「ルルちゃんっ!!」

ばぁんっと大きな音を立てて無意味に重厚な造りをした教室の扉は開かれた。
現れたのは、我らが生徒会長にして学園の神、ミレイ・アッシュフォード。
あぁぁぁぁ。ルルって、ルルっておっしゃいましたね。それはもしかしなくてもスザクの隣に座っているちょっとお目にかかれない美人な転入生のことでしょうか。

どうしよう。
どうしようもない、波乱の幕開け。


アドレス交換編



「どうしたんですか?会長」
ルルちゃん、発言をもちろん聞き逃さないスザクは静かな冷気を発しながら立ち向かう。
しかし相手も然るもの。物怖じなんてするわけもなく、豪奢な金髪をかきあげて流してみせた。
「あら?私が用があるのはルルちゃんなんだけど」
バチバチィっ
火花が散っているのが見えるは、私だけではないはず。いいえ。見えないのは、絶対にルルーシュだけ。2人の顔を交互に見つめていないで、周りをよく見てみなさい。教室にいる人間は、みんな腰がひけてるわよ。
本当に何者?ルルーシュって。
学園の2強ともとれる2人の関心をこれだけ集めているくせに、全く2人の空気に気づかないなんて。
「ルルーシュ、会長と、どういう関係?」
「は?」
「ヒミツの関係よねぇ」
にやにやと人の悪い笑みを浮かべながら落とされた言葉に、きゃーっと悲鳴のような声をあげるのはシャーリー。
確かにルルーシュは美人だから一目惚れする気持ちもわかるけど、相手が悪いわ。なんたって、スザクが目をつけた人物だもの。加えて会長まで出てきたんじゃ、とてもじゃなけど一般人が立ち入る隙はないと思う。相手が悪すぎるわ。
会長がルルーシュをスザクから守ってくれるなら、私の心労も減るのだけれど、どうやら対立路線を歩む模様。
通路側に座るルルーシュの右腕を会長が、左腕をスザクが抱いている。
ひっぱられていない所に愛情の深さが見える、冷静な観察眼なんていらなかったのに。だからスザクに別の意味で目をつけられたんだろうかなんて現実逃避。だって、ただ腕を抱いているだけだから注意が出来ない。
ひっぱられていたら、痛がっているとでも何とでも言って助けてあげられたんだけど。

「会長、僕はルルーシュに聞いているんですけど」
「私も、ルルちゃんに話しかけてるんだけど」
ルルーシュとの距離が近くなった途端、火花ではなく笑顔の応酬に切り替えたのは立派というべきだろうか。目が笑っていないところが怖いのだけれど。
けれどこの勝負、膠着状態が続けば有利なのはスザク。休み時間という制限時間は確実に減っていっている。
どうするのかしら?
しかし予想外なことに、会長はあっさりと拘束を解いた。
「ま、いいわ。ルルちゃん、あとでメールするから」
投げキッスにウィンクをおまけして、台風の目は短いスカートを揺らして優雅に立ち去った。
え?どうして?
もう一度、会長の言った言葉をリピートしてみても特に攻撃力は伺えない。
違う。何か見落としている。

あとでメールするから。

―っ!メールアドレス!!
「ルルーシュ。会長と、アドレス交換したの?」
正解。
「あ、あぁ。幼馴染みたいなものだし」
「ふぅん。幼馴染、ね」
だから、さっきから目が笑ってないわよ枢木スザク。
ヒミツの関係とやらを教えてもらっただけでも満足しなさい。ほっと胸をなでおろしているシャーリーを見習うべきよ。
「ね、ルルーシュ。僕にもアドレス教えてよ」
あぁぁやっぱり!
教えちゃダメよルルーシュ!教えたら最後、絶対メールが山程来るんだから!しかも砂を吐けるくらい甘い言葉で!!
それぐらい簡単に予想がつく。
同時に、ルルーシュが特に考えもせずにアドレスを教えてしまうだろうことも。
そう、思ったのに。

「嫌だ」

え?
今、嫌って言った?

