キャッチボール


お兄が私を呼ぶ時、私のところにはお兄の目の色とおんなじ色したボールが飛んでくる。空の色と海の色の丁度間、私の大好きな色して飛んでくる。あったかいボールを私はどんな体勢だってちゃんとキャッチする。そっぽ向いてると頭にコツンって当たって落ちるから、お兄の方なんか見るもんかーって思ってるのに、つい追いかけてひろっちゃう。ボールからじんわりとあたたかいものが染み渡って私を優しくさせるから、そんな気なかったのに、お兄!ってボールを投げ返しちゃう。お兄はずるい。

六甲が私を呼ぶ時、私のところには大きな布で包まれたボールが飛んでくる。赤ちゃんのおくるみみたいに大事に包まれて投げられるボールが好きで、両手で大事に捕まえる。姿を見せてくれなくて、お兄ばっかり優先して、自分を大事にしてくれないとこはちょっと嫌いだけど、六甲の投げるボールをとるのは好きだから、許してあげる。だからもっといっぱい姿を見せてボールを投げてくれればいいのに。

チルダとソニアが私を呼ぶ時には、まるで砂糖菓子みたいに甘くて可愛いボールが飛んでくる。すぐに崩れちゃうようなボールじゃないってわかってるけど、それでもあんまり可愛いから、私は壊しちゃわないように優しくとるの。まるで紅茶に溶かすと甘くて飲みやすくしてくれるお砂糖みたいに優しいボール。その気持ちを返したくて、私はチルダが好きって言ってくれた元気な声と、ソニアが好きって言ってくれた笑顔でボールをゆっくり投げるの。

フィルやリドが私を呼ぶ時には、今まで見たことのないボールが飛んでくる。お兄の友達が私に投げるボールは、ちょっとだけお兄の色と似ている。DXの妹のイオンって思って呼ばれてるんだと思う。それはちょっとくすぐったくて、今まで呼ばれたことのない音をしていて、嬉しくなるの。

カイルが私を呼ぶ時には、きらきらしていて熱を持ったボールが飛んでくる。そうするともう私はドキドキしちゃって、しかたなくって、落としちゃダメって思うんだけどじっと持ってるのが大変になるの。失恋しちゃってからもそれは変わらなくて、困っちゃう。

ライナスとルーディーが私を呼ぶ時には、変わった色したボールが飛んでくる。お店の人がお客さんを呼ぶときに投げるボールに、ちょっとだけ似ているわ。でもそれは半分だけで、もう半分がよくわからないの。私にチョコをくれたりネックレスをくれたりする、変な人たちだから、ボールも変わってるんだと思う。

ミせス・ケリーが私を呼ぶときは、堅い石みたいなボールが飛んでくる。「ルッカフォート妹」っていうボールはとっても痛くて、ぶつけられたくないから私はミせス・ケリーの気配がくると受け止められるように準備する。他の言葉なら平気。どんなに堅いボールでも、中を割ったら優しいものでいっぱいなんだってなんとなく伝わってくるから。でも「ルッカフォート」で始まるボールはダメ。ダメなの。
エカリープにいたと時は、誰もそんな風に私を呼ばなかったわ。私はイオンだもの。マイナーと呼ばれるのは嫌い。お兄と同じルッカフォートなのに、それなのにマイナーとつくだけで嫌になるの。悲しくなるの。どうしてかわからないけど嫌で仕方なくて、トリクシーに言ってみたの。マイナーって呼ばれたくないの。そうしたら、「イオンとは理由が少し違うけれど、私も嫌よ」って言ってくれたわ。「対等でいたいのよ。だって私とティティは双子で、繋がっているのだもの。メジャーとマイナーなんて、区別されたくないわ」
トリクシーはゆっくり紅茶をかき混ぜながら教えてくれたわ。

私はどうしてマイナーって呼ばれたくないのかなって考えた。お兄と対等でいたいから?でも私とお兄は対等なんかじゃない。武術だって敵わない。対等になれたらいいなって思うけど、でもそれじゃぁお兄じゃないって思ったりもする。
ぐるぐる考えてたら、空と海の間の色したボールがコツンとぶつかった。ころころ、転がってくボール。拾わなきゃって思ったら、もう一回飛んできた。
「イオン!」
今度はしっかり、身体ごと向きを変えて受け止めた。
「お兄」
お兄と六甲とリドがいる。それだけで嬉しくなって駆けてった。
「どこ行くの?」
「演習場だ」
「騎士の練習?」
「んー俺は今日も型だけかな」
「DXは傭兵の剣だからな。騎士の剣に慣れるのには時間がかかるだろう」
「傭兵の剣じゃいけないの?それならお兄、負けないでしょ」
「だから母さんはもたなかったんだよ」
そう言ってお兄は肩をすくめたけど、そんなに嫌そうな顔じゃなかったから、私はちょっと安心した。騎士の剣を持てるようになってもいいけど、お兄が傭兵の剣を忘れないといいなって、それだけ小さくお祈りをした。
「イオン、お前こそ次は?」
「私?え…っと」
何だっけ?天を仰いで見たけど、見えたのは天井の白だけで次の授業は書かれてなかった。仕方ないから六甲を見てみる。
六甲の口が開いたとき、背後から堅いボールが襲ってきた。
「ルッカフォート妹!何をしているのです。もうすぐ次の授業が始まりますよ!」
コツコツと足音高らかにミセス・ケリーが歩いてくる。
「ルッカフォート兄、濤、あなた方も早く次の教室に行きなさい。もう廊下には誰もいないでしょう」
「はい、ミセス・ケリー」
リドが丁寧に応じてる。チラっとお兄を見たら、お兄も私を見てて小さく笑った。それが嬉しくて、なんだか子どもの頃に小さないたずらを仕掛けたときみたいなわくわくが止まらなくて、笑顔を返した。
「わかっていますか、ルッカフォート妹!」
んもう!折角うれしかったのに。わくわくがしぼんじゃうわ。
「はい、ミセス・ケリー」
いい子のお返事をして、お兄たちに小さく手を振った。
そして一歩前を歩くミセス・ケリーの背中に向けて、むかむかとよくわからない気持ちを全部詰め込んだボールを振りかぶる。

マイナーって呼ばないで!










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