02.余った袖を見つめるな


「そんなに警戒しなくてもいいんじゃないですか?」
傷つくなぁなどと戯けたことをへらへらと笑いながら言う己を信頼しろとでも言いたいのだろうかこの男は。
返事をするのも嫌で代わりにきっと睨みつける。そこら辺の所謂不良と呼ばれる輩なら怯むこの視線が、この男には通用しないとわかっていてもそうせずにはいられない。
「俺、そんなに貴方を警戒させるようなことしましたっけ?」
「その出来のいい頭はただの飾りか?それとも猫の面の皮を剥ぐと脳ミソまで持っていかれるのか?」
「素の俺を見せてるってことは、俺が貴方を信用しているってことだと思いません?」
「信用に信用で返せと?それに足る関係が構築されていることを前提にしてから言うんだな」
「一理あるね。じゃあその関係構築のためにも、大人しく借りたらどうですか?」
「―――だから断るとさっきから言っているだろうがっ!!」
おかしい。なんでこう話がループするんだ。さっきからこの問答の繰り返し。ちらりと無人の教室に音を響かせる時計を見れば、残り時間はあと3分。
「ほら、あと3分しかないよ?」
言われなくてもわかっている。俺が確認したのをきちんと認めた上で通告する性質の悪さを、知らない学生共につきつけてやりたい。
「時雨の体育、後がないんでしょう?」
立ちすくむ俺の前の席に腰掛け、ひらひらと振ってみせるのは、「蔵馬」と書かれた上ジャージ。
確かに、時雨の体育はもう後がない。要するに、あと1回でも欠席すれば絶対に避けたい躯の仕置きが待っているというわけなのだ。
これが普通の学園ならば見学なり保健室に駆け込むなりすればいいんだろうが、そうもいかない。
時雨にバレたら強制的に躯の前にひったてられるに決まっている。なんであんなヤツが理事長なんだ。
「百面相、かわいいけど、あと1分だよ?」
視線をあげれば満面の笑みを浮かべる蔵馬とタイムリミット。
あぁもうっ!
「寄越せ!!」
ヤツの手でゆれるジャージをひったくるとすぐにシャツを脱ぎ去りそのまま着る。下はもう履いているからあとはグラウンドに出て集合するだけ。
なのだが。
「う、わぁ」
嫌味の一つでも放つかと思われた口から聞こえたのは、感嘆?
「何呆けてやがる」
「いやぁ、予想以上に、」
「?」
意味がわからず視線を追って自分の体を見下ろす。
認めたくないが借り物のジャージは大きく、短パンをすっぽりおおいかくして膝のあたりまできていた。
認めたくない。が、裾が余っている。つまりそういうことか言いたいのはっ。
「悪かったな背が低くてっ!!」
「いや、そういう意味じゃないんですけど」
「うるさい!」
ガッと机を蹴ってヤツにぶつけてから窓枠に足をかける。
「礼などせんからなっ」
机は自業自得だから謝る必要などない。報復としてはむしろ優しいぐらいだ。
そのまま空中に舞う。3階から飛び降りるなんて造作ない。地面に着けばすぐに昇降口。靴を履きかえぽかんと口をあけてこちらを眺める阿呆共を無視して列に加わった。
時雨を見やればタイミング良くなったチャイムに小さく笑みを浮かべていた。
「間に合ったようだな、飛影。それにしても…」

言われなくてもわかっている!
だから、余った裾を見つめるな!!










inserted by FC2 system