(おまけ)


「モルジアナには自分の名前は綺麗に書けるようになってもらいたかったのに」
残念そうな言葉とは裏腹に、その白い頬は優しく緩められている。
視線の先には、自分の名前よりもよほど整った字で綴られた二人分の名前を見せるモルジアナがいた。
これから先、他の文字を教えてもきっとこの字だけは練習を欠かさず、格別の丁寧さで書くのだろう。
「はぁ」
「だって君、シンと私の名前は上手に書けるのに、自分の名前や他の文字はとても豪快じゃない」
「そっすか」
仕方ないだろう。大事な名前は大切に書くが、自分の名前もかしこまった条文も、マスルールにとっては大差ないのだから。二人の名前とそのほかの文字では、書いた回数も気持ちもまるで違う。それがわからない彼ではないだろうに、あえて言ってくるのはマスルールを構いたいからだろう。
「モルジアナがアリババくんとアラジンの名前ばかり上手くなったらどうするの」
「別にいいんじゃないすか」
「いいけど」
言葉を切って、ジャーファルはマスルールを見上げる。上がった口角を隠すかのようにたっぷりと布地の使われた袖口で隠しながら、とても楽しそうに。
「かわいくて困るじゃない」
持ち上げられた右手が袖口からするりと伸びる。白い腕には赤い糸。頭を下げたマスルールのツンと立った髪を優しく撫でた。


シンドバッドとジャーファルという文字だけ、マスルールの字はまるで別人が書いたかのように整っているのは、あまり知られていないことだ。





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