※ アルバイトの女の子視点




持ち帰るのは一切れのピザ



制服が可愛いと評判のカフェ&ベーカリーでのアルバイト歴は今年で3年目。お局様とはいかないけれど、多少のワガママが許されて結構頼りにされちゃうお姉さんアルバイター。それが、私。
3年目ともなると常連のお客様の顔も多く覚えて、にこやかに会話だってこなせてしまう。
朝なら毎日コーヒーを飲んでいく奥様に、仕事前にパンを買っていくサラリーマン。昼間は近くのお店の休憩時間を利用してやってくるパートのおばさま、サンドイッチとカフェラテを頼む奥様。夜ならいつもコーヒーと灰皿をご注文のおじさまや夕飯を食べていくお姉さん。あとは特定のパンを買っていく、ファンらしいお客様もいる。
その他に、ご来店は不定期だけれど印象に残るお客様、というのもいる。かっこいい他国のお兄さんや、髪形が特徴的な方、モデルかと思うくらいスタイル抜群のお姉さんや、制服を着た学生さんなんかはよく覚えてる。
そしてその中で最も私達アルバイトの目の保養となっているのが、ピザ一切れを持ってかえる学生さん。艶やかな黒髪が綺麗すぎることから、『黒の君』と私達は勝手に呼んでいる。本当は名前だって知っているけれど、もちろん名前で呼んだりなんてしない。だから、勝手にそう呼ぶのだ。

今日は来店してくれないかなぁ。
暗くなってきた外を眺め、思うのはそんなこと。来てくれたら無駄にやる気がわくのに。
「いらっしゃいませー」
ドアが開く音に年季の入った営業スマイルを貼り付けてそうお客様の方を向いた。

き、たーっ。

ありがとうございます神様!がんばってバイトしている私へのご褒美ですか!?
細く長い指でトレーを持ち上げ、トングを片手にパンが陳列されている棚をゆっくりと見て回っているのは、まぎれもなく、黒の君。
今日のバイトは二人。にっこりと、満面の笑みで視線を交えた。
パンを一つ、トレーに載せて、レジへと向かう彼。
羨ましいくらい、その脚は細い。
「いらっしゃいませ」
「お召し上がりでよろしいですか?」
「はい。あと、コーヒーを」
「かしこまりました」
さりげなく、コーヒーの隣にミルクを一つとスプーンを添える。
菓子パン一つとコーヒー。それが毎回彼が頼むもの。
「ありがとうございました」
「ごゆっくりどうぞ」
最初はブラックで飲んでいたのだけれど、彼の待ち人が胃に悪い、と言ってからミルクを加えるようになった。言われた時は、俺の勝手だ、とうっとうしそうにしていたのに。
素直なのに素直じゃないところが可愛すぎる!
というのは、バイトの後輩からの情報とその談。
そう、美人で可愛らしい彼は人を待つために、この店を利用しているのだ。

今日もミルクを加えたコーヒー片手に、窓際の見晴らしのいい席で、お相手を待っている。

その、待ち人もまた素敵なのだ。
『黒の君』のコーヒーを持ったりパンを食べる仕草があまりに洗練されすぎていることから、私達は勝手に彼を本国の貴族様のご子息、と推測しているのだが、待ち人はその彼とは対照的な人物。
なにせ、軍服を纏っているのだ。しかもあまり見かけないタイプ。だから私達は、待ち人を『騎士様』と呼んでいる。
黒の君に騎士様なんて、お似合いじゃない?

あぁ、噂をすれば。
自動ドアが開ききるのを待たずに、ふわふわとした茶色の癖毛が入ってきた。
「いらっしゃいませー」
彼はすぐにテーブル席に向かい、お目当ての人のもとへと小走りに近寄っていく。
その姿が、ご主人様の元に駆け寄る子犬みたいで、頬が緩んでしまう。

「ルルーシュ!お待たせ」
「お疲れ様、スザク。そんなに急がなくてもいいんだぞ?」
「急ぐよ!だってルルーシュを待たせたくないし」
「別に、待つのは嫌いじゃないからいい。本も読めるしな」

