誓いを刻め


「ねぇ。婚約指輪、作ってみる?」
その男がそう言ったのは突然だった。
私はめいっぱいおめかしさせられて名前もよくわからない機械が我が物顔で闊歩するような、婚約者、の職場にいる。
所謂玉の輿だけれど所詮は政略結婚。
お相手に、どんな得があるのかなんて知らないけれど。
私の家にとってみれば願っても無い縁談。
結婚しよう、とあっさりと言われたことを告げれば母親は飛び上がらんばかりに喜んでいた。

あぁなんて下らないんでしょう。

家に帰ってお気に入りのキッチンで生徒会のみんなと食べるケーキを焼きたい。
ここで出されるお茶なんてルルーシュの淹れるお茶の足元にも及ばない。

あぁなんて下らないんでしょう。

逆らえずに諾々とここを訪れる私という存在は。

などど自分を卑下して悲劇にヒロインごっこに浸る間すら、くれないのだ。この男は。
政略結婚の相手としてはきっと上等すぎるほどに上等なんでしょう。
だって絶対にこの男は私になんて興味がない。
きっと興味を持てるのはこの目の前に鎮座する大きなお人形さんなんでしょう。
思わず現実逃避をして眺めたのは白い騎士。
私と視線も合わせずに男は書類を捲ってる。
「婚約指輪、ですか?嬉しいです」
愛想笑いを見抜く術は目元の筋肉が動いているか否かだそうで。
口元だけで笑みを浮かべて見せても目の前の男の視界に入らなければ意味はないのに。

「僕のランスロットと同じ素材で、装飾品を造ってみたいなぁと思ってねぇ」
「まぁ。次世代ナイトメアフレームと同じ素材ですか?それは貴重ですわね」
まぁ、この男には似合いの品じゃないかしら。
どうせ私も男も指輪なんて誓いの象徴に縛られるのは書類上のことだけなのだし。ならばせめて、この男の好きなモノで指を飾ればいい。
私は、興味なんてないから。

「そう、それでねぇ、結婚指輪って、リングの内側に名前やら何やら彫るのがセオリーじゃなぃ?」
「そうですね」
結婚記念日を内側に彫るったりするものよね、そういえば。
「婚約指輪なんだけどさぁ、彫ってみない?」
「何をですか?」
何を誓うというのだろう。私とこの男には書類上の関係しか存在しないというのに。

「そうだねぇ。例えば、我らが皇子に忠誠を、なんてどぉ?」

男はもう、書類を見てはいなかった。
真っ直ぐに私を射る、目。
歪んでる、歪んでるわ目も口もみんなみんな。

「どういう、ことでしょう?」

「実はもう造っちゃったんだよねぇ」
嘘ばかり嘘ばかり。
まるでどこかの誰かのよう。

光を反射して鈍く輝く細い、指輪。
指のサイズなんていつの間に測ったのよ。
受け取る両手が震えていなかったことを感謝した。
右手の親指と人差し指が、慎重に指輪の縁を持って、支える。

かざしたその内側に刻まれた文字は。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに永遠の忠誠を」

震える指が、落としてしまわないように、すぐに左手の薬指に、持って行った。
左手なのは心臓に近いからだと誰かが言っていたけど、本当かしら。
嘘でも今の私には本当に感じられるわ。

「ありがとう、ございます」

テレビの中の人たちがやるように、綺麗に指を揃えて、指輪を見せるために手の甲を向けた。
「指輪、受け取っちゃったねぇ」
男はにやりと笑って、私と同じように指輪を見せた。
誓っちゃったねぇ。と聞こえたのは空耳かしら。

それは、私と男の関係が、婚約者なんて見せ掛けだけの薄っぺらなものじゃなくなった瞬間。

「今度、お仕事がお休みの時にデートなんていかがでしょう?」
もちろん話すのは指輪に刻まれた名前のこと。
「いいねぇ。楽しみにしてるよぉ」

あなたが私と同類ならば何者でも構わない。
刻まれた誓いの証は、私が死んでも外さない。










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