返品不可 後


ルルーシュの誕生日まで一週間。

結局あの日から僕のモチベーションは上昇せず、今日は気分転換という名目で強制的に休みをとらされた。眼鏡の奥の目が、早く戻さないと吊るすぞと語っていたのは正直怖かった。ついでに言うと、隣の女性の後ろには般若が見えた。屋上からノーローブバンジーでもさせられるんじゃないかというオーラだ。いや、いくら僕でも死にますよ、多分。
そんなことを思い出しながら重い足取りでクラスに向かえば、生憎とルルーシュは休みだという。残念さと安堵の割合は7対3くらい。複雑な僕の笑顔を見えないナナリーは、穏やかな声で僕をお茶に誘い出した。

クラブハウスのテラスは緑が多く見えて目に優しい。ちょっとしたカフェみたいだなんて思いながら、傍に控えている女性がいれてくれた紅茶を一口。紅茶のおいしさは僕にはよくわからないけれど、少し苦くて香り高かった。
「スザクさん。お仕事、大変なんですか?」
「?どうしたの、突然」
「なんだかとても……苦しそうに感じたので」
僕の何をもってそうとわかるのだろう。うん。苦しいよ、すごく苦しい。
「ナナリーはすごいね」
「ふふ。お兄様が言っていたでしょう?私は魔法が使えるんですよ」
楽しそうに笑って、歪な形のマーブルクッキーを一つ。
多分ナナリーが作ったんだろう。ルルーシュを幸せにする、魔法の一つ。
「伺っても?」
「う〜ん。仕事もね、ちょっとはあるんだけど。でも原因はルルーシュなんだ」
「お兄様が?」
ルルーシュがゼロかもしれないんだ。ルールを破って、混乱させて、たくさん殺してるかもしれないんだ。
「……っ、もうすぐ、誕生日でしょ?だから、どうしようかなって」
「お祝い、してくださるんですか?」
本当はまだ迷ってる。段々、何に迷ってるんだかわからないくらい混乱してきて苦しいんだ。
「助けてよ、ナナリー」
そう言うと、ナナリーはとても驚いたようにぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
「ナナリー?」
「あっすみません。私、驚いて」
「?」
「だって、スザクさんが助けてだなんて」
「そんなに変かなぁ?」
ナナリーは小さく笑むだけで答えなかった。
「ナナリーはルルーシュの欲しいものとか喜びそうなものとか、わかる?ルルーシュに聞くと、ナナリーが笑っていればいいとか言いそうで聞けないんだ」
「お兄様の言いそうなことですね。でも、お兄様は本当に私が欲しいものなんて聞いてくれないんですよ」
棘が、刺さった気がした。チクリと、小さいけれど痛い棘。
いつもなら少し困ったような、まるで姉のような微笑を浮かべているはずなのに、ナナリーはわらっていなかった。悲しんでも怒ってもいなかった。まるで裁判官のように冷静に、ルルーシュの独善さを断じているように見えた。
自分の唾を飲み込む音がやけに大きい。
「――――ナナリー、は、何がほしいの」
ナナリーは微笑む。まるで先生が生徒に諭すように。

「私の欲しいものは、あの夏の日から変わりません」
その日は、僕らが出会った日だろうか。それとも別れた日だろうか。
「明日を恐れなくても良い世界。お兄様が笑っている世界。右手にお兄様、左手にスザクさん。真っ赤な血の匂いも、人が焼ける匂いも、銃の音も聞こえない世界。お兄様と似ているようで違うのは、私のためを思うとき、お兄様は勝手に一人で銃を手に取り走り出してしまうところです」
例えばゼロのように?血を分けた兄にすら銃を取れると?
交互の思う浮かぶ7年前のルルーシュと、今のルルーシュと、ゼロの仮面。ナナリーの言葉が頭にガンガン響く。
「ねぇスザクさん。どうして世界はこんなにも広く、人が多いのでしょう?私はお兄様がいればいいのに」
ぽつり、と小さく言葉を落とすと、後ろに立つ女性にごめなんさいと許しを請うた。
「小さい頃は、本当にそう思っていたんですよ。スザクさんに会う前まで、お母様が死んでしまってから、私の世界にはお兄様しか必要ではなかったんです。でもスザクさん、スザクさんに会ってから、世界にスザクさんが増えても良いと、そう思ったんですよ。許すことができるって、本当にそう思ったんですよ、7年前は」

じゃあ今は?何て聞けるわけない。
よく覚えていないけれど、僕は多分お礼を言って家に戻ったんだと思う。翌朝カレンダーを見てみれば、はみ出してよれた斜線が引いてあったから。




