明日の過ごし方 前


壊れた観客席が歪な半円を描いている。足場は悪く、飛び石のように観客席の欠片や岩が浮いている世界。
ティーダはここが気に食わないらしく、先ほどからむくれた顔で足をプラプラと揺らしている。宙に浮く手摺は頑丈だが、その下は溶岩だ。落ちても死ぬわけではない。なのに戦闘中ではないというだけで手を伸ばしたくなってしまうのは、なぜなのか。
「ティーダ」
「………うん」
「こっちに来い」
小さく掛け声ひとつして、ティーダは軽々と飛び上がり、くるりと回って着地を決めると手摺を滑ってこちらへ向かってくる。
あの、ジャンプの頂点でブリッツボールを蹴る姿を何度となく見てきた。
「ほんっとに来るんスかね」
「……さぁな」
「待つのは、嫌いだ」
隣に立ったティーダは俺の肩に頭を摺り寄せる。まるで大型犬。ぐりぐり、と額を埋めてくる。
待つのが嫌いなのは俺も同じで、薄暗い中でも眩い金髪を撫でてやる。同い年のはずだが、こうやって寄ってこられると年上の気分で甘やかしてやりたくなる。
「スコールぅ」
ますます頬を寄せるティーダと俺は歳だけでなく記憶にある境遇も似ていた。だから、だと思う。一緒にいるのは。
二人になって、置いて行かれたくせに迎えがくる日を待つのは止めることにした。
だって本当に帰ってくる気があるのかなんてわからないじゃないか。
所詮置いていける程度で、帰ってくる価値なんてなかったんだと、そう思う。
「不思議なものだな。記憶なんて禄に残っていないのに、置いて行かれたことだけは覚えている。関係とただそれだけを」
「忘れられないほど憎かったってことじゃないッスか?」
「…そうかもな」
でも迎えに来てくれたのかも知れない。消された記憶の先で、もしかしたらそんな時間があったのかもしれない。
戦士として使いやすいから、二つの事実しか残さなかったのかもしれない。
「もう、イイよ」
「何がだ?」
「オレたちには記憶がないから、あいつらがオレたちの親父で、オレたちを置いてったってことしかわからない。でもさ、記憶と一緒に感情だってないんだ。今オレたちが感じてること、それだけでいい」
光の気配がする。大きな二つの輝き。それが絶対に届かない場所にあると、なぜか理解していた。
「迎えにきたことがあるのかとか、どうしようもない理由があったとか、そんなの全部どうでもいいッス」
ティーダの抱きつく力が強くなる。額が押し付けられたのとは逆の肩と、身体の前を通って絡みつく腕。この体温が悪い。心地よくていつの間にか手放せなくなった。
「オレにはスコールがいるし、スコールにはオレがいるから、もう、いい」
顔を向ければ、真剣な瞳。
ティーダのように言葉にするのはひどく苦手で上手く伝えられる気がしないから、その引き結ばれた唇が少しでも緩めばいいと思って口づけた。
目を閉じて触れ合う。体温が移る前に離れれば、追いかけてきたティーダの舌がぺろりと下唇を舐めた。
「口唇、カサカサしてる」
「後でお前が舐めればいい」
「今よりもっとしていいんスか?」
「じゃないと治らないんだろ?」
舐めておけば治る、はティーダの口癖だ。それを指して言ってやれば、口元を緩めて笑った。
日に焼けた肌と明るい金髪にはそういう顔が一番だと思う。
近づく光の気配に張りつめた気がふっと緩んだ。傭兵としてあるまじきことだと思うが、悪くない。
わざとだろう、立てられた二人分の足音が迫っていた。
ティーダは楽しそうな顔から少しだけ意地悪く目を細める。きっと俺も似た顔をしているんだろう。

「あんまり遅いから、どっかでやられちゃったかと思ったッスよ。な、スコール」
「はっ!ガキが言うようになったぜ。俺様たちが簡単にやられるかっつーの」
「そうだぞー!あんな敵なんてちょちょいのちょいだ!」
「遅くなったのは途中でコイツが足攣ったからだしな」
「あ、ははは…。いやースコールに会えるなって思ったら急に。そういうお前もここ来る前に無駄に行ったり来たりしてただろ!腕組んじゃってさー」
緊張した、という割には軽いノリの大人二人。信用なんて絶対にしない。
ちら、とティーダに視線をやれば、頷き水よりも透き通る青い武器を取り出す。
「御託はいい。今日はどっちだ?」
「スコールが行くなら、オレだな」
重量感のある銃器を取り出し、ウィンクまで寄越してくる。
もう片方は、アシストに回ることを了承した意志表示にティーダの方を向く。
「なぁ。オレが勝ったらちゃんと座って隣で話、聞いてくれるか?」
「……さぁな」
「ガキ、お前もだぞ」
「だ、れ、が、ガキだっつーの!」
そういうところだ、と思ったが言わないでやる。
右手には馴染んだライオンハートの重み。目標を定めて一気に距離を詰める。
忌々しいことに火薬の匂いが、同じだ。
爆発音と銃撃と剣が交じり合う音。敵から目を逸らしてはいけない。だからずっと、アンタの俺とは違う翠の目を見てる。
振りかぶった剣をマシンガンで受け止められて、飛ばされた。
チっと舌打ちする間に銃口を向けられる。右太ももに被弾。だがかすっただけだ、まだ動ける。
「ティーダ!」
「まかせろ!」
ティーダが懐に飛び込んでいく。銃口は俺から逸れ、その間に体勢を立て直す。大剣のオブジェの前では更に一人が増え、混戦状態。ティーダの脇腹から血が出ているのが見えた。
そろそろ、限界か。
ギミックを利用して静かに混戦の中に滑り込む。俺を認めたティーダが高く飛んだ瞬間、ライオンハートで円を描いた。
「弾けろ!!」
爆発音に混ざって低い呻き声が重なった。
硝煙が晴れれば、片膝をつき武器を向ける大人が二人。きちんと攻撃を避けたティーダは剣を構え、俺の前で低い姿勢を取る。
お互いに余力はある。
けれどこれ以上は、戦わない。
「あーあ。今日も話、できないのか」
「ま、仕方ねぇな。次は俺様が行くさ」
先に武器を消すのも話かけるのも向こう。
目に見えてわかるように肩を落とす仕草をするのはいつものことで、戦わなかった方が次を持ち出すのも変わりない。
だから俺たちもいつもと同じ言葉を返す。
「そんな日が来るとは思えないな」
「同感ッス。次に会ったら、叩きのめしてやる!」
武器を携えたまま、すぐに背を向ける。
きっといつも通りに声をかけられるのだろう。でもそれに返事をすることは絶対にない。足早に立ち去るのは逃げているみたいで嫌で、殊更ゆっくり歩くように心がけてフィールドの出口へと向かった。
「ちゃんとポーション使えよ〜スコール〜」
「痛い痛いって泣くんじゃねぇぞ、ガキ」
今日もまた、懲りずに同じ言葉。
嫌でも耳に入る言葉を聞いて、抜けたフィールドの先が帰るべき場所。混沌の領域。





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