示してみせる本を、彼の目が追っていなかったことを知っている、というのは私達バイトの特権かしら。

「何か買ってこいよ」
「そうだね。今日は色んな種類が残ってるから嬉しいな」

黒の君は少ししか召し上がらないけれど、仕事帰りと思われる騎士様はいつも惣菜パンをたくさん召し上がる。

「あとカフェラテを」
「かしこまりました」
温めなおしますか?なんて常套句は言わずにパンを温めて、カフェラテをソーサーに。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
ごゆっくり!閉店までいて下さって構いませんから!!
当然その時点でBGMは最近の洋楽ではなく彼らの会話になる。さりげなく耳を傾けながら続けるお仕事。今日は楽しく閉店作業が出来るな。

「ルルーシュは何頼んでたの?」
「チョコスコーン」
「・・・それだけ?」
「そうだが?」
「そうだが、って、少なすぎだよ!」
「家でちゃんと食べてきた。軍から直でここに来たお前と一緒にするな」
「ちゃんと食べてきたの?」
「食べてきた」

騎士様は信用できないってお顔。そうよね、男の子なら、ご飯食べた後でももっと食べたってよさそうだし、何より黒の君は華奢すぎる。
もっと食べたほうが、って、不安になるのは当然だと思う。

「僕はこれからだから、ルルーシュも一緒に食べてよ」
「だから、食べたと」
「僕だけ食べてて、ルルーシュはコーヒーだけなんて、ちょっと寂しいな」

騎士様の言葉に、うっと言葉に詰まる黒の君。
上手い!流石騎士様、なんて、どの辺が流石なのかわからないけれど思ってしまう。
これは食べないわけにはいかないでしょう。

「・・・少し、だけなら」
「うん、ありがとう!どれにする?」
「?どれ、って」
「もう一回レジ行くのは面倒でしょ?ルルーシュが好きなの、半分こしよう?」

えっと、と思案顔でトレーを見る黒の君。
そして静かにテンションが上がる私達。相方を見れば、聞いた!?って目が雄弁に語っている。もちろん聞き逃したりなんてしない。

絶対絶対、騎士様は黒の君がパン一つ食べきれないことを見越して半分こ、って言ったんだよ!

二人のバイトの心は今、一つになった。
でも個人的には、黒の君がパンを買いに行く間も惜しいほど、一緒にいたい、に清き一票を投じたいと思います。

「・・・じゃあ、これ」
「ん。他のは?味見してみたいのある?」

ウィンナーの入ったそのパンを半分にちぎって、少し小さな方を彼のトレーに移す。
手でちぎるのは難しいのに、すごい。

「そっち」
「新商品なんだって、それ。一口どうぞ」
「ん」

節のある、しっかりとした騎士様の指がパンを持ち上げる。ゆっくりと運ばれる先は、黒の君の唇。口紅なんて差すはずのないのに、とても綺麗色をしている。少し身を乗り出して、小さな口を開き、一口。

・・・きゃぁぁぁぁっ!!

と、トレー落とすかと思った!
入ってよかった、今日バイト入って良かった私!!
わなわなと感動に打ち震えながら、相方を見れば同じように洗い場で落としかけたのか必死にカップを握り締めている。
見た!?見た!!
心のポラロイドでがっつり写しましたとも!現像作業もすみやかに済ませました。

「美味しい」
「良かった」

咀嚼し終えて口元に指をやる仕草がエロティックです。
騎士様は黒の君に差し出したパンを一口食べている。

「あ、ほんと、これ美味しいね」

パンを食べる合間の会話。
こっそりと聞いているこちらとしては微笑ましい学校で起きた色々なこと。
営業スマイルはなりをひそめて、心からの笑顔で接客できる素敵な時間。面倒でしかない閉店作業も、いつもより楽しい気がするから不思議だ。

でも心躍る一時はあっという間に終わってしまう。

「ごちそうさまでした」

黒の君の分もまとめて騎士様がトレーを返してくれる。
「ありがとうございます」
普段ならここで、またお越し下さいませ、というところだけれど。
トレーを騎士様にまかせた黒の君は再びトングを取るから。

「お手拭お入れいたします」
トレーの上にはピザが一切れ。
お店ではあまり食べない黒の君は、いつもピザ一切れを買って帰る。
夜食にする、とも思えないし、朝ご飯?にしては少ないと思う。
一切れのピザ、その謎は未だに解けない。

「またお越し下さいませ」
ミステリアスなのも魅力の一つ。
またのご来店をお待ちしています!










inserted by FC2 system