灰を被ったオヒメサマ
茨の城で眠るオヒメサマ
毒林檎を食べたオヒメサマ

助けに来るのは、白馬に乗ったオウジサマ

昔話のオヒメサマはただただオウジサマを待つばかり。
黒のオヒメサマは、つまらないと投げ捨てた。


My Fair Queen 4



「ルルちゃぁん。そんなにピリピリしてたら、折角の美人が台無しよ?」

久しぶりに再会したミレイは豪奢な金糸を揺らしてそう言った。からかう様に、励ますように。

「美人な母上と可愛いな妹と血が繋がっているから、当然だ」

返すルルーシュの言葉は、的を得ているようで外したもの。
わかっていながら外した言葉に、ミレイは肩を竦める代わりにグラスを傾けた。
コンっと硬すぎない音を立て交わるルルーシュとミレイのグラス。

「まずは、乾杯、ね」
「…乾杯。ニーナも、再会に、乾杯」
「はい」

ルルーシュ、ミレイ、そしてニーナとカレンが揃った一角は、それだけで注目の的だった。視線に慣れているルルーシュ、ミレイとは違うニーナは居心地の悪さを感じ、カレンはさりげなく空間を遮断するかのように立ち位置を調整している。

「大人気ねぇ。黒の皇女サマは」
「ミレイっ」
「やぁねぇ。怒んないでよルルちゃん。人気があるのはイイコトよ?」

グラスの中の液体を喉に流し込むミレイに、ルルーシュは顔を伏せて告げた。
とても、とても小さな声音で。

「…ほしくない」

「うん」
「ほしくない」
「そうよね、ルルちゃんが欲しいものは決まってるものね」

「でも、仕方ないからちゃんと付き合ってやってるんだ」

この茶番に、という言葉はグラスの中身と一緒に飲み込んだ。

「うん。いいこ、ね、ルルちゃん」
「…少し、すっきりした」
「良かったわ。ていうか、ルルちゃんにこんな顔させてるナイト様はどこいってるの〜?」
「ミレイちゃんっ」
「ワ・タ・シ、の側にはいられないからな、特派に顔でも出しているんだろう」
「ふ〜ん。ねぇルルちゃん。いっそのこと、既成事実でも作っちゃえば?」
「なっミレイちゃん!?」
「ニーナ、声大きいわよ?」
「なんてこというのよミレイちゃん!ルルーシュちゃん、本気にしちゃダメだよ!?」
「もうっニーナはお堅いんだからー」

「…まぁ、俺は別にソレでもいいんだけどな」

ふぅ、と息を吐き出すルルーシュの声は自棄を起こしているようには聞こえない。

「る、るーしゅちゃ…ん?」
「心境的には問題はない。問題があるとすれば、現行の法制度と世間一般の認識、加えてブリタニア情勢だな」
「さぁっすがルルちゃん。積極的でお姉さんは嬉しいわ!」

ルルーシュに抱きつきそうな勢いで喜ぶミレイとは反対に、皇室への憧憬の念が未だ根強いニーナは何やらぶつぶつとユーフェミア様はそんなことはお考えになりませんよねなどと言っている。

