01.庇護者Nの計略
02.共犯者Cの悪食
03.守護者Kの制裁
04.技術者Rの僥倖
05.新参者Xの報告
























01.庇護者Nの計略


朝。瞼の裏に光を感じるけれどそれだけで私の目は開かず夜のまま。
枕元にあるケータイの側面の突起を押せば、お兄様の声で時間が告げられる。
「ゴゼン 6ジ 30フン」
私の体内時計は狂わない。
身体を起こせば、咲世子さんが洗面台を持ってきてくれる音がした。
「おはようございます、ナナリー様」
「おはようございます、咲世子さん」
カラカラと鳴る洗面台には冷たすぎない水が張られていて、顔を洗うととても気持ちがいい。
こんな朝には、楽しい計画を立てるのがお似合いだと思う。
「あと1ヶ月ですね」
「はい」
何が、なんて聞かない咲世子さんは私のことをとてもよくわかっていてくれる。

「今年の誕生日プレゼントは、もう決まっているんです」
「何になさるんですか?」
「お兄様の欲しいものです。私は駄犬は嫌いですけれど、お兄様は少しお馬鹿さんな方がかわいく思うみたいなので、そのまま差し上げようかと思います」
「犬を、ですか?」
「ええ。早くしないと主を間違えてしまいそうなので、そうなる前に捕まえたいんです」
ネグリジェを脱げば咲世子さんの手がいつもの位置に制服のブラウスを差し出してくれた。
それを受け取りボタンを一つずつとめていく。
「手伝って、下さいますよね?」
「ナナリー様の御心のままに」
当然に深くお辞儀をする様子を感じて笑みが浮かぶ。大切な私の騎士様。
「まずは部屋に仕掛けを。お兄様の誕生日に気づくか、あとは黒の存在をどれだけ勘付いているか確認したいんです。私の予測通りなら、両方とも気づくと思うのですが…お馬鹿さんの頭の中身は理解できませんので、念のためお願いしますね。予想以上のお馬鹿さんでしたら、私自身が動きます。それからお兄様との一切の接触を禁止します。少し悩んでいただきましょう。ポーンが上手く歩を進めたら、残り1週間でナイトにしてキングに献上して差し上げましょうね」
「はっ」
あぁ1ヶ月後が今から楽しみ。きっとお兄様は喜んでくれるはず。
学校が終われば私の部屋にはモニターが設置してあって、これから1ヶ月はお兄様のために駄犬の監視にかかりきりになってしまうんでしょうけど、それぐらい我慢できる。第一、もう7年も前に一度諦めたことなのだから。
お兄様が望むなら、ナナリーはいいこにしていられるんです。
さぁ、ボタンを留めたブラウスの上からワンピースを着て、靴下を履いて、最後に髪を梳かしてもらえばお兄様の愛してくれるナナリー・ランペルージの出来上がり。

「では、お兄様と朝食をいただきましょうか」

あと1ヶ月、待っていてくださいね、お兄様。
ナナリーが最高の誕生日プレゼントを用意します。


[ Update : 2010.01.10 ]
























02.共犯者Cの悪食


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……どうしたルルーシュ。唯一の取り得が崩れているぞ」
運動もダメ、頭は回るが突発的事項にはてんで弱い、となると、コイツの取り得は母親譲りの美貌だけだと真剣に思う。それを考えると仮面をつけるのはむしろマイナスに思えてくるな。
そんな折角の美貌を台無しにして大声で叫んで部屋に飛び込んできたかと思えば、いつもの簡単なロックではなく対侵入者用の厳重なロックをかける。
「おい」
「あぁぁぁうるさい!」
「お前の声の方が確実に大きいだろう。男のヒステリーは手に負えないな」
「だまれ!!」
「反論もできんのかボウヤ」
これだから童貞は…とチーズくんに語りかけてみれば、ルルーシュは面白いぐらいのたうった。
ボスンと私の足元でベッドの沈む音が聞こえる。
「で、どうしたんだ?」
促してやる私はなんて優しいんだろう。これは明日ピザ2枚分多くもらわないといけないな。
「………ざく、が」
「あぁ?」
「スザク、が」
「あの幼馴染が?」

「はいルルーシュ、誕生日プレゼント。ってハートマークいっぱい飛ばして、両手広げてた」

見間違いだよな、そうだよな、だって玄関開けて出迎えた途端そう言ったんだ。だからとりあえず鍵をかけてとりあえず部屋まで戻ってきたんだ。とぶつぶつ言う声はくぐもっていてよく聞き取れない。
まぁ、なんだ。ルルーシュに同情の余地はある、と思う。
ナナリーのいう「ナイショの誕生日プレゼント計画」はどうやら成功のようだが、突発的事項に弱いコイツには衝撃が強すぎた。しかも玄関先で渡すとは。ルルーシュが散々体力馬鹿だと言っていたが、その通りだな。
口の中だけで呟いて、仕方ないのでルルーシュを慰めてやる。
「ほら、こい」
子どもがえりでもしたかのようにぐずるルルーシュの脇に手を差し込んで引っ張り上げる。
ぽすん、と私の豊満な胸にルルーシュの顔がうずまる。
女なみに手入れの行き届いた髪を撫でてやって、背中もぽんぽんと優しくたたいてやる。今日の私はとても優しいんだ!
なぜならば。

