俺の正体を知ってもなお騎士にと告げる馬鹿につける薬はどこにあるのだろう。
本当なら、馬鹿かお前はとか、気持ちだけもらっておこうとか、そういう極々一般的な言葉をかければ良い。
それくらいわかっている。
困ってしまうのは、誰にも渡したくないから。
この感情につける薬が欲しい。完全に治る必要なんてないんだ。今この時だけ、効けば良い。
そんな薬はないのを知っているから、余計困るんだ。


主よ、許したまえ 5



「許可を、いただけませんか?」

まっすぐに俺を射抜く瞳。
この色が好きだ。
芝居がかった口調が似合わないと思うのに、それを望んでいる自分がいる。
まるで、主と騎士のようだから。

「俺は、ブリタニアに仇なすものだぞ?」
「承知の上です。ゼロの正体と行動理由がわかってなお、ゼロと敵対することはできません」

少しだけ苦笑するその顔は、どこか吹っ切れた様子。
それだけでいいのか?あれ程までに俺と敵対していたパイロットが、それでいいのか?
たったそれだけ、了解して、枢木スザクを騎士にしろと?あの愛らしい姫君が望んだのに、それを蹴ってまで?
できない。スザクが騎士になるのは確定事項だ。いくら正式な儀式を済ませていないといっても、もうこの情報は全世界に広まっている。スザクは、ユーフェミア皇女殿下の騎士だ。
もし許可したら?スザクは俺の騎士になるのか?
その後はどうするつもりなんだ。皇女にどう言い訳するつもりなんだ。
頭ではわかっている。言っては駄目だ。駄目なんだ。
それなのに、この喉は、この心は、どこまでも感情に素直だった。

「許す」

俺だって、白兜のパイロットを知った今、以前のように容赦なく攻撃できるかなんてわからない。
そう思い、告げてしまった瞬間、スザクは破顔した。
嬉しそうな、安心したような、そんな顔から目が離せない。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇太子殿下に永遠の忠誠を誓います」

儀式もなにもなかった。ただ月だけが見ていた。正式な口上も、参列者も、何もない。ましてや騎士の証たるものすら俺は所持していなくて、誰にも認められるわけがない誓いだった。
それでも証を、スザクはくれた。
俺の手の甲に落とされた口づけ。
俺達には充分すぎる、誓いの証。

「これで僕は、ルルの騎士だね」
「あぁ、俺の騎士だ」

俺だけの騎士だ。
そう理解した途端、膝から力が抜けた。

「!?」
「―――っと」

立っていられなくて傾いだ身体は、なんなくスザクに受け止められた。元から向かい合っていたこともあるだろうが、簡単に支えられてしまうことに感謝よりも悔しさが先だった。俺はスザクの胸に顔を押し付けるようにして支えられていたのだ。
ほとんど腕の力だけで支えられて、俺ができることといえばスザクの胸元にすがり付いて睨みつけることだけ。

「大丈夫?」
「平気、だ!」
「ちゃんと夜は寝て、朝はご飯食べなきゃダメだよ?」
「もう寝るっ」

睡魔に負けて膝が落ちてしまったわけではないのは、お互いわかっている。
それを知らぬ振りでくすくすと笑うスザクに、恥ずかしいやら何やらで思わず声を荒げてしまった。
俺をこんなにも簡単に突き動かせるのはきっとスザクだけなんだろう。

「うん、お休みルルーシュ。また明日」

ちゅっと音を立てたのは俺の額。

「――――スザクっ!!」

抗議の声をバックにスザクはひらりと窓の外に身を躍らせた。
見下ろせばひらひらと手を振る能天気な顔。
仕方ないから溜息と一緒に手を振ってやる。

難しいことはまた明日。明日になってもスザクは俺の隣にいるから、だからもう、眠ってしまえ。





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