ひっそりと、ひっそりと佇む宮殿が、ブリタニアには一つだけある。
自己主張と住人の嗜好が前面に押し出される宮殿が多い中、埋没するように、木々と草花に囲まれた小さな宮殿は、中心部からはほど遠い位置に建てられた。
人々は呼ぶ。黒の皇女がおはす、アリエスの離宮と。


My Fair Queen 1



夢を、見ていた。
「おはよう、ルルーシュ」
そうルルーシュを呼ぶのは、シャーリー。
アッシュフォード学園の制服を着ていれば、間違いなくルルーシュは夢の続きだと思ったか、それとも今の生活が夢だと思っただろう。
けれどシャーリーの服は、黒を基調とした、シックなメイド服。
「今日はとっても天気がいいんだよ。庭師さんが姫様にってお花を切ってくれたの。食卓にも飾るけど、いっぱいもらったからルルの勉強机にも飾っていい?」
「シャーリー。勉強机ではなく、せめて執務部屋に飾ると言ってくれない?」
音もなく開けられた扉。声の主の髪は紅蓮。突然かけられる声にも慣れたシャーリーは笑顔で振り返る。
「おはよう、カレンさん!」
「おはようシャーリー。私たちのお姫様は、まだ夢の中みたいね」
カレンもまた、制服ではなく、落ち着いた赤を基調とした服を着ている。
ルルーシュは半身だけをベッドに起こし、ぼんやりと二人を眺めていた。
カレンの着ている服はまるで、そう、まるで、姉でもある第2皇女のもののようだ。姉上と、その、騎士が着ている服のような。

「あぁ、ここはブリタニアか」

ぽつり、と落とされた言葉に、発したルルーシュ自身が覚醒する。

1年前、ルルーシュは元・日本に降り立った。イレブンのテロリストに頭を悩ませていた兄クロヴィスを手伝うべく、学生を装って。
予期せぬ再会と、出会い。
思わず思い出して頬が緩んでしまうほど、楽しかった日々。それまでずっと腹の探りあいばかりで緊張ばかりの生活だったから、学生生活が信じられないくらい楽しかった。
テロリストの中に潜入したりと無茶なことも多少はやったが、それでも本国にいる緊張よりずっとマシだった。何より、仲間と、呼べる者がいたから。

「起きた?ルル。おはよう」
「おはようルルーシュ。はやく起きないと、スザクが煩いのだけど?」

学生に扮するために転入したのは、本国でルルーシュの後見をしてくれているアッシュフォード家の運営する学園だった。無理矢理入れられた生徒会の委員は、とても優しくて、自分の素性を告白して本国に戻ると告げたら、ついていくと言って聞かなかった。
確かに、その場ではルルーシュは断ったのだ。嬉しかったのは本当だが、それ故につれては行けなかった。
しかし、ルルーシュは甘くみすぎていた。ぶっ飛んでいる、という表現がぴったりの生徒会メンバーの本気を。

騎士にしたカレンとスザクは、任務完了の対価と押し切って本国に了解させて連れて来た。
ミレイはルルーシュが本国に戻るのに合わせて留学として本国の大学に移った。ニーナは卒業後、その頭脳を活かして本国の研究所への入所が決まったと聞いた。そして、シャーリーとリヴァルは。
紹介状を持って、アリエスの離宮の門を通ったのだ。
そして現在、シャーリーはメイドとして、リヴァルは運転士としてこの離宮、いや、ルルーシュに仕えている。

「起きた」
「はいはい。じゃあお顔洗おうねー」
「子ども扱いするな!」
「はいはい。じゃあルルーシュ、私は先に下にいくから。よろしく、シャーリー」

「かしこまりました、カレン様。姫様のお世話はおまかせ下さい」

完璧なメイドの仕草でシャーリーはおどけて頭を下げた。






「おはようございます、姫様」
身支度を整えられて階下に下りたルルーシュを待ち受けていたのは、爽やかさを前面に押し出した青空のような笑顔。
次世代ナイトメアフレームを操り、ナンバーズ初の騎士候となったスザクの笑顔は10人中8人は笑みを返してくれるものだったが、シャーリーが嬉々として毎朝手入れする白皙の機嫌は、急降下した。
「随分な挨拶だな?スザク」
「?なんのことでしょう?」
「ほぉぅ。我が騎士たる枢木殿は恋人の顔色も伺えんらしい。嘆かわしい話だな」
「あぁ姫様。ご機嫌を損ねてしまったことは申し訳ありませんとしか言いようがありません。しかし」 「スザク!」

「お姉様」

本気の喧嘩なのか痴話喧嘩なのか判断つきかねる口論を諌めたのは、ルルーシュの最愛の妹たるナナリーの一声。

「ナナリー」
「お姉様、スザクさんは焼きちをやいてらっしゃるだけですわ。スザクさんも、いくら嫌だからと言って、お姉様にあたらないで下さい」
ナナリーの言葉にルルーシュは首をかしげ、スザクは決まり悪そうにごめんルルーシュとぽつりと告げた。





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