(おまけ シャルルカン ルート)


月が少し顔をのぞかせる時刻。ジャーファルにしては早い時間帯に紫獅塔へと戻れば、部屋の前にシャルルカンがいた。
左手には鳥が象られた甕を持っている。ジャーファルはその甕に見覚えがあった。つい先日、マスルールとヤムライハ とともに出かけた際に持ち帰っていたものだ。
中身は酒で、その日のうちに飲んでしまったのかと思っていたがどうしたのだろうか。首を傾げつつ、声をかけた。
「どうしたの、シャルルカン」
足音をほとんど立てずに歩くジャーファルに、気づいていなかったのだろう。手摺に腰掛けふらふらとさせていた足を止めて、驚いたようにこちらを見る。
けれど視線が合えば、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。
「おかえりなさい。ちょっと、飲みません?」
「珍しいね。何かつまめるものを頼みましょうか」
女官に声をかけ、シャルルカンを部屋に通した。

ジャーファルの私室は私物は少ないものの、たくさんの書物や各地の特産品が積み上がり、乱雑な印象を受ける。
シャルルカンは物珍しそうにそれらを眺めていたが、それも軽食が運ばれてくるまでのこと。女官が退出し、二人きりになれば先に腰を下ろしたジャーファルの隣へと座り、酒を勧める。
「乾杯しましょ」
「何に?」
「えー?それじゃ、ジャーファルさんの勝利に!」
「子ども相手に負ける方がどうかと思うけどね…」
「はいはい、ほら、乾杯!」
カツン、と杯が傾けられてかち合う。
ほのかに果実の香る酒はすっきりとしていて飲みやすかった。
「これ、いいお酒だね」
「わかります?」
誇らしげに白い歯を見せて笑う姿は、以前のかわいい盛りをジャーファルに思い起こさせた。
「おいしいよ」
「じゃぁもう一杯」
半分ほど空けた杯がまた満たされる。
お返しにと注ぎかえしてやれば、貴重だと喜ばれた。
そうだろうかと小首を傾げると、馴染んだクーフィーヤの衣擦れする音が耳元で小さく聞こえる。
見とがめたシャルルカンの眼光が急に鋭くなった。
「何」
「ジャーファルさん。仕事終わったんだし、部屋の中だし、ソレ、取りません?」
ご丁寧に指さしてまで言うのは、クーフィーヤのことである。
子どもたちが必死になって狙って、取れなかったクーフィーヤ。
「あの子たちには取らせようとしたのに、君は私に取れというのかい?」
「ダメですか?」
「ふふ。別段、隠し立てするような秘密は詰まっていないんだけどね」
問いには答えず、あっさりとジャーファルはクーフィーヤを外した。
ふるふると首を振れば、珍しい真白の髪が散る。
す、とシャルルカンは剣だこのある指を伸ばし、頬にかかった髪を後ろへと流す。ジャーファルの肌は透き通りそうなほど白いが、それよりも髪はもっと白く、褐色の自身の色合いが目立った。
弟子が取れなかったものを、自分の手ではなくあえてジャーファルに取ってもらいたかったのだと言ったら、この聡い人は嗤うだろうか。
「7本の角だなんて、何を考えてそんな脚色をしたんだか」
「俺はちょっとした例えかと思いましたけどね」
「どういうこと?」
「ジャーファルさんをアタマに、八人将の残り7人を角って言ったのかなと、思ったんですけど」
ぱちり、と黒曜石の瞳を大きく瞬かせてジャーファルがまた首を傾げる。
クーフィーヤがなくなった分自由になった髪がさらさらと流れて、ついそちらに目が行ってしまう。
「それは、面白いね」
「結構いいでしょう?」
「うん。乾杯しようか。八人将が誇る剣士の解釈に」
「やった!」
また注ぎ合い、高らかに杯を掲げた。
「まぁそんな、偉いもんじゃないけどね、私は」
「ジャーファルさんお酒入ると結構卑屈になりますね」
「うるさいな。元からだよ」
子どもの見えなかったそういう卑屈さとかくだけた口調が今のシャルルカンには嬉しい。
もっと話してもっと構ってもらいたいが、どうすればいいだろうか。
そわそわしながら酒甕を手に取れば、思った以上に軽かった。振ってみるが音はなく、いつの間にか飲み干してしまったようだ。
「終わっちゃった?」
「みたいですね。他の酒もらってきます?」
「そうだね……でも君の杯には、まだ残っているようだけれど」
細められた瞳がすっと流される。左手の杯を辿り、腕から首元、そして瞳へ。
視線だけで体温が上がる。
「君の想像を聞いて気分がいいんだ。だから私を卑屈にさせないように、考えて?」
左手にするりと伸ばされた白い指には細かな傷がたくさんあるけれど、しっとりと肌に馴染んだ。
シャルルカンよりも体温の低い手で包まれて、杯を握ったままジャーファルの口元へと運ばれる。
傾けた縁から器用に一口、酒を飲み、ぺろりと赤い舌が口唇を舐めた。
赤い紐はジャーファルの腕に絡んだままだけれど、まるで縛り付けられたかのようにその口元から目が離せない。
シャルルカンはふらりと引き寄せられる自身を自覚しながら、クーフィーヤを外して露わになった後頭部に手を差し入れた。










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