「ルルーシュ!!」

ガシャンと窓の割れる音とともに茶色が飛び込んでくる。
腕の中のルルーシュは硬直して目を見開くだけ。
「………ルルーシュ。ナニ、してるのかな?」
「あ、いや」
侵入者の目は嫉妬に燃えているが、コイツの頭には私を見られたことをどう誤魔化すかしか頭にないぞ。愚か者どもめ。
笑い出したくなるのを必死でこらえて、シャツ一枚の胸元がよく見えるように体勢を変えてかわいらしく微笑む。
「ルルーシュ。お誕生日おめでとう」
とびっきり甘ったるい声を作って、前髪をかきあげて露になる額にキスをした。
続けて容量オーバーでぱくぱくと口を開閉するしかできないルルーシュのそれにも近づける、が。
「ほえあ!?」
残念ながらさらわれてしまって、ベッドの端と端に離れ離れ。チーズくんを抱っこして、対岸の修羅場を観賞する。

「で、アレは君のナニかな?ルルーシュ。誕生日プレゼントほっておいてまで優先したいぐらい大切なのかな?君の大事なモノって僕とナナリーだけだと思ってたんだけど?」
「いや、それは」
「ねぇルルーシュ。ちゃんと紹介してくれるよね?」

凄みのある笑顔でルルーシュに迫る男。さてこの後どうなるんだか。
どちらにせよ、馬鹿らしくて犬も食わない喧嘩も誤解も何もかも、キスでもしてとっとと終わらせて、私にピザを持ってこい。


[ Update : 2010.01.30 ]
























03.守護者Kの制裁


いつもの昼下がり、学校をサボって紅蓮の起動テストをしていた私になぜか不幸が舞い降りた。そういえば今日の占い、下から2番目だった。突然トラブルが起こる可能性があります。落ち着いて対処しましょう。ラッキーアイテムはピンクのポーチだった。不幸を軽減してくれないのは、ナイフつきだから?
そう、不幸な上にトラブル以外の何者でもない。

「もう一度、言ってくれるかしら?ゼロ」
口の端がひくつくのがわかる。いや本当に、なに考えてんのよアンタは!
「い…いや、だから、その」
「聞かなかったことにして、いいわよね?」
普段の自信に満ちて私たちを導く男は、わかりやすく肩をびくつかせてもごもごと口の中で言い訳してる。
本当に聞きたくないし見たくもない!

「今日から僕がゼロの隣にいるから。よろしくね、カレンさん」
まさか君があの赤いのに乗ってるとは思わなかったなぁなんて能天気な声を出してあまつさえ右手を差し出してくる馬鹿なんて。
「カレン……その、白兜のパイトロットだ、…った、やつが、寝返るって」
言って聞かない、と続けられた言葉はか細くて思わずぎゅって抱きしめたくなった。
かわいそうに、混乱してるのね。白兜が寝返るなんて信じられないわよね。
ぐい、とゼロの細い腕をとって背後に隠す。馬鹿との距離は3歩。どこにキめてやろうかしら。
「枢木スザクは白兜のパイロットだったけど、寝返って黒の騎士団入りするって言いたいの?」
「うん」
「ってゆーか、アンタ散々ゼロのこと悪し様に言ってなかったっけ?」
「色々吹っ切れたんだよね。それに近くにいた方が、何かしでかそうとしたら止められるでしょ?」
にこにこ、とあの虫も殺さなそうな顔してよく言う。その顔、水張ったバケツにありんこ落として笑ってるのと同じだって鏡を見せてやりたい。
だってさっき取った手はかすかに震えてた。今まで散々ゼロを傷つけて、ルルーシュの一番近くにいながら何もわかってなかったくせに!
「アンタ邪魔なのよ。とっても邪魔。いらないわ。ゼロのためを思うなら、軍をやめて良い子に学校通ってなさい」
緑色の目が急に鋭さを増した。それがアンタの本性なんでしょ。ゼロは、ルルーシュはきっと認められないだろうけど。
だから、そうやって優しくてかわいそうなルルーシュは。
「ゼロは私が守るし、ゼロの望みは私が叶えるから、アンタはいらない」

