生きてる理由


僥倖。
そう呼ぶにふさわしい瞬間だった。
目的であった古書蒐集家のことなど忘れて、村の入り口、ざわめく人々に混じってただ一人を見つめる。
深い湖のような濃い青の服に入る鮮やかな金糸の刺繍。透けるような金の髪。そして何より、今まで見た色の中で最も心を揺さぶる、緋色に輝く両眼。
一般人の目には捕えきれない速さで成長途中の身体が動き、大人の男を跪かせる様。
怒りに突き動かされ、平気で暴力を加えるくせに、我に返って化け物扱いされれば茫然と立ち尽くすことしかできない。
ぞくり、と背に震えが走った。

なんと幼い生き物だろう。
あの子どもが欲しい。

後をつけるのは簡単だった。
隠れ里は上手く機能しているようだったが、場所さえわかれば子ども一人連れ去るのも簡単だし、皆殺しにするのも簡単だと思った。
しかしそれではつまらない。
これほど心が躍ったのは久しぶりだ。自分でも信じられないほど、気分が高揚している。

蜘蛛は強く、100人程度の集落を襲うことなど造作もない。
怒りを焼き付けて緋の眼をくりだすのもいいが、きっとすぐに飽きてしまうだろう。
これまでもそうだった。どんな美術品でもいつかは飽きて売り払ってしまう悪癖。
怒りと恐怖に染まる緋はどれほどの美しさなのか興味はあるが、それは別のクルタでも構わない。
あの子どもが、緋の眼であることに価値があるように思えた。

ずっとその緋の眼を見るためにはどうするべきか。
簡単だ。憎悪の対象に俺がなればいい。
他の何にも目移りしないほどの憎しみを、植え付ける。枯れないように育てて、俺を殺しにくるように仕向けてみよう。
クルタ族に興味のある民俗学者や生態学者は山ほどいるだろうが、誰にもやらない。
あの子どもの同胞は、俺が全員殺して緋の眼を奪おう。

そう決めて隠れ里を襲う手筈を整えるまでに6週間。
今までで一番時間をかけ、今までで一番楽しい時間だった。
そのせいか、実際に襲撃した時には、緋の眼を発現させるという行為がひどく面倒に思えた。
感情の幅なのか、単に生まれ持った水晶体の差なのか、遠目に見たあの子どもの眼ほど美しいと思える緋にはついぞ出会えなかったことも一因だ。
わかりやすいメッセ―ジと報道が好みそうな残虐性。そして貴重種の絶滅は世界を駆け巡り、きっとあの子どもにも届いただろう。
絶望に染まった緋の眼の想像を一通りしたあと、色あせたホルマリン漬けの眼球全てを予定通り、売却した。










数年ぶりに見た緋の眼は記憶よりも一層鮮やかで美しく、心に、刺さった。



折角ハンターになったのだから、復讐などよりクルタの文化保護などに努める生き方もあっただろうに、可哀想な最後のクルタは蜘蛛の糸の上のまま。
捕食される側なのに、抗って蜘蛛を殺すためにしか生きられない、可愛い子。
次に会う時は、最後の一人になったおまえが欲しくて同胞全員殺したんだと、教えてあげようか。
その時のクラピカの眼を見るのが楽しみで、けれどとっておきたいような気もして、東へ向かう足は自然、遅くなった。










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