王宮のテラスにはいつの間にか水盆に花が活けられ、クッションが置かれ、テーブルの上には果物とお茶が用意されていた。
「お疲れさま、みんな」
汚れを落とすようにと清潔な布をヤムライハから渡される。
「どうだった?ジャーファルさんとやってみて」
にやにやと楽しそうにシャルルカンが笑う。情けないと怒られるかと思ったのでアリババにとってはその反応は意外だった。
「強いだろ」
「何で君が偉そうなの」
「えー?だって嬉しいじゃないですか。ね、ジャーファルさん。たまには俺ともやってくださいよ」
「君がもう少し、書類仕事を好きになってくれたらね」
「ケチ。そんなこと言って、俺が仕事した分空いた時間でまた仕事するくせに」
「さぁ、それは君が仕事をしてみないとわかりませんよ?」
拗ねた口ぶりのシャルルカンだが、顔は笑っている。書類仕事をする気はないが、本気で頼めばジャーファルが付き合ってくれることを知っているからだ。
弟子が強くなっていくのを見るのもいいが、強い相手と競うのもまた喜びだ。

「ジャーファルお兄さんは強いんだねぇ」
手や顔を拭い終え、身ぎれいになったアラジンがジャーファルの膝に飛びついた。
ありがとうと声をかけながら、ジャーファルはアラジンを膝に乗せてやる。手の届く範囲にお菓子の乗った盆を近づけることも忘れない。
砂糖のかかったお菓子はアラジンの好物である。
「ジャーファルさん、3人はどうでしたか?」
「修行を始めた頃に比べると、力の扱い方がわかってきているのが良くわかりました。がんばりましたね」
代表とでもいうように、アラジンの頭をターバン越しに優しくなでる。
「あとは実践経験ですね。今回のように襲われた仲間に注意が行き過ぎると、足元をすくわれて連携が乱される場合もありますから、気を付けてくださいね」
「でも、気になってしまいます」
「それは悪いことではありません。必要なのは、お互いの実力を信じることです。例えば今日の場合、私はモルジアナの足を捕まえましたが、そのまま私の方にひっぱられても、もしかしたら近づいた距離を利用して反撃することができたかもしれません。けれど反撃できずに飛ばされて身動きできなくなっていたかもしれない」
淡々と仮定を述べていくが、その白い指先は丁寧にアラジンの汚した口元を拭っている。一番近くで聞いているアラジンはすっかり寛いで、次のお菓子に手を伸ばしていた。
「3人で戦っていても、1人にその場を任せなければならないことも、この先きっとあるでしょう。だからその時に安心して任せてもらえるように、互いに強くなって互いの実力を知り、信頼することもまた大事なことだと思いますよ」
けふ、と咽たアラジンにコップを持たせてやりながら、真剣に聞くアリババとモルジアナにジャーファルは笑いかける。
「大丈夫、あなたたちの先生は我がシンドリアが誇る八人将で、あなたたちは日々努力を怠らない。私のクーフィーヤを取ることぐらい、すぐにできるようになりますよ」
楽しみにしていますね、と続けるジャーファルにじわじわと先ほどの訓練が思い出される。
どうすれば勝てたのか、もっと長く戦えたのか。
好戦的な光を二人の瞳に認めて、ジャーファルは満足気に溜息をついた。
「ま、まだまだだけどな!」
「そうよ、アラジンくん。休憩したら修行よ、修行!」
「…」

「ところでジャーファルお兄さん。僕たちはジャーファルお兄さんに角が生えているのか気になっているんだけれど、本当はどうなんだい?」
「角、ですか?……あぁ、シンの冒険書ですね。それが知りたくて、私のクーフィーヤを取るという勝負になったわけですか」
「そのとおりだよ!」
「……すみません、ジャーファルさん。俺が気になって」
「構いませんよ。よく聞かれますから。おかげで謎が解けました。最近良く見られていると思っていたのですが、角が気になっていたんですね」
気づかれていたことを知り、思わずアリババは赤面する。
一度も視線が合ったことなどなかったのに、まさか気づかれていたとは。
「私も、気になります」
きらきらと好奇心と期待に輝く瞳が3対。思わず照れてしまうほど、熱心な視線だ。
緩んだ頬をさりげなく官服の袖口で隠す。
「さぁ、どうでしょう?」
大人が読めば脚色だと娯楽にするような話を真剣に考える子どもたちが愛おしい。
「それは私に勝って、クーフィーヤをとってみないと、わかりませんね」
「教えてくれないのかい?」
「ふふ。クーフィーヤを取れれば、見せてさしあげますよ?」
戯れにクーフィーヤに手を伸ばすアラジンをかわしながら好奇心を煽ってみせる。
この程度の秘密で修行へのやる気が一つ増えれば、安いものである。
「師匠は知ってるんですよね」
「そりゃ、当然」
「言わないでくださいよ?」
「聞かれたって教えないてやらねーよ」
甘酸っぱい果実を一房、口に頬りながらシャルルカンが答える。にやりと自慢げに笑いながら。
「師匠!休憩終わりです。稽古つけてください!ジャーファルさん、またお願いしますね!」
「えぇ、楽しみにしていますよ」
シャルルカンの褐色の手にアリババのシンドリアに来てから少し焼けた手が絡む。ぐいぐいと引っ張られていくシャルルカンは、楽しげだ。
二人に続けて、モルジアナとマスルールも席を立つ。
「ありがとうございました」
「っす」
「いいえ。あまり遠くまで行かないで、ちゃんと夕餉の時間までには戻ってきてくださいね」
テラスを軽々と飛び越え、すぐに森の奥へと姿は消えた。
「さ、私たちも行くわよ、アリババくん。ジャーファルさん、お時間ありがとうございました」
「次はもっと使える魔法を増やしておくね、ジャーファルお兄さん」
「あまり力を入れ過ぎて魔力が暴走しないように気を付けてくださいね」
はーい、と良い返事を返すアリババをヤムライハが連れて行った。

方々に分かれていく3組を見送り、一人になったジャーファルは静かに茶器を片付けていく。
さて、そのクーフィーヤの下にははたして角が7本生えているのか。
子どもの好奇心を煽る罪作りな作者を思い、ジャーファルは思わず苦笑を漏らした。
今のところ、角などないと思っている大人も角があればいいと思っている子どもも、このクーフィーヤを暴いて真実を確かめた者はいない。
さて一番乗りは誰になるか。
子どもたちの成長は嬉しくもあり、少しだけ手を離されてしまうような寂しさもある。
まだ来ぬその日を想像して少しだけ沈んだ気持ちを浮上させるべく、ジャーファルは終わらせるべき仕事を指折り数えて、大小説家である主の元へと足を進めた。





[ end ]








inserted by FC2 system