お姫様は、靴屋の息子を王子様にだってすることができるの。
お姫様を助けたら、靴屋の息子だって王子様になれるの。

待っているから、早く来て。
助けに来て、そして物語をハッピーエンドで締めましょう。


三文芝居 4



私に桃色のドレスと、ルルーシュの夜色のドレスが狭い室内で重なり合って、不思議な色合いを見せています。ルルーシュのドレス姿が久しぶりで、私は上から下まで、じっくりと観察してしまいます。
と、ルルーシュと目が合いました。
私の頭を撫でようと、伸ばされる細い指先。
はじめに頬に触れて、少し低いルルーシュの体温がじんわりと伝わるまで、そのまま何度も優しく撫でる手。くすぐったくて笑うと、今度は頭を撫でてくれました。髪形を崩さないように、繊細な手つきで、けれどどこまでも柔らかく。

「巻き込んでしまってすまない」
「大丈夫です」

身じろぎすると、床の冷たさに脚がぴくりと跳ねてしまいました。

「大丈夫?」
「怖くなんて、ありません。少しだけ、床が冷たかっただけです」

お返しに、私もルルーシュの頬に手を伸ばしました。
頭を撫でる前に頬に触れるのは、ルルーシュの癖。不思議に思って聞いたことがあります。そうしたら、いきなり手を伸ばしたら怖がられるから、先に頬に触れるんだ、と教えてくれました。
私は怖くないわ、だってルルーシュの手だもん。そう、返したと思います。けれどルルーシュは優しく笑うだけで、それ以上は何も言ってはくれませんでした。
たった一つしか違わないのに。置いてきぼりにされた気持ちだったのを覚えています。
相変わらず指通りの良い髪。長くて綺麗な髪だから結んでも十分様になると思うのに、ルルーシュは背中にただ流しているだけです。
お姫様にはならないというルルーシュ。いつか、髪も切ってしまうのでしょうか。
私は髪を切る日なんて考えられません。

「ユフィ」

私は、お姫様です。それでもただ手を振るだけのお姫様ではいたくなくて、政治のお手伝いも始めました。
でももしかしたら、ルルーシュに置いていかれたくなかっただけなのかもしれません。

「ユフィ?」

シュナイゼルお兄様を助けて、政治に関わることのできるルルーシュ。私が初めて恋した人を従えているルルーシュ。
ルルーシュのことが大好きだから、私を置いていくルルーシュは嫌い。

「ユ…」
「ルルーシュ」
「ユフィ?」
「私、スザクのことが好きです」

ルルーシュが、スザクのことをナナリーと同じように大切にしているのを知っています。 それが恋かなんて確認したくないけれど、それでもスザクに寄せている絶対の信頼や距離感で、とてもとても、大切にしていることはわかります。
わかっていても、私は。

「スザクが好きです。ルルーシュのように、スザクとずっと一緒にいたいんです。ごめんなさい。私、スザクが欲しくなってしまったんです。」

逸らさずに見つめたルルーシュのアメジストみたいな目に、私の桃色の髪が見えました。
ゆっくりと、ルルーシュは瞬き一つしてからため息をつきました。

「そんなに、アレが欲しいのか?」
「欲しいです。スザクは私を助けてくれました。少しだけ、本当に少しだけ一緒に外を見て回ってくれたんです。優しいですね。まるで映画みたいでした」
「まるで銀幕の妖精にでもなったみたいに?」
「スザクは新聞記者ではなく軍人です」
「そうだな。騎士ですらない」

肩をすくめて、おどけてみせるルルーシュ。残念そうでも、自嘲する風でもありません。
その、余裕な姿になぜか私の気がせいてしまいます。

「私、お姉様から騎士を持つように言われているんです」
「あぁ、ユフィなら必要だろうな。それで?」
「スザクが助けてくれたら、私、スザクを騎士にします」
「……皇女を助けた軍人が騎士に推薦される、か」
「何と言われても構いません。だってスザクは、私が始めて欲しいと思った人なんです」
「ならば、大人しくスザクの助けを待っているといい。そうだな……あと10分か15分か。それだけあれば十分だろう」
「………いいんですか?ルルーシュ」
「何がだ?」
「本当に、奪ってしまいますよ」
「あぁ、好きにするといい。初めてユフィが欲しいと言ったんだ」
「スザクが好きなのではないんですか!?」

…言ってしまいました!答えなんて聞きたくないのに、言って、しまいました。
わかってますわかっているから言わないで下さい!
それなのにルルーシュは、小さく笑って私の頬を優しく撫でる。

「好きだよ」

頬を撫でるルルーシュの手に、私の手を重ねました。この手がどこかへ行かないように、私の恋しい人のところへ行かないように。願いを込めて。

けれども願いは、乱暴に開けられたドアで簡単に打ち破られてしまいました。

「お待たせしました、黒の皇女様ならびにユーフェミア皇女殿下」
「ユーフェミアは関係ない。その話は、私だけ聞こう」
「もちろんです。私たちも、ユーフェミア皇女殿下に危害を加えるほど、愚かではありませんよ」
「お前達がその結論に達してくれて嬉しいよ」
「では皇女殿下も、我々に嬉しいお知らせをもたらしていただけるとありがたいのですが」
「どういう、ことですか。ルルーシュ、あの方たちは、何を」
「なに、簡単なことだよユフィ。彼らは私と取引がしたいだけさ。私たちが待たされている間、彼らは君の処遇について検討していたようなんだけどね、さっき言っていたように、危害を加えられることはないから、安心して」
「ルルーシュは?」
「交渉次第、かな。でも大丈夫。私だって、命は惜しいよ」
「ご安心を。我々のお願いさえ聞いていただければ、ひどいことはしません」
「…ね?」
「私は、一緒には」
「ごめんね、待っていて」
「そうすれば、ルルーシュは戻ってきますか?」

ルルーシュは、また私の頬を、頭を撫でて最後にキスをくれました。
嘘の上手なルルーシュは、私やナナリーには嘘をつかない代わりにこうやっていつも誤魔化すんです。
うそつきルルーシュ。もっと上手に誤魔化してくれればいいのに。

「行ってくるよ」
「いってらっしゃい。気をつけて」

だから私はいつもお姉様にするみたいに、ルルーシュを笑顔で送ることしかさせてもらえませんでした。
でも心配はしていません。ルルーシュが、あんな人たちに負けるなんて思えませんから。
ギィ、と嫌な音を立てて閉まるドア。立ち上がって、鉄格子から遠ざかるルルーシュの後ろ姿を見送りました。
大丈夫。あと少しで、スザクがきっと助けに来てくれます。そうしたら一緒に、ルルーシュを助けに行くんです。

魔法がかかるまであと10分。





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