この争いを例えなら、まるで砂浜に落とされた指輪を探すかのよう。
見つけるのは大変だけれど、あきらめることなんて出来ない宝物のような。
けれどきっと、砂浜は指輪を返したりなんてしないだろう。

それでも探さずにはいられない。だってとても綺麗で欲しくなってしまうものだから。

鳴り響くチャイムは戦争の前触れ。


チョコレート争奪戦 5



「探せ!探すんだっ!!」
「特別教室棟はもう探しつくされたって!」
「校庭は!?土が掘り返されてたら絶対わかるよ!」
「この学園敷地広すぎっ」
「あ〜んもうっどこに隠したのー!?」
「こういう時はアレだ!本人に関係深いところに隠されてるのがセオリーだろ!?」
「名探偵が欲しい〜」
「泣くな!真実は一つ!!この学園のどこかにはあるんだっ」

『ぴんぽんぱんぽ〜ん。生徒会室より、ミレイ・アッシュフォードが残り時間、あと1時間をお知らせします。発見報告はまだ無し。みんな、頑張ってねー』

走り回る足音と駆け巡る捜索状況。上滑りするのは軽やかな放送。
「…一体何人が参加してるんだ?このイベント」
一歩も動いていないにも関わらず、疲れきった表情でルルーシュはそう零した。
「統計では8割。でも今日の感じだと、9割は参加してるんじゃないかな」
応えるのは、放送室から戻ってきたニーナ。しかしどこか落ち着きがない。
「…っルル!」
「はいっ」
ばんっと音を立てて立ち上がったのはシャーリー。お行儀の良い返事に、スザクは思わず、笑む。
「どうしてそんなの落ち着いてられるの!?誰かに『はい、あ〜ん』しなきゃいけないかもしれないのに!!」
先程から生徒会メンバーはそわそわと落ち着きが無い。
それもそのはず。手作りチョコレートを見つけたら、それが発見者のモノになる、というイベントだと思っていたのに、蓋を開ければプラスアルファがくっついてきたのだ。
発見者にとっては嬉しいご褒美でも、やる方にとっては、相手によりけりではあるが、基本的には罰ゲームのようなもの。
もっと気合を入れて隠せばよかった、なんて後悔は今更すぎる。
いつ見つかるか誰に見つけられるかという緊張を、もう2時間も強いられているのだ。切れたシャーリーを咎めるのは酷というもの。
「俺は絶対安全な場所に隠したからな」
ふふんっと自信をみせるルルーシュにスザクは苦笑するばかり。しかしその笑みは、多分に甘いものを含んだビタースウィート。
「それにしても、案外見つからないものだな」
「まぁこのガッコ、広いからなぁ〜。でも時間の問題だぜ?」
「あと1時間も、どきどきしっぱなしは心臓に悪いよぉ」

「なら、自分で自分のチョコを取りに行けばいいんじゃないか?」

「はい?」
「どういうことだよ、ルルーシュ」
「まぁそのうちわかるだろうけどな。今回のイベントは、『未開封のまま』『生徒会室まで持って来れた者』がチョコと褒美の権利をもらえるんだろう?だから、『開封』してしまえばいい。ただし問題は」

『速報!車庫からチョコレートが発見されたわ!!発見者は女子生徒。さぁ生徒会室まで走って走って!!』

タイミングを見計らったかのような放送。嬉々としたミレイの声が学園中に響き渡る。
「リヴァルのか」
「なんでわかるんだよ!?」
「あ、そっか!バイクが置いてあるから」
「シャーリー正解。良かったな、作り主が特定しやすい場所で。リヴァルのだって気づいたヤツが多ければ、少なくとも野郎は邪魔をしないだろう」
「邪魔?」
「そうか!チョコレートを『生徒会室まで持ってきた』人なんだ!」
「どういうこと?」
「つまり、発見者じゃなくて『運搬者』が権利をもらえるってことね。見つけるよりも、途中で奪ったほうが楽だわ」
「スザク、カレン正解。さっきの続きだが、恐らく会長は俺たちが隠した場所に監視カメラをしかけているはずだ。それで、発見された瞬間に放送。まさしく『争奪戦』が起る、というわけだ」
「えぇぇ。そしたら、隠し場所に行って開封するの、難しくない?」
「まず間違いなく、監視カメラの視界に入ったら、会長が妨害放送を流すだろうな」
逃れる道が険しいことを知ったシャーリーは愕然とする。そんな姿を哀れに思ったのか、フォローに入ったのはカレン。
「まぁ、『はい、あ〜ん』ぐらいならいいんじゃない?」
「甘い!カレンは甘すぎるよ!!」
しかし本人からは猛烈な抗議。拳を握るほど嫌なものかしら?
「そうよ、カレンちゃん。女の子だったらいいけど、男の子だったら大変よ?」
「?だって口の中に放りこんじゃえばそれでいいんじゃないのかしら?」
それだったら一瞬で済むじゃない。
「甘いな、カレン」
「どういうことかしら、ルルーシュ?」
「どんなチョコ作ったんだ?箱の中にいくついれた?」
「なんで、そんなこと言わなきゃいけないのよ」
「俺に言う必要はないがな。ただ、きっと箱の中のチョコ全部『はい、あ〜ん』だぞ」
あ、『はい、あ〜ん』って言うの可愛い。
ではなくて。
「全部!?」
「だろうなぁ。会長のことだし」
リヴァルにまで肯定されては、流石にカレンも危機感を覚える。
こんなことなら病弱なお嬢様なんて設定にしなければ良かった!
何度目かわからない後悔をするカレンに、更に追い討ちがかけられる。
「会長さん、生徒みんなっていうより、こうやって悩んでる僕達を見るのが楽しいんじゃないかなぁ?」
なんてね、と爽やかに笑うくせっ毛。
的を得ていすぎる上に、お前は数に入らないだろうとルルーシュ以外から睨まれる。
そんなことで、彼が凹むわけはないのだけれど。わかっていても、八つ当たりだとしても、睨まずにはいられない。
涼しげな顔をしているルルーシュにはできないから。

