04.手足となりて


『枢木スザクが、ルルーシュ様に仕えたいと思ったからです』

騎士候補が紡いだ言葉が何度も何度もルルーシュの頭の中で響いていた。
昨日は誤魔化した。今朝は拒否した。じゃぁ、今は?
追い返さなかったのは力がなかったから。泊めたのは遠国からやってきた彼を気遣ったから。抱きとめられた腕が温かいと思ったのは、そんなことをする人間がいなかったから。
そうやってルルーシュは自身を納得させていく。
そうでなければ、何も考えずに受け入れてしまいそうだったから。

『枢木スザクが、ルルーシュ様に仕えたいと思ったからです』

いらない、いらない。要らないんだ。
俺はそんな強い目で仕えたいなんて言われる様な人間じゃない。
知らないんだ知らないからそんなことを言えるんだ。
俺の何が気に入ったのか知らないが、そんなこと言ってみせてもブリタニアの仕組みを知ればきっとどこか他のところへ行ってしまうだろう。
知らないんだ知らないからそんなことを言えるんだ。何も、知らないから言えるんだ。
だから返事なんてしてはいけない。
受け入れたりなんてしてはいけない。
自分のものになんてしたはいけない。
だって何を言ってみせたとしてもまだ自分のものじゃないから、誰かに奪われてしまったら取り返せない。
自分の手で守れない大事なものなんていらないんだ。
だからお前だって要らない。俺はこのままで充分なんだ。変化なんて欲しくない。
ちゃんと、一人で。

ルルーシュは目をそらす。はっきりと拒絶の言葉を口にしないことからも、いらないと思う理由からも、子どもがするような口約束にすら許しを与えられないことからも。
見つめることなんて出来るわけない。
あの、あたたかな温もりが手放し難いと思ったことなんて、言えるわけない。
ずっとそのままでいたかったなんて子ども染みすぎている。
けれど離れていった温もりが他の誰かのものになるなんてことは。
考えたくもない。
ほら、もうダメだ。そんな想像をしてしまうなんて。
こうなるとわかってるから変化なんていらないんだ。俺はちゃんと一人で立っていられる。ちゃんと。



「ルルーシュ様」
木漏れ日に照らされて輝くのは栗色の髪。
木陰に隠されるのは沈んだ紫の双眼。
「あ」
スザクの呼びかけに、はっと顔を上げたルルーシュは、まるで迷子になった子どものようだとスザクに思わせた。
誰か手を引いてあげられる人はいないのだろうか。母を失い妹の手を引くばかりのこの人の、震えを押し隠した手を。
許されるならば、自分が隣を歩くのに。手を引けなくても、一緒に迷子になって、一緒に大事な妹の手を引くのに。
スザクにはそれが歯痒かった。何も出来ない自分が、何の資格もない自分が。
何よりも、彼にそんな顔をさせてしまう自分が。
だからせめて、少しでも安心させられるように、笑顔を。
「覚えておいて、下さいね」
答えが聞けないのは、つらいけれど。それよりも彼の涙すら零せない顔を見ているよりは何倍もマシ。
落ちた本の土を払って、手渡して場を辞す。今出来る、精一杯のこと。

「お兄様ーっ。そちらにいらっしゃるのですか?」
中途半端に腰を上げたスザクの耳に飛び込んできたのは、主と欲する人の大切な家族。
―――ではなく。
「伏せて!!」
叫んだ。感じる。肌がちりちりと焼け付くようだ。
知っている。これは、殺気。
取り出すWalther PPK/S 。装弾数は9。
何人いる!?
広い中庭。足音が、3、5、7人!!
ナナリーが車椅子に指を走らせ、まるでピアノを弾くかのように軽やかなタッチで何かを操作した。
噴射されるのは、煙幕。
もくもくとした灰褐色が緑の庭を覆い隠す。
その、隙間から確認できたのはくるりと背を向けた車椅子。
「お願いしますね、私の騎士様」
張り詰めた糸のような緊張感が支配しているとは思えない、落ち着いた声。ピンクのワンピースと柔らかな茶色の髪が風になびいて、隠れた。
「Yes your hiness. 騎士ならば主を守りなさい!!」
飛ばされる激。放つのはメイド用のロングスカートを翻した、騎士。
Franchi SPAS 15が火を噴く。
何時の間に!?
倒れる人型は2。
あと5!
それを横目で見ながら座り込んでいる主の腰を攫って大木を盾にした。
そう、許しを得られなくても何度でも請い続けるんだ。僕は彼の騎士になる。そう、決めたんだ。こんなところで死なせないし死んでもやらない。
飛び交う銃声。
サイレンサーなどつけていないColt S.A.Aのせいで鼓膜が破れたらどうしてくれる。
黒髪を左手で抱き込んで耳を塞いだ。
指通りの良い髪だな、なんて余計なことを考えながら、右手を伸ばした。
刀の方が、好きなんだけど。
反動は3、手ごたえは2。
Colt S.A.Aの装弾数は6。
リロードされる音は、Franchi SPAS 15のもの。
そして晴れていく視界とむせ返るような血の匂いをようやく知覚する。
銃声が、止んだ。

「邸内へ」
車椅子の車輪の音。
「失礼します」
後に続くため未だ一言も発していない主を抱き上げる。
軽い。
羽根みたい、とは言いがたいけれど、それでも同い年とは思えない程、華奢なその身。
ドアへと一直線に駆けることを避けて開かれた窓へと飛び込んだ。
血が跳ねた気がしたけれど、主につかなければどうでもいい。
きゅっと胸元を掴む手と首元に押し付けられる頭。
まるで子猫を抱いているみたいだ。
この人が、自分が守ると、決めた人。

ちゃんと、待とうと思ったのに。
押し付けるだけじゃダメなのに。
そう思うのにすべり出す言葉は止められない。
また困らせるとわかってるのに。
でも止まらないんだ、この、心が。

「ルルーシュ様。僕は、あなたの手に足になりたいんです」
囁くように耳元へ落とす言葉。

あなたの手足となりて、共に歩む許しを、どうか。





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