窓ガラスを叩く音に誰何の声を上げる。
ナナリーが間違っても起きないように、できるだけ、声を絞って。

小石の主が誰かなんて、本当はわかっていた。
こんなことする相手なんて一人しか思いつかないじゃないか。
それが余計に嫌になる。弁解を望んでいた己の弱さに。
だからできることならば、違う誰かであって欲しかった。今ならばブリタニアの軍人の方が余程歓迎できる。何のためらいもなく、ギアスを行使できる相手ならば誰だって。

身を乗り出して見下ろした先にいたのは、今一番会いたくて、顔もみたくない相手だった。


主よ、許したまえ 2



「ルルーシュっ」

眼下で茶色い髪が揺れている。
月明かりで表情までよく見える。

「スザク」
「―っルルーシュ!」

必死そうだと、冷えた頭でそう認めた。
何故必死なのだろう。俺が望む言葉など何一つ言ってくれないことなどわかっているから、余計にそう思った。

「時の人が、こんなところで何をやっているんだ?軍にいないと不味いだろう?色々と」

口をついて出るのはそんな言葉。
おめでとうと、一言いってやれればいいのに。理解はしているつもりなのに、祝辞なんて一つも出てこなかった。
だから、今日はもう寝たかったんだ。明日になれば、きちんとお祝いしてやれるのに。
なんで、来たんだ。

「ルルーシュ!僕は」

言い募るスザクに苛立ちが募る。
ダメだ。口を開いては、いけない。
この口はきっと、スザクを詰る言葉しか紡げない。

「……ルルーシュ、君と話すことすら、許してもらえないの?」

窓の内側と窓の下。まるで芝居のワンシーンのようで可笑しくなる。
ねぇスザク。あなたはどうしてスザクなの?名誉ブリタニア人なの?どうして?どうして私はブリタニア人なの?皇子に生まれたの?どうして、まだ生きているの?
思い浮かんでは消える言葉に苦笑する。
芝居を見て、日ごとに形を変えるものに誓うなんて愚かだと一笑したのは誰だったか。けれど今なら似合いだと言い返せる気がする。永遠不変の感情なんてありえないだろう。
友情も信頼も、こんなにも無常だというのに。

「おやすみ、スザク。また明日」

望んだ言葉が聞けないのにこの窓を開ける必要などない。
告げたかった望みが言えないのにこの窓を開ける必要などない。
背を向け、窓を。

「ルルーシュ、僕の話しを聞いて。そして君の話しを聞かせてよ」

擦れた低い声が、耳元にかかる。
何が起ったのかわからない。
振り向いた先は、近すぎる翠。

瞬き一つして、認識した自分は、窓辺に腰掛けたスザクに後ろから拘束されているようだった。
首と腰に腕が廻されている。軍人の、鍛えられた腕だ。
左肩にすりつけられた額、頬をくすぐる髪は、7年前と変わらないのに、それは俺達の間に時が経っていることを示していた。

「ごめん」
「不法侵入だぞ」
「それは、謝らない。ルルーシュ、ちゃんと聞いて。嘘ついててごめん」
「…それで?」
「ごめん」

白兜のパイロットはスザクだった。危険なことなんてしないと言っていた、スザクだった。 ユーフェミア皇女が宣言した騎士だった。
何もかも、今更だ。

「お前に、怪我がないならいい」

本当は死ねばいいと思っていたよ。白兜のパイロットなんて、倒してしまいたかった。そのために研究を重ねたし、さっきだって負けると思わなかった。
お前だって、俺なんていなくなればいいと思っていただろう?
でもスザクを目の前にすると、生きていて良かったとしか伝えられない。

「ルルーシュ、ユーフェミア皇女は」
「お前を騎士にしたな」
「っ!僕は何も言っていない!」
「お前が望まない結果だとしても、皇女に、恥をかかせる気だってないだろう?」
「それは、そうだけど」
「良かったじゃないか。お前が皇女に仕える限り、ここは安泰だ」

俺達の活動によっては、どうなるかわからないけれど、とは心の中だけ。

「ルルーシュ、僕は」

俺を包む温もりは手放しがたかったけれど、これ以上不毛な会話はごめんだと思う。
早く放して欲しい。縋り付いてしまいたくなるじゃないか。そんなこと絶対にしたくないのに。
スザクの声が近すぎて、どうにかなってしまいそうだ。

「僕は、君の騎士になりたかったよ」



あぁほら、ろくなことにならない。





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