正直言って、殴られるかと思った。殴りたいのは私だけど。
けれどアイツは、一瞬だけ緑色した目を妖しく光らせただけで槍を収め、深呼吸を一つした。
「君が僕を嫌うのは仕方ないと思う。実際散々ゼロの悪口言ってたし。でもね、これから先、コーネリア殿下にケンカ売って、君だけでゼロを守りきれるって本当に思ってる?」
それは、まるで冷水を浴びせられた気分。
ゼロは前線に出たがるけど、やっぱり指揮官タイプだからKMFの操作は…良く言っても中の上。正直一対一でグラストンナイツなんかと戦わせられない。
一番槍の私がゼロの近くにいない時だって多くて、そんなときにゼロの近くに敵がいたらすごく不安になると思う。
そう、守る手は多いほうがいいんだってわかってる。でも認めたくないのは、きっと。
「カレン」
私を呼ぶこの人がコイツを頼りに思ってて、きっと今、戸惑いながらも夢みたいだって、突然の幸運を疑ってるような状態なんだろうってわかるから。
「ゼロ、本気でコイツを使おうって思ってますか」
「………あぁ。一度言い出したら、聞かないから」
そこで一旦言葉を区切った。
「いや、そうじゃなくて…。私は、カレンと枢木がいれば、コーネリアを捉えられると思っているよ」
はっきりとした、落ち着いた声。私を安心させてくれる王様の声。

ルルーシュは最初から傷つくだけでスザクに怒ってなんかなかったね。スザクはアイツのわけのわからないルールを吹っ切ったって言ってたけど、ルルーシュも少しは吹っ切れたのかしら?
正直に言えば私はスザクの言動を許しがたいけど、いいよ。あなたが許すなら私だって許してあげられる。
後ろで緊張気味に私の様子を伺うゼロのために、右手を差し出した。
しょうがないじゃない。ゼロを守れてルルーシュがそれで幸せなら、私は譲るしかなんだから。
ほっとしたようにアイツも右手を差し出して、堅く握り合った、瞬間。思いっきり右手を引くと同時に右足で腹部を蹴り飛ばした。

ドガッ!!

あぁ…なんて気持ちいい音!
蹴り飛ばした瞬間に手を離したから、学生服は1m先で蹲ってぴくぴくしてる。
今までの鬱憤はこんなんじゃ晴れないけど、ゼロが望むからこれで収めてあげよう。ゼロのためなら寛容にもなれるのよ。
満足して振り返った先のゼロは、仮面ごしでもわかるほどぽかんってしてた。
だからちゃんと私を見てもらえるように両手をとって大事に握り締める。

「仕方ないから認めますけど、これからもゼロは私が一番に守りますからね!」

あとこの詳細はきっちり聞きますから、と小声で言ったら、はは…と乾いた笑いが返ってきた。
事と次第によってはもう2、3発入れてもいいかもしれないって思いました。まる。


[ Update : 2010.02.21 ]
























04.技術者Rの僥倖


いやまぁ別にいいんだけどね?僕は。ちゃんと予算もらえてパーツが揃っていて稼動実験できて実践経験させてあげてランスロットの性能向上できればさぁ。
でもね、上司に銃向けて笑顔で脅すのってヒトとしてどうなの。

「スザクくんっどうしたの!?」
セシルくんが枢木准尉に問う。悲壮そうな顔してるけど、君さっきホルスター確認してたよねぇ?
あーやだやだ。
露骨なため息がバレて睨まれた。こわいなぁ〜。
ポケットに手をつっこんだまま、とりあえず相手の要求を聞く。
「ちなみに、僕お金もってないからね〜」
「ロイドさんっ!」
「あはは。大丈夫ですよ、ロイドさん。僕が欲しいのはお金よりもっと高価なものですから!」
そう言ってからからと笑うと、右手の標準は僕達に合わせたまま、左手の銃をくるくる回して、よりにもよってランスロットのコンソールパネルに向けたのだ。
「……どういうつもりかなぁ?枢木准尉」
「こっちの方が、脅迫には有効でしょう?」
僕の大切な大切なランスロット。
ずぅっとずぅっと昔から憧れていたあの人に言った、今でもずぅっと大切に思うあの子のために造ってる子。
「要求を呑むとまず言ってください。言わなければまず操縦桿をブチ抜きます」
「っ、ロイドさん!」
彼がトチ狂ったわけでないことなんて目をみれば明らかで、ちょっと前までの魂抜けたみたいな色とは全然違う目をしてた。
あーやだやだ。
今ランスロットに乗ってくれれば、すごい数値が出せそうなのに。なんでそういうことするかなぁ。
「で、君の要求は?」

「僕と一緒に黒の騎士団に入って下さい」

「――――なぁんだ。そんなこ…」
「何を言ってるのスザクくん!?」
隣でびゅ、と風が鳴った。
「え、セシルさ…」
「スザクくん?あなたが最近何かにすごく悩んでいることは知ってたわ。でもどうしてなんで急にそんなことを言うの?しかもランスロットを盾に脅すような真似までして!とにかくきちんとわけを話して頂戴!」
フルスロットルの声は枢木准尉の目の前から聞こえてきて、彼女の身体能力の高さを伺えた。
「えーっと」
右手は銃ごとセシルくんの両手の中。さりげにトリガーも押さえてない?

