アッシュフォード学園には、逆らってはいけない危険人物がいる。
名誉ブリタニア人である人物のその名は、枢木スザク。
1年の半ばにして転入してきた彼へは当初、当然と言っても差し支えない嫌がらせが横行していた。
私はといえば、ブリタニアの血よりも日本の血が入っていることを誇りに思う似非ブリタニア人なので、名誉ブリタニア人とな ることを選んだ彼を気にしてはいた。
が、病弱なお嬢様の仮面では彼に近づくことなんてとても出来なくて、だからこそ、さりげなく彼の動向をチェックしていたのだ。

彼は、たった3日で学園をその手中におさめてしまった。
しかも、表面上は優等生の仮面そのままで。

成績優秀にして運動神経抜群。
女の子に対しては、自分が怖がられていることを知ってる彼は笑顔を絶やさずに距離を保ち、さりげなく困っている時は手助けをする。
男の子に対しては、話しかけられたら気軽に返事をし、豊富な話題で楽しませる。
教室ではあっという間に、確固たるクラスの一員としての地位を確立した。
嫌がらせに対しては、どんな手を使ったのかしらないが3日したら制服へのラクガキやら蔑む視線がなくなった。
何者よコイツ。

もらえると思っていなかった答えを与えられたのは、たまたま鉢合わせた屋上。
笑顔の仮面で彼は切り出した。
「カレンさんって、日本人でしょ」
あっさりと当てられた素性に、ポーチに手を伸ばす。
「なんのことかしら?」
「僕、いや、名誉ブリタニア人に興味あるって顔。さりげなく、僕の行動気にしてたし」
「気に障ったのなら、謝るわ」
「入学審査の時に戸籍が必要だって、知ってた?」
その笑顔は、私の、いいえ、クラスの誰も知らない顔。
学園のコンピュータにハッキングをかけた!?
握り締めるのは、ポーチ。どうする。どこまで知っている。何が目的。
「病弱なカレンさん。僕はこれでも軍人だから、ナイフで君に負けるとは思わないよ。それと、君を脅すとか、そんなことは考えてないから安心して」
脅す?そう、彼にはそれだけの力が、情報があるのだ。
ふいに、気づいた。
「嫌がらせがなくなったのは、脅したから?」
「正解。答えが聞きたかったんでしょ?」
どういうこと。
「カレンさんは面白そうだからね、教えてあげようと思って。僕は名誉だから日本人には嫌われてると思ったんだけど、カレンさんはそうじゃないみたいだし」
名誉ブリタニア人を裏切り者と言う人は確かにいるけれど、それはきっと私だって変わらない。それに、彼らにだって理由はあると、知っている。
「退屈なんだ。僕は名誉にならなきゃいけない理由があるからなったんだけど、まさか上官命令で学園に通うとまでは思わなかった。仕方ないから、少しでも居心地良くしようと思ったんだ。ちょっとこっちの手の内見せたら、みんなよくしてくれたよ」
何なのよその黒い笑顔。本性さらけ出す相手に選ばれたってことかしら?
でも確実に、不名誉極まりない。
「猫被りな日本人同士、よろしくね」
「…よろしく」
お嬢様の仮面を投げ捨てて笑顔で握力をかけてやったけど、スザクの笑顔は崩せなかった。

その後のことなんて考えたくもない。
いつの間にやら生徒会入り。
彼の本性を知る人間が1人増え―もちろん会長のミレイ・アッシュフォードで―楽しそうで何よりですが、お願いですから私を巻き込まないで下さい。
気づけばもう2年生。
そして、まるで去年みたいに転入生がやってきた。

これがそう、波乱の幕開け。


愛しの黒猫 転校初日編



「ウチのクラスに、転入生が来るらしいぜ!」
第一報を持ってきたのはリヴァル。
「しかも、超絶・美人らしい」
補足部分はこっそりと。見てもいないのにどうしてわかるのかしら。
「ほんと〜?」
「マジマジ。先生達の会話、聞いたんだからな」
「へぇ。楽しみだね」
スザクの邪気のなさそうな笑顔を見ると、いつも顔が引きつりそうになる。きっと向こうも似たようなことを考えてるのだろうけど。
でも絶対私の方がマシ。
「あ、先生来たよ!」
シャーリーの声でそれぞれの席に戻る。
願わくば、転入生はスザクみたいに猫被りじゃないイイコでありますように。



「今日は転入生を紹介する」
リヴァルの言葉は本当で、クラスは浮き足立つ。
男?女?美人さんですかー?
複雑な顔をする大人に、もしかしたらリヴァルの言葉は本当かもしれないと思う。
「入って来い」
教師の一言で転入生が足を踏み入れた瞬間、それまでのざわめきが嘘のように、沈黙が、場を支配した。