「落ち着けニーナ。実行なんてしないから」
「そ、そうだよねっ」

「あぁ。…そうするには、まだ、やらなければならないことが多すぎるから」

傾けて空になったグラスを、すっと斜め後ろから伸びた緋色が受け取る。
細い柄を持つ手と手が重なり、僅かに体温を分け合った。

周囲のざわめきが4人の世界に入り込む前に、ミレイの唇は場の空気を変えるように鮮やかな色を持って言葉を紡ぎだす。

「それでは、実行が難しいコトの代わりに、ちょっとの勇気で幸せになれる魔法をあげましょう」

じゃんっと自ら言う効果音と共にミレイの手に現れたのは、シンプルな小箱。

「姫君御所望の品でございます」












楽団が奏でるワルツ、ワルツ、ワルツ。
次は私と、私と、私と。
広がるスカートはふわり、ふわり、ふわり。
絨毯の上を踊る靴はくるり、くるり、くるり。

本音を隠した控えめな笑顔でルルーシュはホールを行ったりきたり。
それをどうしてもきつい眼差しでしか見つめられない男が一人。

「私たちのように、簡単だったらよかったですね」
「あは〜。確かに僕らは簡単でいいかもねぇ。でも」

ぐるん、と灰色の男は己の婚約者に向き直り、にやりと笑いかける。

「障害が多いほど、燃えるってヤツなんじゃぁない?」

後ろに控えていた部下が眉を顰めるのを感じながら、それでも金色を纏った婚約者は負けじと笑顔で切り返す。

「私としては、愛は世界を救う、あたりにしておいていただきたいですわ」
「それを言うなら、世界を創る、の方が似合うんじゃなぁい?」

くすくすと笑いながら受け流した相手に、負けを認める気はないけれども勝てる気もせずに、薄紅の唇は仕方なく溜息まじりに一言告げた。

「否定は、しませんわ」

何にせよ、私は貴女の味方だし、きっとこの人も貴女の力になる。
ミレイはそれだけで充分と、踊る人形と見つめるしかない騎士を最後に見やってから踵を返した。

音楽はまだ、鳴り止まない。












「………つかれた」
「お疲れ様、ルルーシュ」
「お疲れさま!ルル、お化粧落としに行く元気、ある?」
「ない。簡単なのでいい」
「も〜。今日だけだよ?」
「あぁ」
「ドレスはどうする?」
「…いや、このままでいい」
「わかった」
「よしっメイク落としも化粧水も乳液もおっけーだよ」
「ありがとう」
「何か食べる?」
「いや、構わない」
「ん〜じゃあ、他になにかある?」
「大丈夫だ」
「はーい」
「では、私とシャーリーはこれで」
「あぁ、お疲れ様」
「おやすみ、ルルーシュ」
「おやすみルル。また明日」

いつもなら、シャーリーはナナリーと咲世子のことや庭の花のこと、離宮に出入りする人のことなどを話して聞かせる。ルルーシュとカレンも今日あったことを話して、軽食だって取る。
けれど今日は、必要最低限の会話だけでおやすみの挨拶。
思った以上に不安定になっていた自分を気遣う二人に、ルルーシュの心はいくらか安らいだ。

ドレスはお披露目用のまま、化粧だけ落としてありのままになった。

「さぁ、行こうか」

手の中には魔法のかかった小箱。
するり、と猫のようにルルーシュは静かに部屋を後にした。



空には月。
風が強いのか雲の流れは速い。
地上に吹くのは爽やかな夜風。

渡り廊下で柱に寄りかかるのは、己の愛しい人。

「スザク」

声が、かすれて、囁き程度の音にしかならなかった。
それでも彼の人は顔をあげ、苦笑して名を呼び返す。

「ルルーシュ」

「スザクっ、その、」
「ルルーシュ」

ルルーシュが距離を詰めるより早く、スザクの腕はルルーシュを包み込んだ。
目の前には、白。
感じるのは、一瞬の冷気とそれからじんわりと広がる温もり。

「ごめんね、ルルーシュ」
「…なぜ、お前が謝る」
「うん。でも、ごめんね。何もできなくて」

耳元で囁かれる低い声に動悸がする。

「好きだよ、ルルーシュ。今はまだ、どうにもできないけど、好きなんだ」
「すざっ」

きゅっと騎士服を握り締めると同時に、唇を塞がれた。
軽く触れた後、思わず目を見開いたルルーシュと視線を合わせると、目を細めて今度は深く、唇を合わせる。
慌てて目を瞑るルルーシュに喉を振るわせたのが伝わる。

「んっ」

抗議しようとした隙を逃さずに入り込む熱に、反射的に引いてしまった腰は廻されていた腕で引き寄せられ、頭の後ろにも廻されていたそれでより深く交わる。

「ん、……ふっ」
「ルルーシュ」

息継ぎの合間に呼ばれる名に身体が熱くなる。

「スザ、んぅっ」

もう一度、重ねられた唇に今度はルルーシュも熱を追う。
頭の芯がぼぉっとしてくる頃になって、ようやく、影は二つになった。
最後に軽く、ちゅっと可愛らしい音を立てて。

「はっ、はぁっ…、すざ、く」
「ねぇ、ルル」

ルルーシュの声を遮ってスザクは囁く。
柔らかな黒髪を胸に押し付けたまま。

「ナナリーの目が見えるようになったら、枢木スザクと結婚して下さい」

ナナリーの目が見えるようになったら。
その時には、きっと、母を殺した犯人を見つけていて、ブリタニアもぶっ壊していて、日本という名前が地図に復活しているだろう。いや、するのだ。

「そういうことは、きちんと、目をみて言うものではないか?」
「あー…うん。ごめん」

肌で感じるスザクの心臓の音が、とくとくと早くなっている。
スザクも、きっと不安で、照れくさいのだと思うとルルーシュの頬は緩んだ。

「もういっかい」
「うん」

胸にすりよるルルーシュの頬を両手で包み込み、ゆっくりと顔を上げさせる。

「ルルーシュ、僕と」
「枢木スザク、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと婚約を誓え」

スザクの声を遮り、射抜くようにその目を見つめてルルーシュはそう命令した。
ブリタニアの、名において。

呼吸を止めたスザクは、数回瞬きをした後、ようやく言葉を飲み込んだ。
必死さと、それから少しの不安をない交ぜにしたルルーシュの声に目に、笑みが広がる。

「イエス、マイロード」

泣きそうな目じりにキスを落として、それから右手の甲にもキスを。

「ん?」

右手の中には小箱が一つ。

「ルルーシュ?」

呼びかけには応えず頬を朱に染めたまま、ルルーシュはそれをスザクへと押し付ける。

「開けるよ?」

こくん、と頷くルルーシュに、スザクが箱を取れば、魔法は完了。
泣きそうなほど、幸せな魔法。
スザクはルルーシュをきつく抱きしめて、もう一度口付けた。



もちろん、謹んでお受けしますとも、僕のお姫さま、未来の女王さま。
黙ってお城の中にいない大切な大切な人だから、この腕の中から絶対見失ったりしない。





[ end ]








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