「仕事や信念も大事だけど、それより恋の方が大事かなって」

きらきらイイ笑顔でイイお返事ができましたねおーめーでーとーおー。
ぴしぃ、とセシルくんの凍りつく音が聞こえそうだよ。
「そういうわけなのでセシルさん」
左手の銃が宙を舞い、その間にセシルくんの身体が返される。右手でホールド。重力に従った銃を見事にキャッチして流れる動作でこめかみにつきつける。
「僕のコンディションは騎士団にいた方が良いし、騎士団にはあの赤い機体、紅蓮っていうみたいなんですけど、アレを整備できる人員も器具も揃ってます。ランスロットの整備に不足はないと思うんで、ロイドさんはきっと了承してくれると思うんですよね。セシルさんはどうですか?できれば一緒にきてもらいたいんですけど、嫌なら置いていきます」
「…大事な人が、騎士団にいるの?」
「はい!それもトップなんですよね。だから間違ったことしないか見張るには、遠くより近くにいるほうがいいですし、何より僕が傍にいて守ってあげたいんです」
「トップ?」
「よりにもよって、ゼロなんかになってるんですよ。子どもの頃は僕に殴られて泣いてたのに。転んで涙ぐむような子だったのに。でもなんかゼロの格好してるとこを改めてテレビとかで見ると、なんか微笑ましくって。すごい可愛く思えるんですよね」
うわぁ悪趣味ィ。
セシルくんの反応をうかがえば、目があった。どうするのかなぁって思ってたら、ため息ついた後にふわっと笑った。
「………仕方ないわね」
「ん?」
「私も連れて行って?ロイドさんとスザクくん二人を騎士団に行かせるなんて、そんな危ないことできないわ」
「別に騎士団は危なくないですよ?」
「そうね。でも騎士団が危ないわ、きっと。それに、スザクくんがそこまで惚気る子の顔、見てみたくなっちゃったの」
セシルくんは相変わらず失礼だ。反論しないけどぉ。っていうか、ランスロットつきの枢木准尉懐に入れるなんてハイリスク、いくらコイビト?でもよく背負うよねぇ。
「とっても可愛いですよ!ちゃんと紹介しますね!」
「楽しみにしてるわ」
ようやく話はまとまったみたいだ。
「ねー枢木准尉。終わったならちょっとランスロット乗ってよ。反射測定したいんだよねぇ」
「あ、お待たせしました。いいですよ!結果がでたら作戦聞いてくださいね」
「ちゃんと結果が出たらね〜」
「頑張ってね、スザクくん!」




「そんなわけで、脅迫者と無事交渉できたのでした〜。」
目の前にはプルプルと小刻みに震える仮面さん。ソファの後ろには睨みを効かせる女の子。
先ほど僕らはコーネリア皇女殿下率いる部隊の後方警備として、対「日本の夜明け」戦でコンテナの中で待機していたところを黒の騎士団にピックしてもらったばかり。
しばらく移動していたけど、本拠地についたのか、赤いパイロットスーツの女の子に案内されて、ゼロのプライベートスペースに招かれた。
こうして近くで見ると、結構細いんだねぇ。
「はじめましてぇ。枢木准尉、あ、元准尉か。の、こいび……っ!すみませんすみません」
みなまで言わせず、ドスっ、と横から肘が入った。いたいよセシルくん。
「はじめまして、ゼロさん。今日からスザクくんともどもお世話になります、セシル・クルーミーです。こちらは上司のロイド・アスプルンド。不適切な言動が多く申し訳ないのですが、無視して下さって結構ですので」
相変わらずひどいなぁ。
「じゃあ僕からも。紅蓮のパイロットの紅月カレン。彼女はゼロの直属の部隊、零番隊の隊長です。ちなみに僕は隊には所属してなくて、ゼロのすぐ下についてる状態です」
紅月の隣からソファにするりと移動して、今度はゼロを紹介する。
「で、こっちがセシルさんお待ちかねの―――」
えい、という適当か掛け声とともに仮面に手がかかる。
「僕の大好きで大事なルルーシュです」
「………へ?」
「あぁぁぁアンタ何やってんのよ!?」
「何って?紹介?」
「ばっかじゃないの!?何簡単にゼロの素顔晒してんのよこのバカ!!」
白と紅がじゃれはじめる。その喧騒は僕には遠くて、露になったゼロの素顔から目が離せない。
ぱちりと大きく見開かれた紫の瞳。艶やかな黒髪と真白い肌。瞬きの度に長い睫が強調される。
「あ……」
小さく開いた唇の色は薄く、大人になりきれない少年の際どい色香があった。
「    」
口が小さく僕の名を呼ぶ。あぁ、僕は知っている。この方を忘れたことなどなかった。
す、と立ち上がり、邪魔なローテーブルを回り込んで目の前に跪く。

