もしゼロレクイエム前の騎士と皇帝が黒執事Tを見たら


スザクの両肩はずしりと重かった。比喩だけではなく、実際に重石を乗せられたかのような鈍い痛みがあった。
体力には自信がある。KMFの操縦や体を動かす仕事ならばいくらでもできた。ただ、今は違う。来るべき日のためにひたすら知識を詰め込み、準備をしなければならなかった。
今日済ませるべき仕事を終えた今、シャワーを浴びて眠りにつくべきなのは明らかだが、ソファに座ったまま体が根を生やしたかのように動かない。
だらだらしたい。
シャワーを浴びて柔らかなベッドで眠り、朝も早くから起きだしてブリタニア文化と礼儀作法を覚えてルルーシュが描く法律やらその後の未来やらを学ぶ?
最後の日を決めてしまった今、それは重要なことだ。得意とは言えない座学に励もう。
ただ今は、仰々しい衣装を適当に着崩してだらけたい。
身体は疲れているが、このまま眠るのはもったいないような、そんな気がして仕方なかった。
スザクはあっさりと努力を放棄し、目の前のローテーブルに置かれたリモコンを適当に操作する。

『セーバースーちゃぁぁんっ』

テンションの高い、男のくせにハートを飛び散らせたような甘ったるい声が室内に響く。
思わず半眼になっていた目がばちりと開き、後ろにのけぞる。
赤い男が黒い男にラブコールを送っていた。
「あぁ、アニメか」
幼少期は厳しくしつけられたため、同年代の子どもに比べて見る機会は少なかったが、朝に夕に深夜に、アニメが放映されていることぐらい知っている。きちんと時間帯とターゲットを区別していることを、他国ではあまり理解されていないようだけれど。
イレブンのアニメをよく放映するなと思ったが、需要はいくらでもあるんだろうと考えることを放棄する。
別に何でも良かったのだ。暗くもなくうるさくもなく、ただこの静寂を破って時間をつぶせるものならば、何でも。
それにどことなく、声がルルーシュに似ている気がした。声質が近いのだろう。そのせいもあって、割と面白い。
悪魔やら死神やら、眼帯の少年やらと深夜に似合いのキャラクターが、おそらくだが中世ブリタニアを舞台に動く様子は退屈しない。
なんだかんだと次回予告の妙な台詞まで聞いて、スザクはテレビの電源をオフにした。
なかなかいい気晴らしになったと満足して。

次の日、昨夜よりやや早い時間にテレビをつければ、ちょうどオープニングが始まったところだった。
連日やっていると理解し、時計を確認する。気が向けば見ようと思った程度だったのに、また同じ時間にテレビの前に座っていた。
数夜、そうして過ごしストーリーを理解した頃、偶然ルル―シュが放映時間に戻ってきた。
「おかえり」
「………何を見ているんだ?」
「アニメだよ。深夜アニメっていうジャンルで、まぁ子ども向けじゃなくて大人がターゲットのアニメ」
「なぜそんなものを見ているんだ」
「たまにしか出てこないけど、君に声が似ているキャラがいるんだよ」
そんな理由で?とあからさまに眉を顰めたルルーシュが視線をモニターに映せば、眼帯の少年が黒いスーツを纏った青年に抱き上げられるところだった。
「………いわゆる女性向けというものじゃないか」
「え、女性向け?なに?」
「あー……なんでもない」
うっかり学生時代の知識がよみがえったルルーシュだったが、無垢な瞳で見つめ返されて咄嗟に視線を逸らしてしまう。ミレイめ!といらぬ知識を植え付けた生徒会長に八つ当たりしながら。
「で、俺に似たキャラとは」
澄ました顔で露骨に話題を逸らしたなとスザクは思ったが、大したことではないだろうと答えてやる。
「死神で、セバスチャン…あの黒い人ね、その人が大好きなオネェ系」
「…嫌がらせか?」
「え?なんで?僕はただ、声が似てるって言っただけじゃない。ルルーシュに似た声でセバスチャン好き好き言ってるのが面白いとか、相手にされなすぎて笑えるとか、派手好きなところは似てるとか、そんな楽しみ方をしてるだけだよ?」
「完全に間接的に俺を貶めて楽しんでいるだろうがっ!!」
そう笑うスザクは、後に自分と似た声質のキャラクターが登場し、挙句の果てに少年に跪いて喜んだりタップダンスを披露したりすることになるのを知らない。どちらがマシかと言われると甲乙つけがたいが、より残念なのはスザクの方だろう。もっともルルーシュは、それを見て笑い返すことはできないのだが。
「今日は出ないみたいだねー。残念、今度は録画しておこうか?」
「誰が見るか!!」
「面白いのに」
「おまえだけな!」
はーっとルルーシュは溜息をつき、重たい衣装を脱ぐべく背を向けてクローゼットへと向かう。
そういえば、とスザクはこのアニメとルルーシュの相違点を思いつき笑った。
「ねぇルルーシュ。このアニメ、ちょっとルルーシュと似ているかも」
「声だけだろ」
「そっちは声だけだけど、ストーリーはもっと似てるよ」
「なんだ」
適当に返事を返しているのはわかったが、スザクは続ける。
「主人公の男の子がね、家と両親を焼かれた挙句、捕まって最後には儀式の生贄にされるんだ。そこで呼び出された悪魔と契約して両親を殺し自分を貶めた犯人に復讐する話」
画面の中では主人公が眼帯をずらし、契約の証を見せつけているシーンだった。
「右目に悪魔と契約した印があってね、隠すために眼帯をしているんだ。悪魔に命令すれば契約に従い、悪魔が叶える。でも復讐が終わったら、主人公はその極上の魂を悪魔に食べられちゃうんだ」
「極上の魂?」
「らしいよ。そう言われてる」
「俺には悪魔の代わりにC.C.が来て、ギアスを手に入れたと言いたいのか」
「ちょっと似てるでしょ」
自分の血縁者を殺すところも、とはスザクは言わなかった。
ただ少しだけ、もしルルーシュが何の力もない子どもだったならば、と想像した。
力を与えられるのではなく、力を持った者を与えられたら。
けれどどれほどスザクが想像を広げても、ルルーシュが自分で学び自分で力を蓄え自分で引き金を引く姿しか思い浮かばず、溜息ひとつで諦める。
もしスザクが想像したのが、己が悪魔のようにルルーシュの求めに応じた姿だったのならば、少しは明るい未来が想像できたのかもしれない。ルルーシュは何度でも想像し最後まで諦めず手を伸ばしたが、隣に立つことを望まれた最強の駒は、決して望んだ色には染まらなかった。

