(おまけ ヤムライハ ルート)



月が少し顔をのぞかせる時刻。ジャーファルにしては早い時間帯に紫獅塔へと戻れば、部屋の前にヤムライハがいた。
左手には取っ手が二つついた瓶を持っている。ジャーファルはその瓶に見覚えがあった。つい先日、シャルルカンとマスルールとともに出かけた際に持ち帰っていたものだ。
中身は酒で、その日のうちに飲んでしまったのかと思っていたがどうしたのだろうか。首を傾げつつ、声をかけた。
「どうしたんですか、ヤムライハ」
足音をほとんど立てずに歩くジャーファルに、気づいていなかったのだろう。手摺に肘をつき外を眺めていたが、驚いたように振り返る。
けれど視線が合えば、ほっとしたように微笑んだ。
「お疲れ様です、ジャーファルさん。少し、付き合っていただけませんか?」
オススメなんです、と瓶を見せる。
「珍しいですね。何かつまめるものを頼みましょうか」
女官に声をかけ、ヤムライハを部屋に通した。

ジャーファルの私室は私物は少ないものの、たくさんの書物や各地の特産品が積み上がり、乱雑な印象を受ける。
魔導書は生憎揃えていないが、それでもヤムライハは興味深そうに書物を指でなぞっていた。だがそれも軽食が運ばれてくるまでのこと。女官が退出し、二人きりになればジャーファルの勧めにしたがい、腰を下ろした。
細い指先に魔力を集中させ、氷を生み出す。カラン、とカップに氷は収まり、そこへ持参した酒を注ぐ。
「強いお酒なので、こうして薄めた方が美味しいんです」
乾杯、とどちらからともなく言い合い、杯を交わす。
一口目は濃厚な香りと甘みがあった。
カラリと氷を回すように杯を動かし、また一口。
「あぁ、ほどよく甘味があって美味しいですね」
「お口にあって良かったです」
「この間、シャルルカンとマスルールと出かけた時に買ったものですよね?」
「はい。よく覚えていらっしゃいますね」
「たまたま見かけたもので。ピスティが、ヤムライハはなかなか外に出かけないと言っていましたが、ちゃんと可愛らしい服を持っているじゃないですか」
とても似合っていましたよ、と続ける声になぜか恥ずかしくなってヤムライハは視線を彷徨わせてしまう。
「ああいった淡いピンクが似合いますね。シャルルカンの紫の布やマスルールの赤い髪とも合いますし」
「……その、ありがとうございます」
「ふふ。お世辞を言ったわけではないんですけどね。それにしても、このお酒は私と飲んで良かったんですか?」
「もちろんです。そのために買ったんですから」
両手で杯を包み込み、ゆっくりと飲み込む。
「3人で、誰が一番ジャーファルさんの好きなお酒を買うことができたか、競争なんです」
アルコールのせいだけではない熱さに、少し頬を赤らめながらヤムライハは答えた。
「みんなで持って来なくて良かったんですか?」
飲み比べならば同時に飲まなければ意味がない。問いかけに、ヤムライハにはいいんですと誤魔化した。
口の上手い商館の女性たちならば、二人きりでお酒を楽しみたかっただのと軽く言うことができるのだろうが、生憎とヤムライハにはそういった言葉は思い浮かばない。
最近研究している魔力の応用について話したくなったが、ぐっとこらえて頭上の帽子を外す。
乱れた髪を手で整えれば、すっとジャーファルの指が伸びてきた。
「失礼」
前髪を丁寧に整えられる。近い距離に、きゅっと目を閉じた。
「はい、おしまい」
帽子をかぶっている時には真ん中で分けている前髪が自然に下ろされる。私服の時と同じ姿。
「そうしていると、かわいらしさが増しますね」
「子どもっぽいって言いたいんでしょう?」
放った言葉が思ったよりも拗ねたような口調になってしまい、思わず口を押える。
「……ジャーファルさんこそ、クーフィーヤを外すと更にお若く見えますよ」
「これでも25なんですけどね」
「知ってます、けどっ」
膝立ちになって手を伸ばす。避けようと思えばいくらでも避けることはできたのに、ジャーファルは微動だにせず座ったままだ。
えい、と小さく声を発して、ヤムライハはクーフィーヤを奪い取る。
「乱暴ですねぇ」
苦笑するジャーファルに、お返しとばかりに手を伸ばして乱れた髪を整えた。
額飾りが揺れて光を反射している。
「角は、見つかりましたか?」
「いいえ。残念ながら」
告げてヤムライハは何もないジャーファルの頭上にキスを落とす。
「角の代わりになるように、7回キスしてもいいですか?」
我ながら理屈も何もない台詞だったが、ジャーファルはヤムライハの色づいた頬に触れ、いくらでもと微笑んだ。










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