愛しの黒猫 家庭訪問編


「ごめんね、ルルーシュ」
「いや、別にかまわない」

玄関のドアの隙間から聞こえてくるのはそんな声。
音も立てずにクラブハウスのドアは主と来客を出迎えた。

「お帰りなさいませ、ルルーシュ様」

私は腰をしっかりと曲げ、いつものようにご挨拶。
来客を見定める前に伏せた目では、声の主はわからない。

「ただいま、咲世子さん」
「お邪魔します」

ルルーシュ様の声に、私はゆっくりと面を上げる。
主の横に立つ男は、類まれなる美貌を持つルルーシュ様の隣に立っても見劣りしない程度には美形だと認識できる。
ふわふわとした茶色の髪、にこやかに笑みをたたえる口元が柔らかな雰囲気を与えている。
ルルーシュ様はちょっとお目にかかれない美人だけれど、その印象は鋭利な刃物のよう。第一印象が相反する二人が並ぶと、圧巻。
身長は同じくらいだけれど、制服の上からでもルルーシュ様の華奢な体つきと、男の細身だがしっかりと鍛えられた体つきは見てとれた。
まるで白と黒のように似ていないのに似合っている。
そんなイメージを持ってしまった自分が腹立たしい。まだろくに男を調べていないのに。

「スザク、ここで身の回りの世話をしてくれている咲世子さん」

私のような使用人を紹介する必要などないのだけれど、ルルーシュ様はいつも私を紹介してくださる。
ので、私はもう一度頭を下げた。
優しいやさしい、私の主。

「咲世子さん、俺の……」
「恋人に立候補している枢木スザクです。名誉ブリタニア人で、軍人をしています。学校では生徒会で風紀委員長を」
「スザクっ!」

焦ったように噛み付くルルーシュ様。
驚きではなく焦り。枢木スザクは普段からそのようなことを言っているのだろうか?
ルルーシュ様の恋人に立候補していると。

「咲世子さんが本気にしたらどうするんだ!」
「えぇ〜僕は本気だよ?ルルは本気にしてくれないの?」

ちゅ、と軽いリップ音。
音源はルルーシュ様の左手。
白魚のような傷ひとつなく透き通るルルーシュ様の手が、軍人の無骨な手に握られている。
あまつさえ、そこに口付けを落とすなど!

「ルルーシュ様、ナナリー様がリビングでお待ちです」

スカート下からクナイを取り出してその右手を切り落とす想像をして、私はなんとか気持ちを沈めた。
あぁ、ナナリー様になんと申し上げればよいのでしょう!
篠崎咲世子、一生の不覚。

「あ、ああ。ほら、行くぞスザク」
「うん。ルルーシュ自慢の妹さんに会えるの、初めてだから楽しみだな」

枢木スザクの笑顔は完璧だった。
邪気を感じさせない、優しい笑顔。
けれど私は騙されない。その、左手がちゃっかりとルルーシュ様の右手を握って離さない様子を目の当たりにして、警戒しない護衛がいるだろうか?いいえ、いない!
脳内のルルーシュ様ご友人・要警戒ランクに枢木スザクの名を刻み込む。リヴァル・カルデモンドの10ポイント上に位置づけた。
ルルーシュ様の横顔が、少しだけ、ほんのすこーしだけ赤味が差していたのは、絶対に照明の関係です。それ以外の何物でもありません!

リビングまでのあっという間にルルーシュ様の横顔はいつもの涼しさを取り戻していた。
中にいるのはもう一人の主。
扉を開けながらルルーシュ様は声をかけた。

「ただいま、ナナリー」
「おかりなさい、お兄様」

ご兄弟の挨拶が終わるのを待ち、枢木スザクが挨拶をする。

「お邪魔します」
「はじめまして、ナナリーです」
「突然ごめんね、枢木スザクです」
「スザク、こっちへ」

先ほどから繋がれたままの手が憎らしい。
ルルーシュ様は特に気にした様子もなく、そのまま手を引いてナナリー様の前に連れて行った。
私の知る限り、ルルーシュ様は他人との接触が得意な方ではないというのに。

「ルルーシュ?」
「ナナリーの手、握ってやってくれないか?」
「君が望むなら、喜んで」

私が見ることができたのはそこまで。
夕食の準備が私にはあるのだ。
ナナリー様はルルーシュ様が手を繋がれていることは見れない。私は、そのことをご指摘することもご注進することもできない。
けれどナナリー様ならば気づいて下さるはず!
重ねたその手で、彼奴がルルーシュ様に邪まな想いを抱いているものであることを見抜いて下さるはずです!
だから私は念のため、いつもより温度が高い紅茶を用意することだけ覚えておいた。

