(おまけ)

先ほどからやけに構われている気がする。
渡り廊下を歩きながら、ジャーファルは今朝からの出来事を反復する。
まず朝議が終わり、三夜分の報告を受けてシンドバッドの元へ向かおうとしたらマスルールがやってきて、抱えていた巻物を持ってくれた。たった3巻しかなく、しかも細いものばかりだったからマスルールの太い腕とはバランスが悪く、気になって何度も振り返ってしまった。
その帰りにはピスティが鳥に乗ってやってきて、とってきたばかりなのだろう、瑞々しい果実をお土産と言って渡された。房になっていたので一粒を鳥にあげたら私もとねだるので、待ち構えて開けられた口に一粒ほおってやった。
仕事をしていたらシャルルカンが昼飯一緒に食いましょうと声をかけてきて、まだお昼じゃないよと返せば予約しましたからねと楽しそうに帰って行った。
その後はヤムライハで、最近巷で流行っている清涼感のある香りが特徴のお茶を持ってきた。暑気あたりに効果があるという薬草を茶葉に混ぜたもので、その心配りに御礼を言ってピスティのお土産をおすそ分けした。
一日かけてならまだしも、午前でこれだけだ。
シンドバッドがジャーファルが休んだ理由を仕事のしすぎと暑気あたりとした上で、仕事をしないように俺の部屋で寝かせておく、などど公言したせいで、心配してくれているのだろうか。
暗殺者時代と記憶が混濁しているとシンドバッドが判断したため、八人将にも本当の理由は伏せたと言っていた。ありがたいが、実際は暗殺者時代どころか己を毒蛇だと思って三夜も過ごしていたことは言えなかった。
それにしても、休んだことに関する話題は誰もださないのは妙だ。ヤムライハにしても、休憩にとお茶を差し入れくれただけで理由までは言わなかった。
なんだろうと首を傾げていると、向かいからスパルトスが歩いてきた。
「お疲れさま」
「ジャーファルさんこそ」
「その分ゆっくりさせてもらったからね」
「政務は一区切りつきましたか?」
「ん?」
「お昼の鐘が鳴りましたので、お誘いに」
そう言われれば鐘が鳴っていたが、部下はともかくジャーファルの昼食は鐘とはあまり関係がない。
「シャルルカン達が準備をして待っていますよ」
その瞳は優しく細められていたけれど、お忘れですかと言われた気がした。
「あー、うん。その」
急ぐ仕事はないけれど、一区切りついたかと言われれば微妙だ。けれど言われるまで失念していたことに対する罪悪感が白羊塔に戻る足を引き留める。
「ジャーファル様。巻物お預かりします」
よく出来た部下に戻る理由を奪われてしまえば、よろしくと言う他はない。
「………お願いするよ。君も食事に行ってね」
「はい。ジャーファル様もごゆっくり」
深々と頭を垂れる部下に任せて、スパルトスに着いていく。しかしその足は食堂ではなく、中庭へと向かっていった。

「あ!ジャーファルさぁん!!」
ぶんぶんと大きく手を振るシャルルカンの姿が見えた。
何と言って誘いをかけたのか、ジャーファルとスパルトスを除いた八人将が揃っている。
王の執務室を見上げられる大木の下、どこから持ち出したのか大柄なドラコーンとヒナホホが座っても十分に余裕のある大きな敷物が敷かれ、その上にはたくさんの料理が並んでいる。
軽い足音でシャルルカンは駆けてくると、ジャーファルの手を取りぐいぐいと引っ張って皆の元へと連れて行く。
「待ってたんすよ?もっと早く仕事終わらせてくれれば良かったのに」
「それは申し訳なかったと思うけどね、まさかこんな準備してるなんて思わなかったもの」
「すごいでしょ」
にっと歯を見せて笑う姿が、もう大人なのにどうしても可愛く思えて、つい頑張ったねと声に出してしまった。
子ども扱いすぎたかなと思えど、シャルルカンは変わらない笑顔を見せるのでジャーファルの杞憂だったようだ。

たどり着いた木陰では皆が思い思いに座ってジャーファルを待っていた。
シャルルカンとマスルールの間に座ればすぐにコップが渡された。
「お待たせしました!お茶だけど、乾杯!」
「乾杯!」
よくわからないまま杯を交わし、なんだかんだと勧められるサラダや揚げ物を口に運ぶ。
「今日はどうしたの」
「ん〜。ジャーファルさんの声を全然聞いてなかったんで、なんとなく」
「何、その理由」
ふふ、零れた笑いを袖で隠す。
「半年会わないことだってあるじゃない」
「だって、同じとこにいるのに」
「変なの」
む、と膨れるシャルルカンが今日はやけに可愛らしい。
「心配かけてごめんね」
普段はピスティと同じくらい問題を起こす子だけれど、八人将を全員集めるのは仕事の都合もそれぞれあることだし大変だっただろう。敷物も料理も、全て女官任せにする気質でないことを知っている。できるところは自分で行ったのだろう。
労わってやろうと銀色の髪に手を伸ばした瞬間、背後から気配を感じた。
ドンっと背中に与えられる衝撃になんとか耐える。
「ずるい、ずるいぞ皆!王さまをのけ者にして食事なんて!」
子どものように駄々をこねる、シンドバッドだ。
「王さま来たー」
「やっぱりね」
「飲み物どうぞ」
「まだ料理はたくさんあるぞ」
コップやお皿が差し出されて、シンドバッドはジャーファルを抱えたまま料理を口へと運ぶ。
「仕事はどうしたんですか。っていうかどいてください、邪魔です」
「冷たい!ジャーファルくんが冷たいっ!……大体なぁ、内緒でこんな楽しいことしやがって。部屋まで声が聞こえたぞ?仕事なんてしてられ………すみません食べたら頑張ります」
「ならいいですけど。ほらちゃんと座って。零れますよ」
マスルールがずれて空いたスペースにシンドバッドが入る。
「いやー全員揃っての食事なんて久しぶりだな」
元々盛り上がっていたところにシンドバッドが加われば、騒ぎが大きくなるのは当然のことで。
あらかじめ言いつけられていたのだろう。時折女官が静かに料理を持ってきて開いた皿を片付けお茶を足していくから、時間の経過などまるで気にならなかった。
不意にシンドバッドと目が合う。
「食事は、楽しいな?」
毒も入っていないし、パンは固くないし、腐りかけた食材なんて入っていない。お腹が膨れるまでいっぱい食べられる。暗く冷たい部屋で隣の部屋から聞こえる折檻の音と悲鳴を聞きながら食べることもない。ここは明るく、仲間がいる。
「えぇ、とても」
この幸せと幸せを教えてくれた主のためならば、毒蛇のままでもジャーファルは良かったのだけれど。
シンドバッドが折角人間に育ててくれたので、毒蛇は標的を殺し損ねたあの日に死んだままにしておこう。





[ end ]








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