予測通りだった。
教室は騎士の話題で始終落ち着きがなく、友人たる俺に話しかける者も多かった。
そして俺は完璧に枢木スザクの友人の仮面を被っていた。
唯一つ、怠っていたのは、スザクとの連絡。忘れていたのは、スザクの行動力。


主よ、許したまえ 7



「あ、ルルーシュ」

生徒会室の扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは猫じゃらしを手にした、時の人。
ふりふりと揺らされる猫じゃらし。
それを追うアーサーの爪は、どう間違ってかスザクの手を引っかいた。
痛っと小さく漏らされた声には構わず、アーサーは尻尾を振りながら寝床へと戻っていく。

「今日はまだ皆来てないんだね」
「あ、あぁ。呼び出しや、用事があるらしくて」
「ふぅん。じゃあちょっとだけ、ルルーシュと二人っきりでいられるんだね」

笑顔でそんなことを言われて、どう言葉を返せと言うんだ。
仕方なく出した答えは、はぐらかすようなもの。

「今日、よく来れたな。コーネリアの小言やら儀式の説明やらで、しばらく来れないと思っていたぞ」
「ユフィには泣かれちゃったけど、コーネリア様はむしろ褒めてくれたよ?」
「………は?」
「あ、ちゃんとルルのことは何も言ってないからね?きちんと、丁寧に、一般的な、お断りの言葉を述べてきたから!」

身に余る光栄ですが自分は名誉ブリタニア人で〜とか、これまでのようにナイトメアフレームに乗ることによって御身をお守りしたいと〜とか、あの後一生懸命考えたんだ、と笑顔で告げてくる。
つまり、何だ。俺の考えていた、儀式の最中に枢木スザクを奪取かつ貴族共に黒の騎士団の力を見せ付ける作戦は、実行不可能ということか。
そうだな。スザクが騎士に就くのを断ったということは、儀式も行われないわけで、だから。

「はぁぁぁあ!?」
「え、何!?」
「お前、ユフィに断ったのか!?」
「うん?当然でしょ。だって僕はルルの騎士なんだから」

俺の、騎士。
夢ではなく、現実にスザクは、俺の騎士なんだ。

「ルル?」
「いや、お前は俺の騎士なんだって、思って」
「うん。僕は、ルルの騎士だよ」

夢みたいに嬉しかったから、まだきちんと認識できていなかった。
けれど、本当に、スザクは俺の騎士になったんだ。証はないけれど、確かに。

「だが、ユフィの騎士になるのを拒まなくても」
「ユフィには悪いと思ってる。でも、僕は嘘でもYesとこたえたくなかったんだ」
「スザク…」

嬉しいと、思ってしまった。
犯した罪は数知れないけれど、この感情が最も重い罪かもしれない。
テーブルの前に立っているスザクに向かい、一歩踏み出した、瞬間。
扉が音を立てて開かれた。

「枢木スザク、見つけたぞ!!」

怒声の主は軍服を纏っていた。何故、この学園に!?
思った瞬間、腹部に熱を感じた。
軍人の手には銃。硝煙が出ている。

「ルルーシュ!」

撃たれたのか。スザクの切羽詰った声とは裏腹に、やけにクリアな思考はそう判断を下した。
ちっ、と舌打ちの音。スザクを撃てなくて残念だったな。
銃声が続いている。俺に興味などない軍人の狙いは、隣を駆け抜けあっという間に距離を詰めるとその右手にある銃を蹴り飛ばした。
宙を舞う銃はスザクの手の中に納まる。銃口の先は、軍人の胸。
けれど男はひるまず声を益々荒げるばかり。

「名誉ブリタニア人の癖に!わ、私の方が貴様の何倍もユーフェミア様の騎士に相応しいのに!」
「うるさい」

低い声が制する。
ぐ、と銃口が服に埋まる。

「スザク、事を荒立てるな」
「ルルーシュ」
「こんなことで命令させるなよ?」

数秒後、わかった、と唇が小さく動き、流れるような動作でスザクは軍人を床に沈めた。
不本意そうだが、ここで死人など出すわけにはいかない。
資格を持ちながらも騎士を置かなかったユーフェミア。その騎士に決まったのが名誉ブリタニア人だということは一波乱どころか三波乱ぐらいは起るだろうと思ったが、学園にまで侵入されるとは思わなかったな。
警備を固くするよう理事長に申し入れるべきか。
いや、その前にまず騎士を断ったことが発表されているかを確認すべきか。この男がどこまで知って行動を起こしたか定かではない。単純に、攻撃しやすい学園での犯行を狙っただけなのであればいいが。

「……ん…」
「ん?スザク、何か言ったか?」
「――、ご、めん」

思考に没頭していて聞き返せば謝罪の言葉。

「僕は、ルルーシュの騎士なのに」
「あぁ、別に、大した怪我じゃない。かすっただけだし」
「それでも!」
「痕だって残らないさ」

言われてみると確かに腹部に熱を感じるが、穴が開いているわけでもない。
日々進歩する医学の力で、あっという間に治ってしまうだろう程度の傷だ。

「それでも、僕のせいで怪我した」

自分が怪我したわけでもないのに、つらそうな声。顔は見えない。けれどきっと、泣きそうな顔なんだろう。
別にこれぐらいの怪我、どうってことないのに。

「なぁ、スザク。騎士は何のためにあるのだと思う?」
「主を守るため、でしょ?」
「何から守るんだ?どうやって守るんだ?」
「それは…」
「皇族は、結局は一人なんだ。俺にはナナリーがいるし、コーネリアにはユフィがいる。でも基本的に、一人でどこかの国にいるものだ。その時に側にいるのは、騎士だけなんだよ」

皇族は一人で国を背負うもの。兵を率いて反逆者を倒し、平定し、恨みを買うもの。期待と脚光を浴びるもの。

「騎士は皇族にとって頼ることのできる唯一のものなんだ」

少なくとも俺は、そう思う。
騎士にならば弱味を見せていい、甘えていい、信じていい。

「騎士は弾除けなんかじゃない」

剣となり盾となり、側にあることを否定するわけじゃない。むしろ望んでいる。
この気持ちが上手く伝えられればいいのに。

「ありがとう、ルルーシュ」

ぎゅ、と強く抱きしめられる。
まだ翠は見えない。
あの色が好きなのに。

「ちゃんと、守れなくてごめんね。でもこれからはずっと、守るから。誰が銃を向けても、何が起っても、離れないから」
「…俺の言った意味、わかってるのか?」
「僕は、ルルの剣で盾だよ」

翠が、見えた。
泣きそうな紫。
夕焼けに頬が染まっている。血の、朱に。

「ね、ルル。返事を頂戴。僕を好きだと言って」



答えは、きっと7年前に出ていたんだ。
ただそれを認めるには悔しくて、目の前にある唇に己のそれを寄せた。
本当は恋愛感情で結ばれてはいけないことを知っている。
それでも俺達は契約を交わさずにはいられないんだ。



主よ、主よ。共にあることを許したまえ。





[ end ]








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