(おまけ マスルール ルート)


月が少し顔をのぞかせる時刻。ジャーファルにしては早い時間帯に紫獅塔へと戻れば、部屋の前にマスルールがいた。
左手には大きな三足の甕を持っている。ジャーファルはその甕に見覚えがあった。つい先日、シャルルカンとヤムライハとともに出かけた際に持ち帰っていたものだ。
中身は酒で、その日のうちに飲んでしまったのかと思っていたがどうしたのだろうか。首を傾げつつ、声をかけた。
「どうしたの、マスルール」
足音をほとんど立てずに歩くジャーファルに、ファナリスはそれでも気づいていたのだろう。ゆったりとした仕草で、酒を掲げた。飲みませんか、と。
「珍しいね。何かつまめるものを頼みましょうか」
女官に声をかけ、マスルールを部屋に通した。

ジャーファルの私室は私物は少ないものの、たくさんの書物や各地の特産品が積み上がり、乱雑な印象を受ける。
その中でスペースを作り、運ばれた軽食とマスルールの手土産を置けば、ようやく一息つけた。
先に腰を下ろしたマスルールの向かいに座ろうと動くが、ゆるく手を引かれて阻まれる。そのままマスルールの胸板を背にする恰好で座ってしまった。
「珍しい」
ぴたりと密着すれば高い体温が熱いくらいだ。だが、悪くない。
遠慮せずに体重をかけ、ぐりぐりと頭で胸板を押してみる。
「どうしたの」
「はぁ」
マスルールの瞳はなかなか感情を読み取らせない。じ、と見つめるが、視線を逸らされてコップに酒を注がれる。
「どうぞ」
「ありがとう。かんぱーい」
カツ、と音を鳴らしてぐびぐびと飲む。公の場で飲むことはないが、ジャーファルも酒好きである。
マスルールの手土産は、少し辛くてアルコール度数の強いものだった。喉が焼けるような感覚が、疲れた体に心地よい。
「おいしいねぇ」
「そっすか」
「おかわり」
官服を来ているものの、くつろいでくだけた口調になっているジャーファルにマスルールは優越感を覚える。
並々と注いで、自分のコップにも注ぎ足す。
「ジャーファルさん。それ、外してもいいですか」
それが何を指すのか、わからぬジャーファルではない。ただ少し、意外だった。
「……何、もしかしてそのために来たの?」
「外します」
ぐい、とクーフィーヤが奪われる。一日つけていて熱が籠っていたのか、なくなった途端に涼しくなった。
乱れた髪を手櫛で整える。マスルールは満足げに溜息をついたかと思うと、顔を埋めてきた。
「くすぐったい」
「我慢してください」
「角なんてないって、知ってるでしょ?」
知っていますとくぐもった声が返される。
くすぐったいのはあたる息だけではなくて、子ども染みた独占欲に対してもだ。
「まぁ、そう簡単にあの子たちに負けるわけにはいかないからね。安心しなさい」
手を伸ばして固い髪を撫でてやる。
ぎゅ、と腰のあたりに回された腕の力が強くなった。
さてこのかわいい子をどうしてやろう。 思いついたジャーファルは身を捩じり、マスルールと向き合う体制に変える。僅かな距離に不満げな瞳が心地いい。
「このお酒、私のために買ってきてくれたの?」
「まぁ」
「じゃあもっと、いただかないとね」
膝を立て、がっしりとした肩に手を置けば視線がマスルールよりも高くなった。視線を合わせるために見上げるようになって何年経っただろうか。不満はないが、たまにこうして見下ろす側に立つのも気持ちがいい。
コップに口をつけ、一口含む。
こちらを見上げるマスルールに口づけ、舌で促せばゆるく口が開いた。丁寧に咥内で温くなった酒を流し込む。
ごくり、と嚥下する音が響く。
「おいしいね?」
「……はい」
ふふっと楽しそうに笑い、ジャーファルは零れてしまった酒を追ってマスルールの口元を舐める。ついでにピアスも舐め上げれば、ぴくりとマスルールが反応した。
「おかわり、あげようか」
マスルールの獣じみた光を放つ瞳が好きでずっと見ていたいけれど、近づいた口唇にジャーファルはゆっくりと視界を閉ざした。










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