「で、いいのか?リヴァル」
「は?」
「チョコ」
「あぁぁぁぁぁ!!もっと早く言ってくれよルルーシュ!」
「煩い。今からでも生徒会室に行けば間に合うだろ?」
「行ってくる!!」

ひらひらと手を振るルルーシュの姿を視界に納めぬまま、リヴァルは駆け出す。
が、そのわずか数分後に放送が入る。
『残念っリボンが解けちゃったわね〜。車庫に隠されていたのは、リヴァルのチョコでした。ご褒美はナシだけど、チョコはみなさんで召し上がれ。胃薬の準備を忘れずにね!』
「なんだ、開封されたのか」
「ふ〜ん。でもチョコは食べられちゃうんだぁ」
「それはそれで、すごそうね、争奪戦が」
「…そうだね」



「あ、お帰りリヴァルー。よかったね、『はい、あ〜ん』しなくてすんで」
羨ましい、というシャーリーに、しかしリヴァルは疲れきった表情。
「どうした?」
「いや、女の子ってすごいな」
遠い目をするリヴァル。
どうやらチョコ争奪戦はしっかりと見てきてしまったらしい。
いつも可愛らしい女の子たちが髪を振り乱してチョコレートを争う姿は、間近で見るのは確かに遠慮したい。
「…お疲れ」
「うん、ありがとう」

『ぴんぽんぱんぽ〜ん。残り時間30分!というわけで、大っヒントを発表します!
カレンは、木が関係するお気に入りの隠れ場所。
シャーリーはとある人に関係する場所。
ニーナは学園の南側で緑に関係する場所。
にそれぞれ隠しているわよ!!』
「会長!?」
「発表するなんてずるいよぉっ」

『そして我らが副会長、ルルーシュ・ランペルージのチョコは!!』
「どこどこ!?」

『枢木スザク!答えは君だ!!』
「えぇぇぇぇぇ!?」
「シャーリー驚きすぎだよ」
苦笑するスザク。ふと生徒会メンバーを見ると、みんな口をあけて呆けている。
「…スザク、なの?隠し場所」
「でもお前、箱なんて持ってないよな?机の中とか?」
スザクの席の方をみやるリヴァルに首を振る。
思いついたのは、カレン。
「…花束!」
そう、誰にも渡されないまま放課後まで贈り主に守られていた花束。
大事そうに持っていたのは、ずっと花を守るためだと思っていたけれど。

「うわー足音すごいなぁ」
生徒会メンバーが教室に残っていたことを覚えていた兵士達の足音が教室の中にいても、わかる。
「スザク」
「うん。大丈夫。ちゃんと守るよ。30分間、逃げ切ればいいんでしょ?」
「あぁ」
「はい、じゃぁルルーシュ、これ」
「ん」
ばさり、と取り出された花束は、ルルーシュの腕の中。
「ちょっと、元気なくなちゃったかな?」
「いや、良い香りだ」
「良かった。それじゃ、行ってくるね」

スザクの手には白い箱、赤いリボン。
「それ、ルルの!?」
伸ばしたシャーリーの手は空を切る。
「あげないよ」
窓を開けて、ひらり、と黒服が宙を舞う。
「「「「枢木スザク!!」」」」
それは派手な音を立てて扉が開かれた瞬間。
廊下から押しかけた兵士が見ることができたのは、後姿と花束を満足気に抱える女王陛下。

『スザクが逃げたわ!さぁ残り25分!!』



心配なんて必要要らない。
指輪は砂浜にあげたのだから。
絶対誰も、奪えない。

宝物が誰の手に渡るかなんて、そんなの始めからわかりきったこと。





Happy Valentine !!








inserted by FC2 system