これが、夢ならばどれだけいいだろうか。
目が覚めたら狭い寮のベッドの上で、学生服を着て朝一番に君に夢の話をするんだ。
こんな馬鹿な夢を見てしまったんだ。
どうかしているよね。

あぁ本当に、どうかしている。


見たくも無い、この悪夢の続き



なんてことない、いつも通りの朝だった。
君の姿を見つけて、駆け寄っておはようと言い合う。
なんてことない、いつも通りの授業だった。
君は上手に眠っていて、誰かのように寝ぼけることもなく乗り切った。

いつもと違う、お昼休みは突然だった。
生徒会室に集まって、みんなで昼食を摂ってから仕事をする。
会長がデザートとお茶を振舞うのだっていつものこと。
味もいつも通り美味しかった。

いつもと違うのは、開けられた扉の向こう側。



「お元気そうで何よりです、僕の王様ぁ」

聞き覚えのありすぎる声。眼鏡をかけた、白衣を纏う灰色の錬金術師。
王様と、軽やかな重い呼称に悪寒が走る。
「どう、したんですか、ロイドさん」
カタンっと椅子が倒れた。立ち上がった拍子に。そんなことはどうでもいい。
「知り合いか?スザク」
「僕の、上司だよ」
「技術部の?」
「そう」
「正確にはぁシュナイゼル殿下の特別派遣嚮導技術部ですよぉ」
煩いと、思わず睨みつけてしまう。彼の血に連なる名前を出すな。
会長の瞳が雄弁に僕を詰る。信じられない、と。
「ふぅん」
ウソツキと、詰ることすらルルーシュはしてくれない。
いや、僕は嘘はついていない。けれど、正しいことを話してもいない。
君を煩わせたくなかったなんて弁明、今更すぎて言えるわけがない。
「それで?用事は何だ」
書類を走るペン。
顔も上げずに、ルルーシュは傲慢に問う。
勘違いしそうだ。ここは生徒会室なのに、まるで執務室か何かのようだなんて。

「お迎えにあがりました」

入り口からは背を向けて机に向かうルルーシュ。
その後ろ姿に、ロイドは膝を、ついた。

静まり返った部屋に響くのは、ルルーシュの指先から描かれる文字の音だけ。
パサッ
ルルーシュの前におかれた書類の山は、いつの間にか跡形もなくなっていた。

「ミレイ、世話になったな。お爺様にも、よろしく伝えてくれ」

「ルルーシュ!」
立ち上がったルルーシュを、ロイドの方になんて向かせてはいけない。
掴んだ手首。馬鹿力、と苦笑を一つ落とされる。

「どういうことかしら?ロイドさん」
「どうって?殿下が言った通りだよぉ未来の花嫁さん」

「どういう、ことなの」
搾り出すような声はカレンから。
情報が整理できない。彼とロイドと会長の関係はなんだ。

「殿下、名乗りをあげても?」
「許す」
許しなんて、どうして与えるのルルーシュ。

わざとらしく身を屈めて挨拶をし、口上が始まる。
「はじめましてぇ。シュナイゼル第2皇子直属、特別派遣嚮導技術部の技官で枢木スザクの上官。ついでに伯爵家の長男で、この間ミレイ・アッシュフォードと婚約をした、ロイド・アスプルンドですぅ」

会長の、お見合い相手だったのか。
会長を見れば、悔しそうに眉を寄せている。その向こうでリヴァルは猜疑心を込めて白衣を睨みつけている。
でもごめんね。僕が知りたいのはそんなことじゃないんだ。
ルルーシュと、あなたとの関係は。
精一杯睨みつけても、ロイドはにやにやと笑うだけ。それが、次の瞬間、見たことのない真剣な顔に変わった。

「そして、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子殿下に忠誠を誓う者です」



呼吸が止まる。誰の名前を呼んだ?その、唇で。
ルルーシュに集中する視線。
どうして、許したの。ずっと隠していれば平和な毎日が続くはずなのに。明日も昨日みたいに笑っておはようと言えるはずなのに。
「と、いうことで〜。枢木准尉、手を離してくれないかなぁ?君の力で掴んだら、殿下の白い肌に痕が残っちゃうよ」
音が消えた室内に、ロイドの軽い調子だけが響く。
「あ」
しっかりと、握り締めていたはずなのに、気づけば手の中には空気しかなくて、温もりはロイドに奪われていた。
親しげに腰に手を廻し、黒い学生服の袖をまくって肌を検分している。
「やっぱり、赤くなってるなぁ」
「傷じゃあるまいし、その内消えるだろ」
「僕が、気になるんですよぉ。ま、消毒しますけど」
ちゅく
濡れた音なんて聞きたくも無い。
僕の痕が残る、ルルーシュの肌を這う舌なんて見たくもない。それを溜息一つで許容するルルーシュなんて、もっと。
「どういう、ことなの、ルルーシュ」
「さっきロイドが言っただろ?コレは俺のモノだ」
作り物よりも繊細な造形の指が、ロイドの髪を梳く。
なぜこの目はそんな君の姿さえもあますところなくとらえてしまうのだろう。