「俺がその少年のようだと言うなら、おまえは悪魔の気分を味わえるな」
「……え?」
聞き流しているとばかり思ったルルーシュから、思わぬ返事があった。意味が分からず、ルルーシュへと振り返り、目を見開いた。
激務のせいだろう、頬のラインが以前にも増してシャープになっている。ブリタニア人らしい白い肌は今や青ざめているように見える。ただ目的に向かってひた走るその魂は、確かに極上だった。命を燃やす輝きが、彼をとても美しく見せていた。それはとても危うい、刹那の美。
見慣れているはずのスザクさえ硬直させる微笑を持って、ルルーシュは疑問に沈黙で返した。
テレビから流れる音は耳に入らず、ただルルーシュだけを見ていた。
おまえも早く寝ろ、おやすみと告げられた気がしたけれど、ドアが閉まる音がするまでスザクは少しも動けなかった。



死にゆくルルーシュの横顔に、焼付いたあの微笑が重なった。しかしぴたりと合わさらないのは、満足げな顔とは違って夜に見た微笑が切なさを多分に含んだものだったからだろう。
なんであんな風に僕に笑ったんだ。
自問を繰り返すが答えはなく、それでも躾けられた身体は予定と違わず事後処理を進める。
気づけば月が高く昇っており、与えられた自分の部屋にいた。
まだ耳の奥でゼロを呼ぶ声が聞こえる気がする。ナナリーの叫び声が聞こえる気がする。
手に視線を落とせば、そこは何事もなかったかのように自分の肌の色しかなかったけれど、小刻みに震えていた。
「ははっ」
この手で心臓を貫いた感触を忘れない。
ずるずるとドアを背にしたまま座り込む。
身体が異様に重かった。けれどそれは当然なのだ。枢木スザクが死んで、ゼロと名づけられた仮面の一部として生まれ変わるのだから。
ふと視線を上げれば、ローテーブルの上のリモコンが目に入る。
死に急ぐルルーシュの微笑が聞こえた。
「復讐は、蜜の味でもするんじゃないか?」
目で見た死に顔。耳で聞いた最期の声。手で刺した心臓。鼻で嗅いだ濃厚な血。
口の中はからからだった。
思えば朝から何も食べていない。立ち上がれば視界が歪み、大きく身体がふらついた。
床を踏みしめているはずの足はおぼつかなくて、まるで綿の上でも進んでいるかのようだった。
やっと辿りついた冷蔵庫の前、ドアを開ければひやりとした空気が頬を撫でる。作り置きの麦茶と、ラップのかけられたサンドイッチの皿。
ガラスのコップに麦茶を注いで飲み干した。ごく、ごくと喉の鳴る音だけが部屋に響く。もう一杯、注ぐとサンドイッチとともにローテーブルへ。
今度は少し、足元がはっきりしていた。
「……いただきます」
ツナサンドとタマコサンド、それからレタスとハムのサンドイッチ。
視線を何度かさまよわせたが、真ん中に置かれたタマゴサンドに手が伸びた。
一口。齧って咀嚼する。
「………?」
首を傾げてサンドイッチを見る。まぎれもなくタマゴサンドで、過去にもルルーシュの作ったそれを食べたことがある。しかし記憶にある味がしない。
もう一口、もう一口と食べすすめ、手についたクズも舐めとってみるが、味がしない。
ツナサンドも、レタスとハムのサンドイッチも。特別好きだったわけではないが、手軽に食べれておいしいと知っているはずのサンドイッチの味がしない。
あっという間に空になった皿を眺めて、これでもうルルーシュが作った食べ物がなくなったとぼんやり思う。
胃は満たされていないけれど、他のものを食べたらきっと吐いてしまうだろう。
「おいしくないよ、ルルーシュ」
ぽつり、と声が漏れる。涙は零れなかった。スザクの涙はもうユーフェミアのために流してしまったから。
「おいしいご飯が食べたい」
もう誰にも作れなくなってしまった味を思い、こくりと唾をのみ込んだ。
ランスロットで駆けた戦場で悪魔と称された彼だけれど、極上の魂を奪ったのは紛れもない彼だけれど、その甘美なる味を理解することは叶わなかった。










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