私が食事を手に戻ると、全員が席に着き歓談している最中だった。

「今日は急にどうなさったんですか?」
「あぁ、スザクの家のコンロがつかなくなったというから」
「よくわかんないんだけど、火がつかなくなっちゃったんだよね。明日には業者を呼んで調べてもらおうと思ってるんだけど」
「生徒会で残っていたしな。これから外食もなんだと思って」
「ナナリーのお兄さんはとっても優しいよね」
「えぇ」
「…スザク」
「え?僕は本当のことしか言ってないよ?…あ、もしかして、やきもち?大丈夫だよ。僕はルルーシュが―――」
「あぁぁぁぁぁ!ほら、咲世子さんが料理をもってきてくれたぞ!」

ガタンっと音を立ててルルーシュ様が私の手からお皿をテーブルへと移して下さる。
……ルルーシュ様が声を出さなければ、料理を枢木スザクにぶつけるかお皿を握り締めて割ってしまうところでした。
紅茶を食後に用意した自分の判断を呪う。無理にでも用意していたならば、煮え湯を飲ませてやれたものを。
ナナリー様の様子を伺えば、緩やかに弧を描く口元の角度が、いつもと違った。
枢木スザクの言葉は途切れたけれど、文脈を考えれば続く言葉は明らか。
私のほうを見てナナリー様はにっこりと、わらった。
イエス・ユアハイネス!
全力で排除します!!

それから始まった夕食は、まるで本国の晩餐会を想像させるかのようだった。

枢木スザクが先手を打つ。

「おいしい!これは咲世子さんが作ってくれてるの?」
「あぁ」
「咲世子さんのお料理はとってもおいしいんです」
「ありがとうございます」
「ルルーシュは、料理するの?」
「咲世子さんにいつも頼むわけにもいかないからな」
「お兄様のお料理も、とてもおいしいんですよ」
「僕もね、一人暮らしだから料理には結構自信があるんだよ」
「そうなのか?意外だな。昼はいつも買っているじゃないか」
「お昼はどうなるかわからないからね。朝と夜は自炊してるよ」
「ちゃんと作ってるのか?」
「いやだな、本当だよ。ね、ルル。今度はウチにご飯食べに来てよ。今日のお礼も兼ねて、腕を振るうよ」

ルルーシュの料理も食べてみたいな、という流れになるかと思ったのに!
予想以上に敵は強かだった。まさか、家に誘うなんて。しかも、一人暮らしの。

「スザクの腕を見てみるのも悪くないな」

あぁぁいけませんルルーシュ様!そんな楽しそうに返事をしては!!
男はオオカミなのですよ!?
しかしそこですかさず、颯爽と猟師が登場した。

「私もスザクさんのお料理を食べてみたいです」

お見事ですナナリー様!!
一瞬、ナナリー様を見る枢木スザクの目が鋭く光ったが、快諾の笑顔へとすぐに変わった。
このまま終わるはずもなく、ナナリー様が攻勢を強める。

「あっ」

可愛らしい小さな声とともにスープがはねる。
スプーンはお皿のふちをすべりテーブルクロスの上へ。

「大丈夫」
「ごめんんさい、お兄様」
「気にするな」

差し出したタオルを受け取り、ルルーシュ様はナナリー様のまろやかな頬へと飛んだスープをぬぐう。
ぬるめのスープは火傷の心配はないが、ぬぐい終わった頬をルルーシュ様の細い指が、無事を確かめるかのようにゆっくりと撫でた。

「ありがとうございます」
「あぁ」

天使の微笑みが交わさせる。その向かいでスプーンが歪んでいた。

幸いにもその後、私は紅茶をうっかりこぼしてテーブルクロスをダメにしてしまうことも、歪になった食器を見ることもなく、表面上は穏やかにデザートが片付けられた。

「それじゃ、玄関まで見送ってくるから」
「はい、お気をつけて」
「ごちそうさま、咲世子さん、ナナリー。失礼するね」

パシュ、と空気が抜ける音がして、扉が閉まる。
ゆっくりと顔を上げて振り返る私の目には、車椅子に座る主。

「咲世子さん」
「はい」
「あの、枢木スザクという方」
「心得ております」

経歴を全て調べ、学内での評価も総ざらいしなければ。

「お兄様は、まだほんの子どもだった私の目から見ても、とても綺麗で自慢のお兄様でした」
「お察しいたします」
「だから、今ではもっとお美しくなっていると思うんです」
「その通りです」
「なのに、お兄様は私の心配ばかり」
「ナナリー様がお大事なのです」
「えぇ。わかっています。けれどお兄様は自分のことに無頓着すぎます」

だからこそ、あのような不埒な輩を引き寄せてしまう。

「恋愛の機微に疎いお兄様は、私が守ってさしあげなくては!!」

きゅ、と私の手を握りしめる、私のもう一人の主。
微力ながら、私も尽力させていただきます。
無自覚で無防備なルルーシュ様は、ナナリー様と私が守ってさしあげなくては!!










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