ルルーシュの誕生日まであと1日。

ナナリーとのお茶会から今日までずっと考えて、僕はようやく結論を出した。
ルルーシュはゼロだ。ナナリーもそれに気づいている。お茶会にルルーシュを呼ばず、休んだルルーシュについても何も言わなかった。それはきっと、なんでルルーシュがいないのか知っているからだ。

ルルーシュとゼロとの関係に、ようやく諦めがついた。
これまで必死で否定してきただけで、認めてしまえば色々なことに理由がつくのだ。
だって始めにゼロが登場したのは、僕が護送されたときだった。間近にした身体のラインはルルーシュだったじゃないか。その後だって、僕に手を伸ばした。
僕がその手を拒んだのは、ゼロがルールを守らないから。間違った過程で手に入れたものに、どんな未来があるんだろう。
でもゼロは、ルルーシュは、僕を助けた。まだあの頃日本のテロリストたちはバラバラで、黒の騎士団だってきっとなかった。あったら引き連れてくるはずだ。きっとあのとき、ルルーシュは一人だった。だからきっと、僕に手を伸ばして、でも、僕は!
僕は、ルールを守りたい。
ルルーシュは僕がゼロとの関係に気づいていないと思っている。今ルルーシュを呼び出せば、簡単にゼロを捕まえることができるだろう。
ケータイをいじれば、ルルーシュの名前は簡単に見つかる。
これを、押して、呼び出して。

ブブブブブ
「っ、うわ!」
急にケータイが振動する。電話だ。
「はいっ」
反射でボタンを押して通話にする。相手なんて見なかった。
「スザク?」
涼しげなその声は、今までずっと考え続けていた相手のもので。
「ルルーシュ!?」
「どうした?そんなに焦って。まさかとは思うが、名前も確かめずに出たのか?」
呆れた声。1ヶ月間、考え続けていたのに、1ヶ月間、会っていなかった。
「うん……なんか、勢いで出ちゃった」
「何だそれ」
馬鹿にした声。
「今日はどうしたの?」
「うん?あぁ、最近学校でもろくに会えていなかっただろ?ナナリーが、スザクの調子が悪そうだったからって言うから」
ナナリーの名前を呼ぶときの優しい声。
「―――うん、ちょっと疲れてて」
「!?本当なのか…?お前が?」
驚いた声。
「ひどいなぁ。いくら僕が体力あるって言っても、ちゃんと人間だよ?」
「日ごろの行いを振り返るんだな。……それで、ちゃんと食べて寝てるんだろうな?何か持っていってやろうか?」
僕を心配する声。
この声は、ゼロを捕まえたら二度と聞けなくなる。
馬鹿みたいだ。
「ありがとう。でも今日はもう遅いから、明日。明日がいいな」
「明日?」
「うん。君の家に行くから、ごちそういっぱい作って待っててよ」
「それはいいが…何時に来るんだ?」
「うーん……7時。絶対に7時に行く」
「わかった。お前の好きそうなもの作って待っててやる。遅刻するなよ?」
「しないよ!ルルのご飯楽しみだもん。すぐに仕事終わらせて、走っていく」
「ははっ急ぎすぎて人をはねるなよ?」
「気をつける!」
「―――おい、今のは冗談だぞ」
「あはは。大丈夫、まかせて」
「………心配だ」
「ありがとう!」
「そこは礼を言うところじゃない」
「よしっ明日頑張るから、もう寝るね」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみ!」
馬鹿だ。僕は馬鹿だ。
ルルーシュがゼロだなんて、こんな1ヶ月もかけなくたってわかっていたことじゃないか。僕がルルーシュを間違えるわけない。だからあんなにもゼロが憎かった。ルールを守らず、僕の前に立ちはだかって、全てを否定するようなゼロが。僕よりも日本人らしいゼロが。
だって僕は君と手を繋いで、同じものを見ていたかったのに!
気づいたらこんなに違う場所にいて、君の手も振り払っていた。でも、まだ遅くない。ナナリーはきっと、最後のチャンスをくれたんだ。
手が届かない場所に行ってしまうなんて許さない。君の手を掴んで、引き上げて、世界を見せてあげるのは僕の役目だ。
それは誰にも譲れない。だからもう一度、僕から手を伸ばそう。

カラーペンを強く握って斜線を引いた。

明日はルルーシュの誕生日。
リボンもカードも何もないけど、許してね。
当然だけど、返品不可!





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