[5] ままごとの真似事


「仕事はPCに送信しておくから。君はお人形ごっこを楽しんでねぇ」

人の悪い笑み、の典型といえる笑顔でロイドはひらりと手を振った。

「どうしよう」

ドレスが汚れないようにと慎重に運んだベッドに鎮座する、オヒメサマ。
床に積み上げられている箱、箱、箱。
横目で見れば普段着代わりの高価そうな洋服類の絵が描かれている。せめてもの幸いは、豪奢なドレスなどではなく性別に関係なく着れそうなシンプルなものということか。

はぁ

思わず出てしまう溜息。
いや、ダメだ!これをチャンスだと思って、目覚めてもらえるように努力しよう!!

と、思うのだが。
リフレイン、するのはロイドの残していった言いつけ。




「眠り姫のお世話講座〜」
ぱんぱかぱ〜ん
「お人形だけど人間扱いしなきゃいけないからねぇ。大変だよぉ」
「どういうことですか?」
「まず着替えだねぇ。コルセットで縛り上げてるからぁ、そのまんまだと中身変形しちゃいそうだし」
「……着替え!?」
「人形相手に欲情しないでよぉ?」
「っロイドさん!なんてこと言うんですか!?」
「的を得てると思うんだけどなぁ。ま、いいけど、着替えの他にお風呂も適当に入れてあげてよぉ」
「お風呂も!?」
「当然でしょぉ?どっかの箱にシャンプーリンスボディソープ諸々入ってるからぁ」
悪趣味なくらいいい香りの、ね。
「お風呂、も、入れるんですか」
「だからそう言ってるでしょ?別に一緒に入ってもいいけどねぇ」
「入りませんっ!!」
「あは〜。ムキになると余計怪しいよぉ」
「入りませんから!」
「あとは食事だねぇ。観用少女のお約束、一日三回ミルクをあげましょう、ってヤツ」
「…人肌に温めて、ですよね」
「量はカップ1杯でいいからぁ。ま、これは簡単だねぇ。ミルクは前下見に行った時買ってたらしいから今回買わなかったんだけど、君、もらってたよねぇ」
「はい、大丈夫です」
「もう一回ミルクを買いに戻らずに済んで良かったよ。まぁなかったら普通の牛乳でもいいらしいんだけどねぇ」
「普通の牛乳でも代用できるんですか?」
「赤んぼじゃあるまいし。プランツ用のミルクは栄養価が高いんだよ。逆に言えばぁ、プランツ用のミルクを僕らが飲んでも全く問題ないってことぉ」
「そう、なんですか」
「じゃ、あとはよろしく〜」
「え、もう!?」
「当然でしょぉ?僕は早く戻りたいんだから。通信回線は開いておいてあげるしぃセシルくんにも言っておくからぁ」
それじゃ頑張って〜。
「仕事はPCに送信しておくから。君はお人形ごっこを楽しんでねぇ」




「どうしよう」

まず第一の関門は、オヒメサマのお召し物を取り替えること。
これなら新開発のマシンのテストをぶっ通しで10時間やる方が、楽だ。
精神的負担と肉体的負担を秤にかけて、スザクはそう判断し、けれどぶんぶんと大きく首を横に振る。
こんなんじゃダメだ。君に僕を見てもらえるようになりたいのに、こんなんじゃ。
床にへたりこんだまま、見上げる深紅のドレスと漆黒の髪。
いつか映画で見たコルセットをつけられる女性の姿は、とても苦しそうだった。コルセットをつけたまま寝そべれる長椅子を失神ベッドとか言うらしいけれど、その通りだと思う。
何より、男の子なのにドレスを着せられたままなのは、嫌、だよね。

「よしっ」

積み上げられた箱の中、絵を頼りに代えの服を探す。

「これなら、いいかな?」

見つけたのは、チャイナ・ドレスのような、アオザイのような服。店主が着ていた服と似たそれは、黒を基調に銀で刺繍が細かに入れられていた。
頭の中で宵闇姫に着せてみる。うん、似合いそう。きっと何を着ても似合うのだろうけど、ドレスよりもきっと似合う。

「ごめん、ね」

どことなく、罪悪感を抱いてしまうのは、やはりどこかにやましい気持ちがあるからだろうか?