きっと教室中の誰もが、ルルーシュがアドレスを教えるだろうと思っていたはずだ。もちろん、スザクも。
どうして?だってルルーシュには、特に断る理由だってないはずなのに。

「なんで?」
困ったように小首をかしげて尋ねる姿は、まるで捨て犬。
凶暴な牙を隠していることを、みんな知らなさすぎるけれど。
もちろん知るわけも無いルルーシュは、その姿に哀憐の情を刺激されたのか、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「だってお前、軍人だろう」
思いもよらぬ理由に、スザクは目を瞠っている。
「なんで、知ってるの?」
「ミレイ…会長が言っていた。生徒会メンバーの話はよく聞いていたし写真も見たことがあるから、大体知っている」
「なんで、軍人はダメなの?」
そう、断る理由は、軍人。
嘘なら名誉ブリタニア人であることを理由にした方が、通じるのに。
「軍人が使うのは基本的に支給されたケータイだろう。検閲されるかもしれないものに、登録されるのは嫌なんだ」
検閲。考えもしなかったわそんな可能性。

「そうだね」
吐き出した短い息とともに取り出されるスザクのケータイは、見たことが無い機種。これが軍用ケータイか。
それを視界に納めたとたん、ルルーシュの機嫌は急降下した。見るのも嫌だというように、顔を背ける。
検閲されるかもしれないケータイに登録されるのは嫌だ、というのはわからないでもないけれど、そんなにも嫌なものかしら?
何か、嫌な記憶があるのかもしれない。
「ルルーシュ。軍用じゃなければ、教えてくれるの?」
「?それは、もちろん」
「そっか。良かった」
ほっとしたように笑顔を浮かべたスザクは、わざわざルルーシュに手の中のケータイを見せ、二つ折りのそれを。

バキィっ

「「なっ!?」」
私とルルーシュの声が重なる。
手の中のケータイは見事に分裂していた。
表情一つ変えずにスザクは電池パックを取り出し、はい、とルルーシュの手の中へ。
「教えて?ルルーシュ」

「何考えてるんだお前!?」
電池パックを握り締めたまま、立ち上がるルルーシュ。
「何って、ルルーシュのアドレス教えてもらいたいなって」
「このっ馬鹿!!」
本当よ。本物の馬鹿だわこの男。だけどルルーシュ、本気なの、この男は。
「ね、ルルーシュ。教えてくれないの?」
教えたって、ケータイは壊れているのに。
「――――っ。」
理解が出来ない、という顔のまま、混乱しているルルーシュはスザクの望むアルファベットを紡ぐ。その後は数字の羅列。
シンと静まり返った教室に響くその声に聞き惚れそう。
折角のルルーシュのアドレスを登録するチャンスだけれど、きっと誰も覚えきれないでしょう。私は、覚えてしまったけれど。

「わかった、ありがとう」
あぁ、やぱりあなたもちゃんと覚えたのね。
満足気な笑顔。初めて見るわ、そんな心からの笑み。
「覚え、られたのか?」
聞き逃すわけないでしょう。きっと生まれて初めて、本気になった相手の言葉を。
「うん。新しく自分のケータイ買ったら、メールするね」
「大丈夫、なのか?」
「どっちが?軍のケータイなら始末書書けばいいし、ケータイ2つ持ってる人も結構いるよ。大丈夫。検閲されそうになったら今みたいにして壊すから」
「や、でも、そんなことしたら」
「心配してくれるの?ありがとう。検閲なんて、余程目をつけられない限りはされないから心配しないで」
視線を少しだけさ迷わせてから、こくん、とルルーシュは頷いた。

あぁもうそんな可愛い動作をしちゃダメよ!
うつむいているルルーシュと、そんなルルーシュに意識を集中させているみんなは気づかないだけで、ケータイを壊した男はしたり顔で唇歪めてるのよ!?
ばちっと音がするような錯覚。
目が、あった。
くすっ、と勝ち誇った笑顔はいっそ清涼感を与える程。
騙されてるっ騙されてるわよルルーシュ!
この男はあなたのアドレス手に入れるためなら、ケータイの1個や2個、簡単に捨てて見せる危険な男なんだから。確かに検閲されそうになったら壊す、って約束は守るだろうけれど、それ以前に検閲なんてされない自信があるのよこいつは。
ケータイ壊したのはただのパフォーマンス!ルルーシュの信頼を得ようとする作戦なんだからっ。

鈍感すぎるルルーシュは、やっぱり私が守ってあげなきゃ!!










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