「ルル!ねぇ嘘だよね。だって、ヴィ家って言ったら、マリアンヌ皇妃の家系で、確か皇妃がテロリストに殺されてから」
泣きそうなシャーリー。僕も泣きたいよ。わけがわからない。
「ヴィ家…日本に、送られたブリタニア皇族」
音の発信源は、カレン。よく知っていたね。
「俺が憎いか?カレン」
「っどうして、そんなことを言うのよ!?どうして、今…こんなところで」
「俺を殺すなら、今が一番簡単だろう?」
「そういうことを言っているんじゃないわよ!あなたが悪いわけじゃないでしょう!?そうじゃなくて、私は、私は」
先を言えずにカレンは嗚咽を漏らす。
どういう意味だろう。今の2人の会話は。今だって、僕とそれから認めたりなんかしないけれどロイドがいるのだから、ルルーシュを殺すなんて出来るわけがないのに。カレンがルルーシュを殺せるはずなんてないのに。カレンは何を言いたかったんだろう。
もう、上手く考えをまとめることすらもできない。

「ロイドさん。あなたはどこまで知っていて、私に結婚しようと言ったのですか?」
静かな声は会長のもの。
「当然、みぃんな知ってるよ?僕の殿下のことならね。君は殿下を守ってくれたし、君の家も殿下を守ってくれたからねぇ。お礼。伯爵の地位で済むなら安いくらいだよ。君だって、そう思うでしょ?」
「そう、そうですね。ルルーシュは?」
「俺は何も知らないな。本国で別れてからは、一度も連絡を取っていなかったし。ミレイの見合い相手だとも知らなかった」
「それなのに、ロイドさんは全部知っていたんですか?ルルーシュが日本に来てからのこと、全て」
「結構鋭いねぇ君。本当は僕も知ったのはつい最近。枢木准尉を見つけてからだよ」
僕?
「殿下があの戦争で死ぬなんて考えたくもない。生きている方に賭けるならぁ隠れていると考えるのが妥当でしょお?だからぁ殿下に関係ありそうなモノを方端から調べたってワケ。最初は枢木准尉。そしたら運良く殿下と同じ外見の持ち主の確認を頼まれてね、まるで赤い糸で結ばれてるみたいじゃないですかぁ?殿下。それからアッシュフォード家を調べて、学園の生徒リストを見れば一目瞭然。殿下は名前変えないでいてくれたし、結構簡単に見つかったよ」

「殿下ぁ、これでも我慢強く待った方なんですよ。そろそろ、僕も連れてってくれません?」
「そのために、ここまで迎えに来たんだろう?」
「はぃぃ」
「ナナリーは?」
「お付の女性と一緒に僕のところに」
「咲世子さんも?」
「説明したら、一緒に行かせて下さいってお願いされまして」
「そうか、後でお礼を言わないとな」
「突然環境が変わると、妹姫も大変ですからねぇ」

「ねぇ未来のお嫁さん。婚約中ってことで、同居してみる?」
くるり、と向けられる瞳が歪んで見えたのは、レンズのせいだけではない。
「…喜んで。ナナリーちゃんは私と咲世子さんが守るわ。その代わり、ルルーシュに怪我一つでもさせたら」
「僕が、そんなこと許すわけ無いでしょぉ。当然じゃない」
「なら、いいわ」
会長が握り締めている拳から、血が、流れるんじゃないかと思った。
自由な選択肢なんて無いんだ。決められた答え以外は、いらないんだ。

「思ったより時間かかっちゃったなぁ。殿下、そろそろ行きません?」
「あぁ。何があったんだ?」
「第2皇子が内密に来日するんですよ。会いたいでしょう?それに、そろそろ殿下の準備も出来たかなぁと」
交わす視線に浮かべる笑み。
どうして、そこに僕は入れないんだろう。

「それじゃみんな、今までありがとう。気をつけて」
いつもなら嬉しいはずの言葉も、笑みも、今は何の感情もわき上がらない。そんな余裕はない。

「行くぞ、ロイド」
「Yes,Master」



閉められた扉は、僕を、生徒会のみんなを拒絶した。

これが夢ならば、どれだけいいだろうか。

どこから仕組まれていたんだろう。
僕は錬金術師にどこから騙されていたんだろう。
僕が、君の側にいるためには、ロイドの下でランスロットを操ることしか、もう道は残されていないんだ。



これが、夢ならば。

明日も君におはようと学生服を着て言えるのに。
君の騎士は僕なのに。










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