02.器用ではないけれど


「はじめまして、スザクさん」
車椅子に身をおさめた少女は、スザクに優しく微笑んだ。



アリエスの離宮。
スザクがここに身を置いて、1日。
部屋はまだ決まっておらず、客室で一夜を過ごした。
候補とはいえ、騎士たる自分が客室など、と遠慮したが、廊下で寝かせる気も自室に入れる気もないと告げられた。
そもそもスザクは騎士と言われてもその仕事内容がわからない。
護衛、という認識をしていたのだ。だから廊下でも構わないと返せば、いいから客室で寝ろ命令だと押し切られる始末。
彼が多分の呆れを含んだ目をしていたのは、勘違いではないだろう。
理由を問うこともできず、スザクが言えたのは覚えたての一言。
「イエスユアハイネス」

一夜明けた今日、身支度を整えたスザクの部屋をノックしたのは一人のメイド。
「おはようございます、スザク様。朝食の準備が出来ました」
「…は、い?」
「ご支度はまだでしたか?ルルーシュ様が、この時間ならば大丈夫だろうとおっしゃっていたのですが。失礼致しました」
「いえ、大丈夫です!」
慌てて扉を開ければ、にこりと笑顔をくれるメイド。もちろん、ブリタニア人だ。
「あの、僕は」
「アリエスの離宮に勤める者として、スザク様に一言だけ、言わせていただきたいことがあります」
有無を言わさぬ強い口調。
「私共アリエスの使用人は、他の離宮に比べて人数がとても少ないです。私共はこの離宮に仕えることを誇りとしています。ですから、候補といえどもルルーシュ様の騎士となったスザク様には、どうしても言っておかなければならないのです」

「ルルーシュ様を、ルルーシュ様が大切にするものを傷つけた時は、私共は貴方を決して許しません。しかしルルーシュ様を思って何か行動される時は、私共は貴方の味方となりましょう」

「夢にもお忘れなさいませぬよう」

笑みは、壮絶。
ゾクりと背筋を這うのは、狂気とも呼べる忠義にあてられたから?
「この離宮は、ルルーシュ様のお城なのです。私共が守るべきお城なのです」
あぁ、僕の主はとても大切にされているんだ。
大切なお城を守るために、彼はどれだけ傷ついてきたのだろう。
「僕は、ルルーシュ様を守りたいと、そう思いました」
本心を告げれば、彼女は安心したように笑みを柔らかなものへと変える。
「何かわからないことがありましたら聞いて下さい。その言葉が真実である限り、この離宮に仕える者は貴方とともにあります」
「僕が、イレブンでもですか」
「この離宮では、ナンバーズとブリタニア人の違いは国籍だけです。貴方は日本人でしょう?そのように母国を貶める言い方は、ここではしなくていいのですよ」
なぜならここは、ルルーシュ様のお城だから。
「さぁ、朝食の席へ。ルルーシュ様がお待ちです」



朝日の中見るルルーシュは、スザクの目には一枚の絵画のように映った。
中庭に面したダイニングルームは、たくさんの光が降り注いでいて、優雅に足を組んでいるルルーシュを包み込んでいるかのよう。
傾けるカップに注がれていたその視線は、スザクが現れたことに気づきゆっくりと彼を射抜く。
日本人のような烏の濡れ羽色をした髪は少し跳ねている。日本人ではない紫の瞳は細められてこちらを見ている。
言葉を発しなければと思うのに、喉がひっついて頭が真っ白になって何を言えばいいのかわからない。
「おはよう、ございます」
そう口に出せた自分を褒めてやりたい。
「おはよう」
あっさりと返す彼に、早く慣れなければ。
目があっただけで失語症に陥るなんて、先が思いやられる。
昨日はちゃんと話せたのに。

席につけば食事がタイミングよく運ばれてくる。
「テーブルマナー、実地で教えてやるから、俺の食べ方見て覚えろ」
先ずはフォークの綺麗な持ち方。
食事の出される順番。
上品に見える食べ方。
鏡を見ているかのように、正確に反転させる。
スザクに反問の余地なんて与えずに。
「呑み込みが早いな。食事は毎回、今のようにしてとるから」
食後のコーヒーを飲みながら、一方的にルルーシュはそう告げた。
「あの」
「なんだ」
「毎回、一緒に食事ができるんですか?」
「不服か?」
「とんでもありません!ただ、自分は同じテーブルについていいと思っていなかったので」
というよりも、自分が毒見をするのだろうと思っていた。
「ここでは、いいんだよ」
ここではいいと、そう自信を持って言うために、払ったのは。
騎士候補として、自分ができることは。
「自分は、何をすればいいですか」
あなたを守るために、何ができますか。
「騎士は主によってその役目が異なる。俺は大したことはしていないからな、お前もこれといってすることはない」
「しかし」
「騎士候補が通うスクールがもうすぐ始まる。それまでに、ブリタニアのことを学んでおくんだな。成績を上げれば、引き抜かれることも多い」
「自分はっ」
昨日、騎士候補としての許しを得たと思っていた。それなのになぜ。
「自分は、貴方の騎士候補です」
「そうだな」
返ってくるのは、苦笑。
なぜ、なぜ。
「離宮内は好きに見て回っていい」
会話を続けるのを許さず、主は席を立った。
とても、優雅に。しかし繊細な仕草で。