「再びお目にかかれる幸運に感謝します。殿下」
「覚えてたか、ロイド」
それはとてもとても小さな声で。
当然のように伸ばされた手にキスを落とすのに集中していた僕はあやうく聞き逃すところだった。
あの頃よりも大きく、長く、手袋のせいで体温を感じられない腕を引き、抱きしめた。
「あはっ!殿下だ!覚えていてくれて嬉しいですよぉ!!」
「俺もだよ、ロイド」
「あーもうほんと、ランスロットに枢木准尉が銃向けた瞬間殺そうかと思ったけど、着いてきてよかったぁ〜」
もっとちゃんと顔を見せて欲しい。両手で包んだ顔は小さくて、体温も低くて、あんな小さい子どもだったのにこんなに育っちゃって、その過程が見れなくてひどく残念だ。
大好きな瞳は水の薄い膜が表面張力を起こしてる。それがなんだかおいしそうで、思わずぺろりとなめ取った。
後ろが煩い気がするけどしーらない。

「愛してます殿下。殿下に僕の全てを捧げます」
「骨までもらうぞ、ロイド」

血の一滴まで召し上がれ。
その後白いのと紅いのと喧嘩になったのは言うまでも無い。もちろん負けなかったけど。


[ Update : 2010.04.29 ]
























05.新参者]の報告


◎ 配属初日

「ゼロ、この子がウチの新人よ」
「……あぁ、ディートハルトのところからの異動か」
つい先日まで自分はディートハルトさんの部下として情報収集・映像編集に携わっていた。ただ自分には幸運にもパイロット適性があり、よりゼロの近くでゼロを観察するため、最もゼロと接触の多い紅月隊長の下につくことになったのだ。
正直、生身のゼロを間近で見るのはこれが初めてだが、背は高くマントの上からでもその体型が痩せ型であることが予想できた。ゼロが女性だと噂が立つ理由がよくわかる。もっとも、紅月隊長の振る舞いを見ていればそんな噂は一笑に伏すことしかできないが。
不躾にならない程度に観察していると、ゼロは俺を見て大きく頷いた。
「いいセンスをもっている。鍛えて、紅月が暴走しそうになったら押さえてくれ」
「ちょっとゼロ!」
「ウチの一番槍は時々鉄砲玉になるからな」
「こっ、こないだのはしょうがないでしょ!!あの白兜がウザいんだもの!」

「おい、キャンキャンうるさいぞ。眠れないだろう」
ぬ、とゼロの真っ黒な仮面の両横から真っ白な腕が、伸びてきた。ぞくりと悪寒が走り思わず腰が引ける。
「「C.C.!?」」
真っ白な腕はそのままゼロの肩に手を落とし、ふ、と消えた。
「あ、こらC.C.!」
ゼロのマントが不自然に膨らんだかと思うと、内側から前が開かれる。白い手がマントを緩め、ゼロの腰と胸に当てられる。後ろから抱き着いているのだろう彼女の、明るい緑色の髪がゼロの肩越しに見えた。もうゼロのマントはゼロを隠さず、後ろの彼女にひっかかっているような状態だ。
この人が、ゼロの愛人と言われている女性。
「アンタねぇ何してんのよ!」
「仕方ないだろう。チーズくんは今洗濯中なんだ。私の安眠のためには代わりの枕が必要だ」
「ま・さ・か。それがゼロだなんて言わないわよねぇ?」
女性二人の会話のせいで、C.C.があわられた時とは違う寒気に包まれる。正直に言おう。紅月隊長が怖い。
「そうだとしたら?何にせよ、お前には関係ないだろう」
はっと鼻で笑う。わなわなと声もなく震える紅月隊長をよそに、C.C.はため息を隠さないゼロを引っ張って扉の奥へ消えていった。

一般的に考えれば、その笑いは勝ち誇ったものであるべきだ。けれどどう見ても挑発やからかいの色しか見えなくて、ゼロのため息は愛人のわがままを許すには甘さが足りないように思えた。そう感じた瞬間から、愛人という言葉が不似合いで仕方なく思える。かといって、代わる言葉は見つけられないのだけれど。
最も、そう感じたのは俺だけで、紅月隊長は怒りそのまま、足を振り上げていた。
「あ……っンのオンナぁぁぁぁぁっ!!」
ドゴッと痛々しい音が響く。ブーツから繰り出された蹴りは綺麗にドアに入った。

