お姫様が恋をした王子様は、本当は魔女の下僕だったのです。


三文芝居。の、舞台裏(前)



「行ってくるよ」

冷たい、うちっぱなしのコンクリートの上に桃色のドレスを広げるユフィにそう告げた。こんな粗雑な扱いを受けることは初めてだろうに、涙も見せずに健気に微笑む彼女を愛おしく思う。

「いってらっしゃい。気をつけて」

ばたん、と扉は音を立てて閉められた。扉の前に残るのは、黒い大きな鞄と男が2人。鞄からは黒い棒が3本まとめられたまま飛び出している。けれど、それらは役目を果たすことはないだろう。
魔法が解けるまで、あと10分。
その瞬間が楽しみで、思わず頬が緩みそうになる。前後を体格の良い男達に囲まれていても、私が考えるのはそんなこと。その不謹慎さがまた可笑しくて、下唇をかんで笑いを堪えた。

「どうぞお入り下さい、皇女殿下」
「あぁ」

拘束されていた部屋から階段を上り、突き当りの部屋が「話し合い」の場だった。耳障りな音を立てて開く扉は先ほどと変わりない。まぁ、使われなくなって久しい昔の皇妃の離宮、それも召使用の宿泊施設ならばこんなものなのかもしれないが。急遽執り行われた「誘拐」の監禁場所として、目の付け所は悪くない。
室内のつくりは拘束されていた部屋とほぼ同じ。古ぼけた深紅の絨毯が敷かれているところがいっそ哀れだ。
ばたん、と代わり映えのしない音を立てて扉が閉ざされる。あぁ、わざと音を立てているのか。表情の変わらない私を見て、不愉快そうに眉根を寄せられなければ気づかないところだった。

「ようこそ、黒の皇女様」

およそ交渉役には向かない男だ。だが、悪くない。やはり餌が良いと釣れる獲物が違うな。
満足してスカートの裾をつまむ。完璧なカーティシーは淑女のマナー、と躾用の定規を手放さない教師に耳にたこができるぐらい繰り返し言われ、身につけた挨拶は100点。恐ろしかったが、おかげで私も母上も行儀作法は完璧だ。笑顔をつけて相手の鼻っぱしらをへし折れれば、プラス50点。といつもと同じ顔で言われたときは、さすがに乗せてる猫が一匹逃げてしまったが。

「おまねきいただき、光栄です。ヒューイ公爵………の、代理の方」

私のカーティシーは常に150点。

「………おっしゃる意味がわかりませんな」
「ご冗談を。本日は私に、ヒューイ公爵のお言葉を伝えるためにお招き下さったのでしょう?」

室内にいる敵は4人。後ろの一人の動揺する顔が見れなくて残念だが、顔を見合わせている様子だけはよくわかる。

「椅子を、すすめては下さいませんの?手短に済むお話ではないでしょう?」
「これは、失礼を」

左の男が慌しく椅子を持ってくる。準備が悪いが、誘拐犯ならばこの程度だろう。
ドレスを皺にならないように調えて、腰掛ける。

「ありがとうござます。では、本題に入りましょうか?シュナイゼル殿下がエリア9で進めている、薬物の取り締まり強化について」
「―――っ!!」
「ヒューイ公爵は良い薬剤師と医師をお抱えでいらっしゃいますのね。リフレインとは異なる新たな薬物―スカイ・ハイ―というのでしょう?シュナイゼル殿下も感嘆しておいででしたわ」

おかげでエリア9は上流階級から崩れ落ちそうだ。折角病院と学校の整備が整ったところだったのに。たちの悪いことに、子息が薬漬け。子どもを捕まえて親を言いなりにするなんて、古い手だと思うが効果は絶大だった。
おかげでただの取り締まりでは解決に至らず、兄様自ら執り行わなければならなくなったのだ。専門医の手配に病院の新設、能力のある者の子息に限って重度の患者なのだから頭が痛い。
みなヒューイの言いなりで、金も物も、スカイ・ハイのためにあの男に集中していく。

