真っ白な絵本に、甘い色をしたペンで物語を書きました。
絵本の中ではみんなみんな幸せになれます。怖い魔女も悪い竜もみんなみんな倒されます。
そしてお姫様は王子様といつまでも幸せに暮らすんです。

桃色の髪のお姫様は、夜色の髪のお姫様の軍人さんを騎士にして、幸せに暮らすの。
それが、私の物語。


三文芝居 5



ルルーシュが連れられていって、どれくらい経ったのでしょうか。時計のないこの部屋で時間はひどくゆっくりと流れています。
幸いなことに、扉の外の気配は落ち着いています。ひっきりなしに歩き回る音も怒声もなく、肌を刺すようなピリピリとした緊張感もありません。
きっと、ルルーシュが上手に交渉しているのだと思います。でもいつ何時お相手の気が変わるか知れません。
だから私はじっと耳をすませるのです。
怒声が起こらないように祈って、スザクが助けに来てくれる音を待って。静寂の中で一番大きな音は、私の心臓がはねる音。

そうして耳をすませて、どれぐらいでしょうか。何かが変わったと、私の感覚が告げました。
何でしょう。ぞくり、と背筋を何かが這うような、落ち着かない感覚です。
あたりを見回しても変化はなく、壁のしみだって動いていません。扉の外から声も足音も聞こえません。
ただ……ただ、静かでした。扉の外には見張りの方がいた気配がありました。人が呼吸する音。人がいる温度。
それが、しないような……。

キィィ

見つめていた扉が、静かに、開きました。
私は立ち上がることもできなくて、ただただ、目を見張るばかり。

「ご無事ですか?」

私の大好きな、柔らかくて温かい声が聞こえます。
私の大好きな、ブラウンのくるくると跳ねる髪が見えます。
私が少し悲しく思う、アリエスの離宮専用の軍服を着ています。

「っ!…スザク!!」

怖くなんて全然なかったのに、目の奥から熱いものがこみ上げてきて、逆らえません。
ぼやけた視界の中で、必死でスザクに向かって両手を伸ばしました。
そんな私を、スザクは優しく抱きとめてくれます。

「遅くなりました。心細い思いをさせてしまい、申し訳ありません」

軍服の胸元を乱しているであろう私の指。私の背中に回される手。こんなに近くに、男の人の体温を感じるのは初めてで、どうしていいか、わからなくなります。
その上そんなに優しく耳元で囁かれたら。
心音が耳の奥に響いて、どくどくいっています。スザクが呼吸すると、右手のあたりが上下して、私の髪が息でゆるやかに動くのまで感じられます。

「……スザク」
「はい」
「スザク」
「はい、ユーフェミア様」

「好きです。私の騎士になって下さい」

ずっと一緒にいて下さい。守って下さい。きれいな世界を一緒に見ましょう。
階段12段と1mちょっとの距離じゃ足りないんです。ずっと手を繋いでいたいんです。
目を見て言った言葉。はじめて私が欲しいと思ったものを、手に入れるための言葉。
スザクは少し困った顔。覚悟していても、わかりきっていても、少し悲しいです。

「私は、スザクを騎士にしてずっと一緒にいたいんです。そのためなら、私は何だってします」
「それは、どういうことでしょう?」
「スザクは私を助けてくれました。それを理由に、スザクを引き抜きます。ずるいことはわかってます。でも、公の場で宣言すれば、スザクは断れません」
「そうですね、ルルーシュ様にそれを止める力はありませんし、自分に拒否権はありません」
「ですから」
「しかし、ユーフェミア様」
「…何でしょう」
「ユーフェミア様のお言葉は、自分には勿体無いお話です。それに、ユーフェミア様はそのような方法で手に入れたもので、満足なさるのでしょうか」
「スザクに好きになってもらえるように努力します。ずっと一緒にいて、いつか絶対に、私を一番に思ってもらえるようにします」

無茶なんかじゃありません。絶対に、スザクに好きになってもらうんです。
強い思いで、スザクのエメラルド色した目を見つめました。
イエス、ユアハイネス。それ以外は聞く気はありません。

「ユーフェミア様。自分の一番はルルーシュ様で、二番目にナナリー様。それ以外はつくらないことにしているんです」
「聞きません」
「困りましたね。ですが、あまり悠長にしている暇もないんです」

だったらはやく、イエスと言えばいいんです。

「僕のお姫様はね、ユーフェミア様。おとなしく守られてくれないから、僕が走って追いついて、一緒に戦わないといけないんだ。…あぁ、ちょっと違うかな。それより一歩でも二歩でも前に出て、お姫様が後ろで座って命令できるようにしないといけないんだよ」

聞きたくない。聞きたくないんですイエスの答え以外。
そんなに甘い声で嬉しそうに語らないで。私の知らない笑顔なんて見せないで。

「ごめんねユフィ。僕のお姫様はルルーシュなんだ」

いじわるいじわるいじわる。何度もユフィと呼んでとお願いしたのに聞いてくれなかったでしょう。それを今、呼ぶなんて。

「僕はユフィを助けてあげられない。ほら、足音がするでしょう?コーネリア様の部下だよ。ユフィを助けに来たんだ」

聞こえない聞こえない。私ができたことは、いやいやをする子どものように頭を振るばかり。
行かないで、置いてかないで、ルルーシュのところに行かないで。ルルーシュを連れてかないで。ひとりにしないで。
助けて欲しかったのは、スザクになのに。

「ごめんなさい」

子どもをあやすみたいに、とんとんと軽く背中をたたかれて、スザクは立ち上がってしまいました。私は握っていた軍服を放さないように力を込めたのに、スザクの指が一本一本丁寧に私の指を外していってしまいます。
外聞なんて気にしないで、私のものになりなさいと大声で泣きわめきたかったのに。

「ユーフェミア様!」
「ご無事ですか!?」

私はお姫様だから、コーネリアお姉様の妹だから、見知った軍人さんの顔を見た途端、声は出なくなってしまいました。
でも涙は止まらなくて、顔を見せないように肩を抱いてうつむきました。
私はお姫様ですから、みっともなく軍服の裾を掴んでそれでも好きなんですと伝えることなど、できはしないのです。

「お怪我はありませんが、怖い思いをされたようで」
「ユーフェミア様は我々が。君はルルーシュ様を」
「はい、ありがとうございます」

どこか遠くで聞こえる会話。走り出し遠ざかる足音。耳になじんだ、お姉様のものの声が私をそっと立ち上がらせる。
そして鉄格子の嵌められた扉は、私の涙だけを残して、閉ざされたのです。

私の思いは涙と一緒に流れることはできずに燻ったまま。
エンドマークをつけられぬまま、魔法使いが現れるのを待っています。





≫ Another story








inserted by FC2 system