本日の報告。C.C.が愛人という噂については、C.C.が好んで作り出している印象を受けた。紅月隊長がゼロに心酔しているのは事実。恋愛感情込みであることも確認できた。




◎ 配属7日目

白い悪魔がやってきた。
あの、紅月隊長をもってしてでも倒せないブリタニアの白兜のパイロットが、黒の騎士団についたのだ。
「マジかよ……」
玉城さんが頭を押さえながら呻いた。
「俺、酔っ払って変な夢見てるとかそんなんじゃねぇよな」
それだったら余程いいです。
「現実を見ろ、玉城。俺だって信じられないが、どうやら枢木はゼロと知り合いらしい」
「うげぇぇぇぇ。それで?中身が知り合いだってわかってブリタニア抜けてきたのかよ。そもそも名誉だぜ?胸糞ワリィ」
「すぐに受け入れろとは言わないさ。ただ白兜がこちらにつくのは戦力的には歓迎するべきだろう。アレがいるのといないのとでは戦力に大きな差が出る。ブリタニアの情報も少しは手に入るだろうしな」
「でも俺は納得いかねぇの!」
「カレンが腹に一杯キめたらしいからな、それで我慢しろ」
「マジ!?カレンやるな!!」
「この後は全体に向けて説明があるだろ。不満を持つやつも多いだろうから、玉城、きいてやれよ」
「まかせろって!」
「今騎士団は大事な時期だ。不満が溢れて分裂、なんて避けたいからな。ゼロが認めたんだし、戦力には変わりない。なんとか俺たちで収めていこう」
「おうよ!」
遠ざかっていく足音。これ以上は聞く価値もないだろうと踵を返した。
ゼロと白兜のパイロット…枢木スザクは知り合い。紅月隊長が既に制裁を加えている、か。ディートハルトさんは把握してそうだけど、報告しておこう。
と、顔を上げた時だった。

「こんにちは」

「―――っ!?」
気配は、なかった。声をかけられるまで気づけなかった。
「はじめまして。僕は今日からゼロ付になった、枢木スザクです。みんなが白兜って呼んでるKMFのパイロットやってます。君は?」
「あ、自、分は…紅月隊長下の」
「え、カレンさんとこ?」
「はい」
「なんだ、ディートハルト…さんであってるかな?あの情報関係の人のトコだと思ったんだけど、外れかな?」
ふふ、と柔らかく笑う唇とは裏腹に、翠の目はどこまでも俺を疑っている。震えるな、震えるな、装え!
「紅月隊長の部下になるまでは、ディートハルトさんのところにいました。幸い自分にはパイロット適性があり、KMFに乗せてもらえるようになったんです」
「そうなんだ?カレンさんのとこって前線走るから大変だよね。頑張ってね」
そう告げてすれ違う。
耳に残ったのは、先ほどの柔らかな口調とは全く違う、低く暗い声。

「俺、ゼロに近づくネズミには容赦しないから」

足先から、凍りつくかと思った。
遠ざかる足音が聞こえない。まだ、後ろに居るかもしれない。

「あれ?アンタ何してんのよ。ゼロが集合かけてるわ」
「こ、げつたいちょ」
「どうしたの?ちょっと顔真っ青じゃない!?」
あの悪魔に蹴りをいれたって本当ですか、もう後ろにアイツはいませんか。
震える手を必死で隠そうとしたけれど、紅月隊長に隠し通せなくて。そのまま腕を引かれて枢木が去った方とは逆の方向へと連れて行かれる。段々と震えが収まって、手が体温を取り戻していく感覚がした。情けない。

その後、救護室につれていかれた俺の元に現れたディートハルトさんから、枢木紹介のため隊長格が集められた部屋にしかけた盗聴器・カメラが全て壊されていたことを知る。
ますます燃える、と情熱を滾らせる元上司に引くどころか、なぜか俺も頑張ります!と応えてしまっていた。
明日からは、殺されない程度に頑張ろう。

本日の報告。ゼロと枢木は知り合いであり、ゼロを想う紅月隊長により、枢木は腹に蹴りを入れられたとのこと。なお、枢木の身体能力は一般レベルを大きく越え、情報部に対して牽制を行ってきた。各自、注意すること。