ゆっくりと、背中にある紐を解いていく。正面から、抱き合うように手を伸ばして。
スザクの視線は紐にいかず、宵闇姫に固定されてしまう。長い睫。きゅっと結ばれた口唇。さらさらと音がするように流れる黒髪。自分と同じ性別とは思えない程、しみ一つない真っ白な肌。

シュル

紐が落ちる。スザクはようやく視線を外し、コルセットの紐を解きにかかった。
きつく結ばれた紐。古風なドレスだと思う。けれど時代遅れという印象も、映画のようだという印象も与えない。現代風にアレンジされているのだろうか。女性のドレスに興味を抱いたことも見る機会もないスザクにはわからなかったが。

ようやく外れたコルセットをベッドの上に置く。背中が開いたせいで覗く胸元は、平らで。そこでスザクはやっと宵闇姫の性別を知覚できた。
けれどなんとなく、見てはいけない気になり慌ててスザクは視線を逸らす。

「えっと、次、は」

とりあえず、上だけ脱がせて新しい服を着せてしまおう。僕の精神安定のためにも!
ドレスの上を脱がせるのは簡単だった。そう、中途半端に脱がせるからいけないんだ。
ほ、となぜか安堵し、スザクは続けて箱から服を取り出す。 上質な布で作られたその服を、まずは被せる。右腕を袖に通し、次いで左手も。触れた腕は細く頼りなく、そして、滑らかだった。
背中に隠されたチャックを上げ、深く、息をついた。

「スカート、脱がせなきゃ、ダメだよね」

助けてセシルさん。と緊急コールしたくなる己を叱咤し、ゆっくりと宵闇姫の上体をベッドに倒していく。
抱き起こして脱がせるよりはいいと思ったのだ。寝かせて抜き取ってしまう方が。
ぱたん、と投げ出された腕。シーツに散る艶やかな黒糸。ベッドの端から零れる白皙の脚。

これ、は。

ピピピピピっ

「はい!?」

思わず裏返る声でスザクは通信回線を開く。
現れたのは、にやけ顔の上司。
思わず部屋を振り返り、監視カメラがないか確認してしまったスザクを、誰が責められようか。

「どぉも〜。お人形のお着替えは終わったぁ?」
「え、あ、今っ」
「ん〜?」

覗き込むように画面に映し出されるロイドのアップ。が、ある一点を見つめたかと思うとにやりと笑う。
カメラの視野範囲を確認しておくべきだったと、瞬時にスザクは猛省した。
油断ならない。敵は内側にいるとはこのことか。

「ごーめんねぇ。オタノシミのトコ、邪魔しちゃったぁ?」
「何もしてませんから!言われた通り、着替えさせている途中ですっ!!」
「そーぉ?ま、どっちでも僕はいいんだけどさぁ」
「何の用ですか?」
「ん?邪魔しようかなぁって」
「切ります」
「あは〜やだなぁ本気にしないでくれる?今日やる予定だった実験案と試算データ、もらおうと思ったんだよぉ」
「今送信しますっ」
「よろしくね〜」

素早く通信を切り、データを送信する。
ロイドからの通信は、タイミングが良いのか悪いのか。
どちらにせよ、一度室内のチェックをしよう、とスザクは固く誓った。

「待たせちゃってごめんね。早く着替えちゃおう」

向き直り、口にする謝罪の意味は時間に関することだけではなかったけれど。
話しかけてスザクは意を決してスカートを脱がせる。

「え、っと」

細い脚を包むのは、ストッキング。その上からガードルが履かされていたのだが、スザクはその名称を知らなかった。
ただ思うことは。
まだ、脱がさなきゃいけないんだ。
何の試練だろうと思わずスザクは天を仰ぎたくなった。
男同士なのにっ。
葛藤する理由は一つしかなくて、目覚めさせたいけどこの瞬間にだけは起きて欲しくないと思う。

「ごめんね」

何度目かの謝罪を口にし、2度も脱がせるという作業をするのが耐えられそうになくて一気に両方を引き下げる。
つま先から慎重に抜き取り、すぐに新しい服の下を通す。
上まで上げようとして、思わず、見てしまったものは。

「黒ビキニ?」



焦らすように、もったいつけて舞台で踊るのは、道化師?





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