お姫様が恋すると、相手は同じだけの愛をくれます。
けれど私は物語のお姫様ではありませんので、恋に落ちても相手の気持ちを操れはしないのです。


三文芝居 2



私を恋に落とした軍人さんの名前は枢木スザク。
イレブン出身の名誉ブリタニア人で、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇女の護衛、のようです。
よう、という言葉がつくのは、皇族ならではの複雑さ、ということにしておいて下さい。もしルルーシュが私と同じくらい皇位継承権が上位にあれば、きっと彼はルルーシュの騎士に任命されていたのだと思います。けれど、ルルーシュはまだその権利が与えられていないので、実質は騎士であろうとも世間的には護衛なのです。
私が彼に会うためには、ルルーシュと会うしかありません。
幸い、元々ルルーシュとは年が近いことからも仲が良かったので、お互いの宮を行き来することに何の不審もありません。
だから私は色々な理由を考えてルルーシュの宮を訪れます。



今日の訪問は午後3時。
お抱えパティシェの作ったケーキを持ってアリエスの離宮へ。
ルルーシュは積極的に話すタイプではないけれど、こちらが話しかければ応えてくれます。イレブンに留学していた頃の話しは私をとても楽しませてくれますし、他の皇族とは全然違うタイプなので話しをしていても飽きません。

本日のテーマはドレスについて。

いつもはナナリー付きのメイドである咲世子さんが給仕するのですが、生憎今日はナナリーに付いてお出かけしているとのこと。
この離宮にいる人はとても少ないので、ルルーシュ付きのメイドであるシャーリーが出てくるのかと思ったら、なんとルルーシュが席を立ちました!
ルルーシュの細くて真っ白な指がティーポットを持っています。ナイフを持ってケーキを切り分けています。
私はお茶葉の場所もナイフの場所もわからないのに。
スザクはそれをサポートするかのようにお皿を差し出しています。
どれも私の宮では考えられません。
余程驚いた顔をしていたのでしょう。ルルーシュはそのきれいな紫色の目を細めて小さく笑っていました。

「私が紅茶を淹れるのがそんなに面白いか?」
「はい。ケーキを切り分けるのも」
「向こうにいた時は自分で大抵のことはしていたからな」
「すごいです」
「咲世子さんの紅茶には負けるけどね。どうぞ」

目の前に置かれたカップからはアップルティーの良い香り。
湯気の向こう。スザクも少し笑っているように見えました。

さぁ、本日のテーマはドレスについて。

「どうしてルルーシュはドレスを着ないんですの?」

これは、私がいつもここを訪れる度気になっていたこと。
私はいつもきれいなドレスを着ていますが、ルルーシュは大抵パンツ姿です。まるでお姉様のように。

「役目が違うからだよ。ユフィは姫君、私は軍人だ。コーネリアだってそうだろう?」

やはり、そう返されてしまいました。
ルルーシュはお姉様のように軍人になることを目指していると言います。でも、ルルーシュはまだ学生で軍人ではありません。
それなのに、式典以外ではいつもドレスを着ないのです。

「ルルーシュはドレスはお嫌いですか?」
「さぁ。どうだろうな。興味はない」
「ルルーシュのパーティドレス、とっても似合ってましたわ」
「ありがとう。シャーリーに伝えておこう」
「もうっ」

どうしても反応の鈍いルルーシュ。
ナナリーはいつもドレスを着ていて、ナナリーの着るドレスならばルルーシュも積極的に選ぶのに。自分のドレスはいつもシャーリー任せなんて。
ちらりとスザクを見れば、仕方ないな、といった顔。

「私は、ナナリーにはユフィのようになってもらいたいんだ。皆から愛される優しい姫に」
「・・・どうして、ルルーシュが姫ではいけないんですか?」
「保身だよ。ただの」

私にはその意味がわかりませんでした。
そこで今日のお茶会はお開き。
そして私が一番楽しみにしている時間がきます。

それは離宮の玄関ホールから車に乗るまでの、階段を12段下りて、それから1mちょっとを歩く、時間にすればほんの数分のこと。
そのお約束が始まったのは、私が邪まな理由で離宮を訪れるようになって丁度5回目のことでした。
さようならの挨拶をして、玄関の扉が閉められたその後。車に乗るまでの距離を、スザクがついてきてくれるようになったのです。
ほんの少しの時間でも、スザクと二人でお話しできる。それが私の楽しみ。お姫様らしく、階段を下りる時には彼の手に自分の手をおいて、お姫様らしいワガママで彼と学生同士のように話してみたいなんてお願いしもしました。
優しい彼は敬語は崩さないものの、その日のお茶会の話題に絡めて、私とお話ししてくれるようになりました。

「今日のドレスはコーネリア様がお選びになったものですか?」
「そうですわ。よくわかりましたね」
「コーネリア様は、ユーフェミア様に似合うドレスをよくご存知ですから」
「似合っていますか?」
「えぇ、とても」
「ありがとう」

お似合いです、なんて、御機嫌ようと同じくらいによく言われる言葉なのに、なぜでしょう。スザクに言われるとそれだけで頬が熱くなるのです。

「私、ルルーシュのドレス姿が好きなのです。小さな頃はナナリーと三人で色違いのドレスを着たこともあったのに、最近はパンツ姿ばかりだから寂しいですわ」
「それはさぞ、お可愛らしかったことでしょうね」
「はい!今度写真を持っていきましょうか?」
「是非、拝見したいです」
「今度はナナリーもいるときに伺いますね」
「えぇ。ナナリー様も楽しみになさることでしょう。」
「それでは、また」

深く一礼するスザクを車のドアが遮る。

「出して下さい」

発進音とともにゆるやかに上げられるエメラルドの瞳を見つめ、ひらひらと手を振りました。
スザクは今日も、3週間前と同じ笑顔で私を見送ってくれました。その姿がどんどん小さくなって、門を通る頃には爪の先ぐらいになってしまうまで、私は彼を見続けていました。
次に会えるのはいつでしょうか。私の予定とルルーシュの予定を合わせて、お伺いを立てて、そこでようやく日取りが決まります。
私は式典の出席が多くありますし、ルルーシュはシュナイゼルお兄様のお手伝いをしていることが多いので、なかなか予定は合いません。
次に合える日がようやく決まっても、すぐにその次の日を考えてしまいます。
なんてもどかしいんでしょう。

私が物語のお姫様なら、魔法使いが現れて望みを叶えてくれるのに。
けれど私は物語のお姫様ではありませんので、助けを待つだけではありません。
上手とはいえない作戦だって必死に立てて、恋しいあの人を手に入れる。





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