◎ 配属10日目

「ゼロ様っあなたの妻が参りましたわっ!!」
タラップを駆け下り、出迎えたゼロに飛びつくのは神楽耶様。
「神楽耶様、ご無沙汰しています。わざわざお越しいただいて申し訳ない」
「あら、通うのも妻の楽しみですわ。お気になさらず」
ゼロは胸元に置かれた神楽耶様の手をやんわりと外し、適度な距離を開けた。
同じことをC.C.がやったら何か言うはずの紅月隊長は、神楽耶様に対しては何も言わず、少し表情を歪めただけだった。
聞くところによると、神楽耶様はゼロの傍にいる女性という意味でC.C.と紅月隊長を認めているらしい。紅月隊長の表情はそのためだろうか。女性の心理は理解しがたいが、神楽耶様は懐の深い方なのだと思うことにする。
「ところでゼロ様。私、ゼロ様が犬を飼い始めたと噂に聞いたのですけれど?」
「犬?」
「えぇ。前の飼い主の手を噛んで、ゼロ様に尻尾を振ってリードを差し出したとか」

「ひどいな神楽耶。それって僕のことを言いたいの?」
いつの間にきたのか、枢木が苦笑混じりの声を上げる。
「おまえ……部屋にいろと言っただろ」
「C.C.さんに追い出されたんだ。別にいいじゃない。知らない仲でもないし、ね」
神楽耶様と枢木はいとこ関係だというから、確かにそうだろう。ただ、この嫌な予感は何だ。
「神楽耶様。ご紹介しましょう。枢木スザクです。おっしゃる通り、ブリタニア軍に所属していましたが、先日騎士団入りを果たしました」
「それまでは、ブリタニア軍であの白いKMFを駆って散々騎士団に被害を与えていたそうですね」
「そうだね。否定しないよ」
「事実ですから否定されても困りますわ。今更、どういうつもりですの?」
ずい、と神楽耶様が一歩出る。枢木はそれに応え、ゼロを背に庇うようにして前に出た。
「僕にとって、これが一番自然なことだから、かな」
にこり、と笑顔の応酬が空恐ろしい。
「ゼロ様」
不意に神楽耶様は視線を逸らし、ゼロに微笑みかける。
「私はゼロ様が飼うとおっしゃるならば、それを止めることは致しません。でも妻として、少しくらい犬の躾に携わっても良いでしょう?」
小首を傾げて伺う姿は大変可愛らしい。
「えぇ、構いませんよ」
「ぜひ!お願いします!!」
後ろから紅月隊長も声を飛ばす。
「では失礼して」

パァンっ!
高い音が響いて、神楽耶様の白い袖が舞うのが見えた。

「今後ゼロ様の御手を噛む様な真似したら、去勢致しますわよ?」
「肝に銘じておくよ。その心配は無用だけどね。神楽耶こそ、お転婆直さないとゼロに呆れられるよ?」


本日の報告。枢木と神楽耶様のやりとりを見て、ゼロは「昔は仲が良かったのにな」と小さく言っていた。幼少の頃から枢木と神楽耶様と近しい関係にあったと思われる。しかしあの凍りつくような空気の中でそんなことが言えるあたり、ゼロは自分が中心に皆が火花を散らしていることなど気づいていないのだろうと思われる。




◎ 配属12日目

「紅蓮に慣れると、無頼って重たいのよね。遅いし」
ボソっと紅月隊長が本日限定の搭乗機を見上げて呟いた。
「紅蓮は軽いんですか?」
「あ、聞こえてた?ごめんごめん」
「いえ、純粋に紅蓮の操縦はどんな感じなのかと思いまして」
「そうね、やっぱりすごく軽いな。私の反射スピードに合わせてもらってるせいもあるけど、こっち動きたいって思ったらすぐ応えてくれる感じ。無頼はタイムラグがあるのよね」
んー、と伸びをして、紅月隊長は無頼のコックピットへと乗り込んでいく。
「ま、今日だけだしね!癪だけど、白兜の機体性能は認めるしかないし、ちゃきちゃき奪いに行くわよ!!」

本日の作戦は、白兜、もといブリタニアの第七世代KMFであるランスロットの強奪である。
枢木が所属し、ランスロットの制作に携わるブリタニア特別派遣嚮導技術部の2名とともにコンテナごとも持ち帰るらしい。

「P1を先頭にそのまま直進。K5!少し出ている。慎重に進め」
無線を通じてゼロの声が響く。自分に振り当てられた番号はF3。ゼロの声はまるで魔法で、この声に従えばなんだってできるような気になる。
今回の戦場では、ブリタニア軍は「日本の夜明け」と相対している。無頼を所有する、2年前から活動を始めた組織だ。積極的に武力抗争をしかけているものの、いつも本陣が崩れる前に撤退しまた時期を空けて攻撃をしかけてくる、言ってしまえば目障りな存在。今回はコーネリア殿下以下、グラストンナイツもお揃いで壊滅を目論んでいるようだ。
我らが目的は後方支援…という名のもと、外れで待機させられている。
零番隊が「日本の夜明け」の一隊を装ってかく乱、その間にコンテナを回収するというシンプルな作戦だ。
裏切る側の派手な協力もあり、たやすくコンテナは黒の騎士団のアジトまでやってきた。
派手な協力とディートハルトさんに言わしめる内容は、特別派遣嚮導技術部が自身の使用していた部屋を時限爆弾で爆破したり、コンテナ内でブリタニアと通信できなくしてみたりと、一部を聞いてもブリタニアに同情したくなるものだった。
枢木はそういったことができそうにないので、恐らくこちらにつく他2名の仕業だろう。一体どんな人物なのか。自分達一般の団員より他の隊長格より早く、紹介を済ませたらしい紅月隊長のもとへと急いだ。

