警護の人間が使うような。
ルルーシュは言い訳を考える。言い訳を考えているのだと自覚しながら、何から逃げるのだろうかと意識の端でふと思った。
「覚えて、いただけていますか?」
「覚えているよ」
「ありがとうございます」
目の前の翡翠がゆるやかに細くなって、笑顔になった。
にこり、とした優しい微笑み。
なぜ。だって俺は答えを出していない。
「参りましょう?」
立ち上がり、座る自分に伸ばした手をルルーシュはとってしまった。それが至極当然のことに思えたから。
繋いだ手はあたたかかった。

スザクは祈る。
好きだ好きだ好きだ好きだ。
繋いだ手から体温と一緒に浸み込めばいい。少し低い指先をあたためてあげたい。
困らせたなら答えなんて求めない。覚えていてくれればそれでいい。いつか絶対に、信じさせてみせるから。望むのならばどんなことでも叶えてみせるから。

だからどうか、繋いだこの手を離さないで。





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