羨ましいくらいの烏の濡れ羽色の髪。アメジストのような輝きを湛えた双眸。黒の学生服はその身体をより引き締めて細くみせていて折れそうなほど。
ぞくりと、するくらいの美人

「ルルーシュ・ランペルージです。本国から来ました。不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」
優雅なお辞儀は洗練されすぎている。

黄色い声を上げる隙さえないなんて。

「あー…彼の席は、」
クラス全員が惚けているのに苦笑し、教師は空席を探す。空いているのは、スザクの隣だけだ。
「空いているのは、僕の隣だけですね」
…?
おかしい。スザクの雰囲気が、違う。
彼が浮かべるのは、本国から来た生粋のブリタニア人が、名誉ブリタニア人と机を並べることに対する気遣いの表情のはずだ。
それなのに、優等生の仮面をつけてない。なら、何?

すっと転入生は心得たように進み、空席に向かう。
彼が歩く度に、視線が、顔が、つられて動く図は吹き出してしまいたくなるくらい面白い。
彼が来る前に、スザクは立ち上がる。
笑顔がいつもより過剰じゃない?
転入生が綺麗すぎて見とれたのかしら。当然といえば、当然のことだけれど。シャーリーなんてぼうっとしてる。
でもあんたが外見に惑わされる体質だとは思わなかった。

「はじめまして、枢木スザクです。名誉ブリタニア人は嫌い?」
「ルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」
転入生が名誉をあっさり受け入れて握手までしたのは想定外だけど、おおよそは想定の範囲内。だってこれは優等生として当然の行い。そう、ここまでは。

スザクは握手していた白い手を両手で包み込む。
怪訝な顔をする転入生に構わず、言った言葉は。

「ルルーシュって呼んでいい?君の事、好きになっちゃったんだけど」



「はあぁぁぁぁ!?」
思わず立ち上がって声を上げた私は、間違ってはいないはずだ!
何言ってるのこの男。
「どうしたの?カレンさん、そんなに驚いて。体弱いんだから、気をつけなきゃダメだよ」
病弱と何の関係がある。いいからその握った手を放しなさい。
こんな綺麗な子を毒牙にかけるなんて許せない!
「えぇぇぇぇぇ!?」
タイミングを逃したシャーリーがようやく声を上げる。
「ちょ、スザクくん!ルルーシュくんは男の子だよ!?ダメダメ、そんなの、絶対ダメっ!!」
全力で否定するシャーリーは何故か思いっきり焦っている。
もしかしてシャーリー、転入生に人目ぼれ?
「そ、そうだぜスザク。冗談キツイって!」
リヴァルまで慌てて友人をたしなめる。
ニーナは何故か頬を染めながら転入生を見つめている。
そうよ、正気に返りなさい!

「僕は本気なんだけど。どうかな、ルルーシュ」

小首をかしげてみせても可愛くないから!
子犬のふりしたってダメよダメ。あんたなんかには狂犬がお似合いなんだから!

「…え」

転入生はまだ理解ができていない様子。
当然よ。いきなり男から告白されたんだから。
でも残念なことに、枢木スザクという男は全くもって、相手を待つ、ということをしなかった。

「好きだよ、ルルーシュ」
包み込んだ右手に落とすのは、キス。
愛しむかのように、忠誠を誓うかのように。



…キス?

きゃぁぁぁぁぁ!!

行為から数秒遅れて悲鳴は教室に響き渡る。誰のものかなんてわからない。私でありシャーリーでありクラス全員のものだ。
何をしたあの男!?

「こ、の」
掠れて聴こえるのは転入生の声。
「馬鹿っ!!」

その細い脚が綺麗に弧を描く。
決まると思った精一杯の抗議は、しかし軍人にとっては些細なもので、逆にその脚を捕まえられる。
「は、なせ!」
「君が大人しく席についてくれるというなら」
「っ!つく、から。はやく放せっ」
「うん、わかった」
ゆっくりと脚を下ろされて、納得がいかないという顔のまま、彼はスザクの隣の席に腰を下ろす。

「僕は本気だから、覚悟しててね」

教室は再び怒号が支配し、転入生が繰り出す右手はまたもスザクに止められた。
挙句の果てには、みんなもう授業始まるよ?ですって!?
ルルーシュ教科書まだ?なんてかいがいしく世話を焼く振りしても騙されないわよ。

枢木スザクの本性を知る者として、私がこの子を守ってあげなきゃ!!










inserted by FC2 system