そして今、特別派遣嚮導技術部と対面してきた紅月隊長の機嫌は地を這っている。
「紅月隊長?」
とりあえず、お茶とお煎餅を差し出してみる。
心なしか、団服が乱れている。例えばそう、白兵戦をした後のような。
「あ…ンの眼鏡ェェェェェェっ!!」
バリっと小気味いい音を立ててお煎餅が割れる。藤堂隊長も贔屓にしているという、はりま屋のお煎餅である。
「えぇと、特別派遣嚮導技術部の方ですか?」
「そうよ!もう最悪!!枢木だけでも手一杯だっていうのに、さらにあの眼鏡まで!!」
「男性ですか?」
「男よオトコ。副官は女性だったわ。やっぱり頼りになるのは女性の副官よね!最終的にセシルさんがあの眼鏡ひっぱたいて治めてくれたし。…ってことは、あの人に白兵戦教わればアイツ倒せるかしら?」
「紅月隊長と戦ったんですか?」
「あと枢木とね。3人でバトルよ。流れで枢木と二人がかりで向かっていったんだけど、フラフラフラフラ避けやがって当たんないのよ」
バリンっ。

「なんだ、煎餅か。ピザはないのか?ピザは」
……燻ってる火に灯油を注ぎそうな人が!!
「何よC.C.。生憎だけど、あんたに食べさせるお煎餅はないわよ」
「誰が食べるか。それより大変だな。敵が増えて。しかもゼロはロイドの信頼を既に得ている。枢木より強敵なんじゃないか?まぁ私には関係ないことだかな」
ニヤニヤと笑みを乗せると、光を反射して艶めく髪を翻してあっさり去っていく。
「さて、私はゼロにピザを作ってもらうとするか」
前言撤回。燃料を投下して去っていった。
「―――っ待ちなさいよC.C.!!私も行くんだから!!」
これご馳走様っ!とお茶を一気に煽ると、紅月隊長はパタパタと足音を響かせ出て行った。

本日の報告。紅月隊長及び枢木はロイド・アスプルンドを敵と認定。C.C.は余裕の表情をみせていた。ゼロとC.C.はロイドと以前から親しい仲にあった可能性大。

「今日はこんなものか」
ゼロの人となり、人間関係の調査報告書は、小さなメモ用紙にしたためて指定ポイントで渡すことになっている。
枢木にはあれ以来遭遇していないが、慎重に行こう。と決意を固めて前を向いた時だった。

「こぉんにちはぁ〜」

色素の薄い髪と眼鏡が飛び込んでくる。
「はじめましてぇ。ゼロにお仕えする、ロイド・アスプルンドですぅ」
「は、じめ、ましてっ。自分、は。紅月隊長下の」
「名前なんかどうでもいいよぉ興味ないしぃ〜。僕が知りたいのはねぇ、そのポッケの中の紙だからぁ」
見えちゃったんだよねぇと薄笑いを浮かべているが、いつだ!?見られるなんてヘマはしない。枢木から聞いて、カマをかけているのか?
「紙、でしょうか?」
「そ、コレコレぇ」
ヒラ、と左手で摘んでいるのは、四つ折りにされたメモ用紙。
「なっ!?」
「コレ、どこに持ってく気ぃ?……ブリタニアだったら、殺すよ?」
口調はあくまで明るい。けれどどこまでもその眼は鋭かった。背筋が凍りそうだ。
「違い、ます。これは黒の騎士団の…情報部にいるディートハルトさんのところへ持って行く予定でした」
「ふぅん。そんなにゼロの中身が気になるのかなぁ。キミたちは奇跡を起こしてくれる偶像なら何でもいいんじゃなぁい?」
「ディートハルトさんの考えはわかりません」
ただ漠然と、ディートハルトさんが「カオスの権化」と崇めるゼロが崩れないように、影響を与える可能性がある人物を調査するよう自分に指示したんじゃないかと感じている。中身についての情報収集もその一環ではないかと。
「まぁいいけどねぇ。あ、この紙僕が渡してきてあげるよぉ。場所ドコ?」

「僕は枢木くんと違って、害が出る前に叩き潰す主義だから」

すみませんすみませんディートハルトさん。自分はまだ死にたくありません!!


[ Update : 2010.07.11 ]










inserted by FC2 system