「それで、私にどのようなお話でしょう?」

最低だ。
だがいくら兄様が先頭に立って取り締まりを行っても、トカゲの尻尾切りになってしまっては意味がない。

「さすが黒の皇女。よくご存知で」
「とんでもないことですわ。私はヒューイ公爵の片腕であろう、あなたのお名前さえ存知あげていないのですから。シュナイゼル殿下の下にあった写真で、お顔を拝見したばかりですもの」
「これは失礼を。ラッセン・ヴォルフと申します」

本当は片腕よりも尻尾に近い男だが、トカゲの一部には変わりない。画像と音声データは衛星を介して兄様の元へ飛ばしているから、十分な証拠になるだろう。カメラを埋め込んだ石がアクセサリーとして目立たないようにドレスにしたのだから、役立ってもらわなければ損だ。

「ユーフェミア皇女が心配しますから、ご用件を伺いましょう」
「何、話すほどのことでもありませんよ。アレを」

右にいた男がアタッシュケースを机に乗せる。
ガコンっと音を立てて開かれた中には、薄青色の液体と入ったカプセルと注射器。
交渉役ではないとは思ったが、本当に話す気がなかったらしい。

「気持ちよく、飛べますよ」

カプセルが注射器にセットされる。
後ろの男が私の腕を掴み、乱暴に後ろ手に固定する。左の男は私の前に膝をつき、足を押さえた。どこに打つ気なんだか。
ピュ、と針の先から空を飛ばして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてラッセンが近づいてくる。

「ラッセン様。私を下の部屋から連れ出して、何分経ったかご存知ですか?」
「?何をおっしゃりたいのです?」
「10分、経ったようですよ?」
「だから―――」
「外が、騒がしいと思いませんか?この建物の中が静かすぎると思いませんか?予定通りならば、そろそろユーフェミア皇女の悲鳴が聞こえてきても良い時間ではないでしょうか」
「っ!!」

私にはスカイ・ハイを打ち兄様との交渉材料にする。ユフィには、男たちの様子からして屈辱を与えてそれを撮影したものをコーネリアー姉上に送りつけるつもりでいたのだろう。
やり口が汚すぎて反吐が出る。ユフィの方が10分持つかは賭けだったが、統率の取れた誘拐犯たちは、やはり順番を守って私にクスリを打つことを優先してくれた。

「ヒューイ公爵は私にラッセン様という配下をご紹介下さいましたので、私も自慢の犬を紹介しましょう」

12時の鐘の音の代わりにしては響きの悪い、扉の開く音が聞こえた。
目の前の男の顔が、蒼白になっていく。固まった指先から注射器が落ち、ガシャンと鳴いた。取り囲む男たちはその音で我に返り、私の犬が入ってきたドアへと向き直る。

「ルルーシュ様が護衛兵、枢木スザクと申します」
「しっしししし白き死神!?」
「馬鹿なっテロ鎮圧に向かっているはずではっ」

まるで幽霊でも見たかのような無様な声がおかしくて仕方ない。ランスロットは予定通り、予測されたテロの鎮圧活動を確かに行っている。けれど、中身を替えることなんていくらでもできるのだ。

「くそっ」
「オイ、立て!!」
「―――――っう」

罠に嵌められたのは自分たちだと、ようやく気づいた男たちがとる手段はまるで台本通り。
乱暴に腕を取られ、頭に堅い金属があてられる。

「ルルーシュ様」

数時間ぶりに見るスザクの瞳は、緑が焔に燃えていた。いつもの柔らかく温かな色も好きだけれど、この怒りを隠さない瞳もとても好きだ。
私に触れる男たちを殺したいほど憎む瞳がたまらない。
興奮で頬が染まりそうだ。

「スザク、殺すなよ?」

愉しくて仕方ない。久しぶりに間近でスザクが舞う姿が見れるのだ。笑みがこぼれてしまうのも、声が皇女様の声でなくなるのも、仕方ない。
頭には相変わらず銃が突きつけられているけれど、スザクが目の前に居るから恐れることなど何もない。

「ならば我が姫、ご命令を」

周りの男が銃を構える。それでもスザクは変わらず童顔に爽やかな笑みすら浮かべ、私の言葉を待っている。
既に気圧されている男3人なんて、スザクの敵ではない。私はオヒメサマらしく、ただスザクの手を待っているだけで良い。

「枢木スザク。第3皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア並びに第4皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアをを拉致・監禁した罪により、この者たちを捉えよ」
「イエス・ユアハイネス」





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