01.あなたのために


神聖ブリタニア帝国。
母国、日本を属領にした帝国に、枢木スザクは初めて降り立った。
蔑む眼差し、自分とは違う肌の色。
覚悟していたことだ。所詮自分は贄。帝国に、服従を示すための。
ここで為すべきことは、ブリタニアへの忠誠心を示すことと出来うる限りの地位の向上。
誰の下に配属されようが、母国のためなら、どんなことでも耐えてみせる。



ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの機嫌はすこぶる悪かった。
こぢんまりとした趣味の良い概観と可憐に咲く花々に囲まれたアリエスの離宮は、彼が憎む帝国からしばし隔絶してくれる城だったが、その中に居てさえ、この機嫌の悪さ。
理由は、そう。本日付でルルーシュの騎士候補として配属される、部外者の存在。
いや、騎士候補に罪はないことはわかっている。
許せないのは、有無をいわさずここに配属した、皇帝。
騎士候補のデータも何も与えず、時間だけを指定してきた。
そもそも、彼の皇位継承順位から考えても騎士など必要はない。己の本性も知性も見せず、ひっそりと暮らしてきたのだから。
ルルーシュにとって必要なのは、妹を守るだけの力。
心身に傷を負う彼女には既に皇位継承権はなく、治療に専念する日々である。
アッシュフォード家が後見に立ってくれたおかげで、この小さな離宮で暮らすのに何の不便もない。
だからそう、この毎日を脅かす存在など必要ないのだ。



「ルルーシュ様、お時間です」
やんわりと告げるのは、妹付きのメイドである咲世子。ブリタニアには珍しい、日本人である。
「あぁ」
この離宮に仕える者は極僅か。声がすればすぐにわかる。
軍人、というよりは武人という表現が近いであろう足音が、近づいてくる。
「失礼致します。騎士候補殿をお連れしました」
聞きなれたメイドの声に諾を返す。
「失礼します」

現れたのは、栗色の髪を跳ねさせた、少年。

室内にいたのは、黒い髪に鋭い紫電を発する、少年。



跪くことを許さず、スザクの主となるルルーシュは椅子を勧めた。
曰く、まだ何も決まっていないのだから、跪く必要はないと。
何も決まっていないと言われて抱いたのは、不安だけではなかった。
「枢木スザクです」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
持たされた書類を渡せば、ルルーシュはスザクに紅茶を勧めて文字を追い始める。
ルルーシュの後ろに立つ女性を見て、スザクは思わず口を開きかけるが、寸でのところで閉ざすことに成功した。
何を聞くつもりだった?日本人ですか?イレブンですか?
スザクの疑問を悟ったように、ルルーシュは後ろに立つメイドに目配せを一つ。
軽くお辞儀をルルーシュにしてから、彼女は口を開いた。
「私はルルーシュ様の妹君、ナナリー様にお仕えしている、咲世子と申します。スザク様と同じ、日本人です」
「にほん、じん」
「はい」
その言葉はタブーのはずだ。ましてや王族の前でなど。それなのに彼女は誇らしげに笑顔を見せて頷いた。
主は何も言わずただ書類をその細く長い指で捲っている。

「スザク」
初めて呼ばれる己の名に、何故か背筋を走るモノ。
「はっ」
その淡い朱を引いた唇から紡がれる言葉は、しかしスザクの予想外のものであった。

「しばらく我慢してくれ。いずれは、第2皇女か第2皇子に推薦してやれるだろうから」

頭の中が真っ白になって咄嗟に言葉を返せない。
自分は彼の騎士候補のはずだ。

「俺の皇位継承権は17位。お前が望みを果たすには地位が低すぎる。見たところ、身体能力、ナイトメアの操作共にトップクラスだ。ここでブリタニアについて学べば、もっと皇位継承順位の高い皇族の下につける」
「お待ち下さい!それは、あなたには自分は必要ないということですか」
まだ、スザクがルルーシュの人となりがわからない。しかしそれでも、自分が仕えるのはこの人だったはずだと、頭のどこかで誰かが叫んでいる。
それなのに、彼は哀れむように言うのだ。
「お前は日本のためにブリタニアに忠誠を誓うのだろう?そして日本のために出来るだけ日本に影響を持つ皇族の下につきたいはずだ。それも、なるべく進言が出来るような地位にまで上って。そのためには、俺じゃない方がいい」
そう、間違っていない。間違っていないのだ。自分は確かにそう決意して海を越えた。
しかし、ならば。
「ならば、あなたの騎士は」
「俺に騎士など必要ない」
「なぜ」
重ねたスザクにルルーシュは酷薄な笑みを浮かべる。
「興味がないからさ。皇位に」
目を瞠ってしまったのは、ブリタニアの皇族は全て皇位を狙っていると思っていたから。
「俺は母を亡くした。つまり、後ろ盾が少ないのさ。いや、ほとんどないと言っていい。そんな状態で出しゃばってみろ。ことわざにもあるだろう?『出る杭は打たれる』。俺はこの離宮が守れればそれでいい」
後ろに立つ咲世子が、哀しそうな顔をしている。
その細い身体で、今までずっとこのお城を守ってきたのだろうか。

日本を発つ時に立てた決意は嘘じゃない。
だけどそれでも。
この精一杯手を広げて何か大切なものを守ろうとしている人を、守りたいと思ってしまった。
こんな、自分のために己を卑下してまで他所を勧めてくれる優しい人を。

だから静かに席を立って、僅かに跳ねた彼の肩を見ないふりして、見よう見まねで跪く。
誓いの言葉など教えてもらっていないし、何より自分はまだ騎士候補ですらない。
思ったまま、言葉を。

「どうか自分を、あなたの騎士候補として下さい」
あなたのために、この身を。





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