騎士候補と言われたとき、誰が主でもいくらでも忠誠を誓ってみせようと思っていた。
どれ程蔑視を受けても、耐え切れると思っていた。
でも、これほど良くしてもらっているのに、本当に守りたいと思った主なのに。
どうして許してもらえないのだろう。
それとも信じてもらえていないのだろうか。この、忠誠を。

スザクが今できることは、離宮の中を歩くことだけだった。
構造を確認して、何があってもどこに居ても、答えられるように守れるように。
それは今はまだ、自分勝手な忠義でしかないのだけれど。



一通り構造を確認する。途中で出会ったメイド達は優しく質問に答えてくれて、自分が行けないであろう主の部屋や、鍵のかかった部屋についての説明もくれた。
その誰もが自分を騎士候補だと認識してくれていて、主がどう思っているのか余計に不安になる。
振り払いたくて、最後に向かうのは、広い中庭。
自然に少しだけ手を加えて整えている、といった感じのある中庭は、人工的ではなくてどこか懐かしく思える。
昼寝、したいかも。
ふいに肩の力が抜けてくる。緊張、していたのだと思う。それは当然のことなのだけれど。
瞬間、人の気配を感じて振り向く。
そこにいたのは、車椅子の少女。
「はじめまして、スザクさん」
瞳を閉ざしたまま少女はふわりと微笑んだ。
「貴女、は」
「ナナリーです。お兄様の騎士候補の、スザクさんですよね?」
ルルーシュ様の妹姫!
「失礼致しました。自分が枢木スザクです」
その場で慌てて跪く。
まさか妹姫自ら声をかけて下さるとは。
「こちらに、来てくれませんか?」
「はっ」
近寄って目の前に跪く。
「触れてもいいですか?」
「はい」
ナナリーが上げた手を取る。
ぴくりと動く肩。
「あ、申し訳ありません」
つい、手を取り導こうとしてしまった。
「いえ、ありがとうございます。スザクさんは驚かないんですね。こんな、変なことを言ったのに。触れやすいように、誘導してくれるつもりだったのですよね」
目が見えないのに手を伸ばすのは、きっと不安なことだと思ったのだ。
その不安は、自分には決して理解出来ることではないけれど。
「スザクさんの手は、大きいのですね。この豆は…剣ですか?」
「はい。日本では刀と言います。あの、さん付けなどしなくても」
「咲世子さんから聞いたことがあります。お兄様は、素晴らしい刀匠が鍛えた刀は、まるで美術品のようだと言っていました」
当然のように、昨日会ったメイドのこともさん付けで呼ぶ彼女の手は、自分の手と大きさを比べてみたり、豆に触れてみたりと忙しい。スザクはあっさりと呼び方について彼女に言うことをあきらめた。
「どこに、触ってみたいですか」
「そうですね、先ずは髪を」
驚かせないように、ゆっくりと小さな手を髪に触れさせる。
「やわらかい。くせっ毛ですか?」
「はい。どうやっても跳ねてしまうんです」
「お色は?」
「茶色です」
ゆっくりと下りてくる手は耳に触れ、頬へと滑る。
「おいくつですか?」
「17です」
「お兄様と同年ですね。私は14なんです。目の色は?」
「翠です」
「そうですか。…ありがとうございます」
ゆっくりと細い腕が膝の上に戻される。

「スザクさん。スザクさんはお兄様の騎士になってくれますか?」

騎士候補ではなく、騎士に。候補としてすら、認めてもらえてはいないのに。
だけど自分の気持ちは決まっている。
「なりたいと、思っています」
なぜかはわからないけれど、そう思ってしまっているのだ。

「お兄様を、守って下さいね」
お兄様は不器用だからきっとわかりづらいと思います。でも、この離宮に住めるのは、お兄様が認めた人だけなんですよ。だから、頑張って下さいね。
それと、私が今言ってたことは内緒ですよ。

幼い姫は愛らしい笑顔でそう言った。

秘密の約束。
器用ではないけれど、確かな。





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