声が離れない。

衝撃的な第三皇女の騎士の発表。
史上初となるナンバーズの騎士就任。
道を歩けばそればかり。もっと語彙を増やせと八つ当たりをしたくなる程。
うるさい。うるさい。うるさい。
メディアの攻撃に身を丸めてしまいたくなる。

けれど、帰らなければ。
あの家に帰らなければ。ナナリーの待つ世界に帰らなければ。

俺の足を動かすのはその一念。他のことは考えたくない。何一つ、考えたくない。
明日になったら考えるから、今はただ、前に足を。
スザクに言おうと思った言葉なんて思い出すな。もう言えない言葉など、必要ないんだ。
忘れてしまえ、忘れてしまえ。
頼むから、消えてくれ。
もう二度と、掴めない手の記憶なんて。


主よ、許したまえ 1



「おかえりなさい、お兄様」
「ただいま、ナナリー」

頬に口付け合って、ようやく、肩から力が抜ける。
どうやって帰ってこれたのか記憶にすらないのに、辿り着けるものなのだなと頭の隅で嘲笑う。

「ニュース、もうご存知ですよね」
「あぁ、聞いたよ」

そう返せば、ナナリーは顔を伏た。視線を落とした先、膝に置かれた手が震えている。

「……お兄様…私、スザクさんが」

小さく細い声まで震えていて、聞いていられない。
言わなくて良いと告げながら、その小さな細い手を握った。
スザクのことが好きだったんだと思うと、胸が痛んだ。それは何故か、妹の叶わぬ恋への痛みとは違う感覚のように思えたけれど、頭を振って得体の知れない感情は振り払う。俺の手で包んだ白い手をじっと見つめれば、不意にきゅっと握り締められた。

「私、スザクさんが、お兄様の騎士になって下さればいいのにと、何度思ったかわかりません」

顔を上げ、ナナリーはそう言った。

「ナナ、リー?」
「スザクさんなら、お兄様を守って下さると思ってたんです。もし、ブリタニアに見つかっても、スザクさんならお兄様を連れて逃げることができると思っていたんです。スザクさんならって、ずっと、ずっと思っていたのに!またお会いできて、お兄様と同じクラスになって、良かったと、思っていたのに!!」

声を上げるナナリーに戸惑いを隠せない。普段はあんなにも落ち着いているのに。それなのに、こんなにも感情を高ぶらせるなんて。俺がそう望んだように俺に騎士をと望んでいてくれたなんて。
ナナリーの声にスザクへの恋情はなかった。あるのは信頼だった。

「なのに、スザクさんはユーフェミア皇女のものになってしまうんですね」

悲壮なその声に、俺に返すことの出来る言葉などありはしなかった。
けれど一つだけ、俺の望みも伝えておく。

「俺は、スザクがナナリーの騎士になってくれればと思っていたよ」
「……同じコト、考えていたんですね。少し、嬉しいです。でもお兄様は心配性です。私には咲世子さんがいるのに」

嬉しいといいながら頬を膨らませるナナリーが可愛いと思う。
大切な大切な、俺のたった一人の妹。

「それに、スザクさんが私の騎士になっても同じことですわ」
「?…どういうことだい?」
「スザクさんに命令して、お兄様を守っていただきますもの」

ぷっと思わず笑ってしまう。そんなことしたら騎士の意味がないじゃないか。

「いいんです。そうしたらお兄様は絶対に大丈夫ですもの。それに、スザクさんをお兄様の側につけたら、二人とも、私の側にいてくれるでしょう?」
「そんなことしなくても、俺はナナリーの側にずっといるよ?」

優しいナナリーは冗談でもウソツキなんて言わなかった。
俺の手を握り返す手の温もりに安堵する。
嘘じゃない、嘘じゃないんだ。ずっと側にいるために、これから、俺は。




ナナリーをベッドに寝かせ、戻ってきた自室にC.C.はいなかった。
いるのが当然だったから、部屋が少し広く感じる。
特に、こんな月の夜は。
窓から差し込む光に目を細める。満月になる前か、満月を終えた月か。円になっていない月に満ち欠けの法則を思い浮かべたところで携帯が震えた。
取ろうか、取るまいか。
大方リヴァルあたりがスザクのことで連絡してきたのだろう。ならば、取る必要もないか。
正直、もう眠ってしまいたかった。無理矢理にでも眠りたいんだ。
携帯の着信は見ない振りをして着替え始める。シャワーは朝にしよう。
そのうち鳴り止むだろう携帯なんて忘れてしまって。

そう、思ったのに。
しばらくたって止まった携帯の振動は、時を経ずして再び鳴動を始める。
一度目はベッドの中で丸まってやりすごした。二度目は枕に頭を押し付けて、そして三度目は顔を起こして点滅するランプを見つめた。
四度目は、我慢できずにひんやりとした床に足をつけて電源を衝動のままに切ってしまった。
相手が誰かなんて確かめる余裕などあるはずもなく、眠りを妨げるものがなくなったことにただ息をついた。
これで眠れると、再び温かなベッドの中へ。
戻ろうとした時だった。

カンっ

反射的に音のした方を見れば、大きな窓ガラス。

カカンっ

再び鳴った音と揺れるガラス。
自然に出る音ではない。例えば、そう、小石をぶつけたような。
警戒しながら窓ガラスとの距離を縮めていく。
3歩、2歩、1歩。

カァンっ

衝突音の後、勢いよく窓を開けた。

「誰だっ!?」





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