35.4℃の熱 6


カッ カッ カッ
足音で、私の耳は誰が来たかを正確に把握する。
軍人の足音は嫌い。とても嫌なことしか思い出せないから。
だから、スザクさんの足音が軍人のものになっていたのを知った時から、スザクさんの足音にも警戒するようになった。
だってあの足音は私の大好きな世界を壊すから。
「ナナリーちゃん」
優しい声は遠くから空気を震わせて私に届く。
それはきっと、誰のものかわからない足音で私を怖がらせないようにと思ってくれたからでしょう。
不安にさせないように、声をかけてくれる優しい人。
私が、とっくに足音を聞いていて、そしてその軍人でもなければ一般人とも違う音色の持ち主をちゃんとわかっているといることなんて気づかせたくない、優しい人。
「カレンさんですか?」
「そうよ」
もうカレンさんの気配は目の前にあって、しゃがみ込む時の布擦れの音がした。
温かい両手が私の右手を包み込む。
「会長が、新しい騎士の就任祝いパーティを開いているわ」
今まで親しくなかった人もイレブン嫌いの人もみんなこぞって参加するんでしょうね。
前例無きナンバーズ初の騎士がクラスメイトなんて、お友達が一気に増えそう。おめでとうございます。
「お花は渡していただけましたか?」
「もちろんよ。ちゃんと、ナナリーちゃんから、って言って渡してきたわ」
託した真っ白な花束は、私からスザクさんへの手向けの花。
「ありがとうございます」
ありがとうございます。あなたが彼に渡してくれて。
きっとスザクさんはわからないって顔をしているでしょう。それほど親しくなかったはずの、カレンさんが私からの花束を預かったことについて。
考えればいいんです。頭が痛くて仕方なくなるくらい。
そして私の元へ問いに来て。
「私は大丈夫ですから、カレンさんはお兄様のところへ戻って下さい。私には、咲世子さんがいますから」
戻って下さい。他でもない、お兄様の元へ。
はやくはやくお兄様のところに行って下さい。お兄様を一人にしないで。
「わかったわ」
「お気をつけて」
「ありがとう。ナナリーちゃんも」
ゆっくりと離れていく右手の温もり。
その手はお兄様のためのもの。
遠くなる足音に、私のための手はゆっくりと上から降りてくる。
咲世子さんの手は水仕事をしていたせいか、少し冷たかった。

私が大好きな手。
私が嫌いな足音。

これから手放す、温もり。






カッカッカッカッ
近づいてくる大嫌いな足音。
思ったよりも、早く聞こえてきたことに頬が緩みそうになる。
考えてくれたのでしょうか?花に隠した意味を。
「ナナリー」
私から少し離れたところで足音は止まった。
「スザクさんですか?」
その、私の大好きな世界を壊す音の持ち主は。
「うん。あの、花束、カレンさんからもらったよ」
ありがとう、なんて続きが聞きたくてテラスで待っていたわけじゃない。
カレンさんに託した理由を教えるために、テラスで待ってたわけじゃない。

「綺麗でしょう?私は見えませんが、その花はお兄様がお母様の墓前に捧げる花なんです」
とてもいい香りがするんです。咲世子さんも綺麗な花だと褒めてくれました。

「え?」
「あの花はお兄様がお母様の墓前に捧げるために選んだ花なんです」
大切な死者に捧げる花なんです。
返る声は少し震えている。
「そう、そうなんだ。それを、僕に?」
「はい。他でもない、スザクさんに」
死んでしまったスザクさんに捧げます。

「スザクさんはもう、お兄様のスザクさんじゃなくなってしまいました。7年ぶりに会えたと思ったけれど、あなたは別の人です。7年前のスザクさんは死んでしまったんです」
さようなら。
棺にはきちんと漢字で刻んで差し上げます。7年前の日付と一緒に。
「な、んで。どうして」
「だってスザクさんは騎士になってしまったから。第3皇女の騎士になってしまったから。もう一緒にいられるはずなんてないんです」
騎士の身辺調査はつきものでしょう。ナンバーズならなおさら。いつどこで、お兄様と私の素性が露見するかわからない、そんな危険は冒せない。
なんて、建前。
「本当はずっと嫌いだったんです。私はスザクさんのことが、ずっとずっと嫌いだったんです。スザクさんに会う前は、世界には私とお兄様しかいなかったのに。スザクさんはお兄様の世界に住み着いてしまった。悔しくて仕方なかったんです。お兄様が私以外と楽しそうに話すのが。でもお兄様が幸せそうだったから、だからずっと我慢してたんです。それなのに」

「スザクさん。どうして軍人なんかになったんですか?お兄様と私がブリタニアが大嫌いだと知っているはずなのに」

「どうしてですか?教えて下さい。どうしてお兄様を捨てたんですか?」
「ーっ捨ててない!僕はルルーシュを捨てたりなんてしない!!」
「嘘です。だってスザクさんはユフィお姉様の騎士になったじゃないですか」
「違う違う!」
「何が違うんですか?私は事実を言っただけです」
「違う、僕は、ルルーシュを捨てたりなんか」
していない、なんて言うあなたを殺したい。
大嫌い。お兄様を悲しませることのできる、あなたが。
「スザクさん。スザクさんの未来に、お兄様はいますか?」
「僕の、未来?」
「私の未来にはお兄様がいます。咲世子さんがいます。お兄様の側にはスザクさんがいて、悔しいけれどお兄様が楽しそうだからそれで良いと思っていたんです」
「僕の、未来には」
ほら、答えられないでしょう。

「スザクさん。お兄様の言っていた『大切な話』覚えてますか?」
「覚えてるよ。それを、聞きたくて」
「お兄様の未来では、私の側にスザクさんがいたんですよ。お兄様が守りたいと思っている私を、スザクさんに託すはずだったんです」
「それは、どういう」

「ナナリー・ヴィ・ブリタニアが命じます。枢木スザク、私の騎士になりなさい」

「そう、言えたら良かったですね」
そうしたら、お兄様は少し寂しそうにけれど満足そうに笑っていてくれたかもしれないのに。
「まさか、ルルーシュは」
「お兄様の騎士になるより、私の騎士にと望まれるなんて、スザクさんに嫉妬してしまいます」
お兄様は、私とスザクさんを守りたいと思ったんですよ。
それなのに。
「スザクさんはブリタニアを選んでしまいました」
でも私は嬉しいんです。
スザクさんがお兄様の世界からいなくなってしまって。
お兄様が私をスザクさんに預けてどこかへ行ってしまえなくなって。

「さようならスザクさん。お兄様のスザクさん、さようなら」
大嫌いで仕方なかったけれど、死んでしまったあなたに花を捧げましょう。
お母様とお揃いの、大切な花を。





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