黒の皇女の美しさは、拝見する機会が少ないことと母君の美貌も相まって、傾国、と噂されている。
実際、メイドが彼女を磨き上げていくのも気にせずに憂い顔のまま微動だにしない彼女は時を忘れて魅入ってしまうほど、美しい。

例え頭の中で、どんなことを考えていようとも。


My Fair Queen 2



真っ黒な瞳の奥で、ルルーシュは静かに怒っていた。
どうにもならない状況に。逆らうことのできない自分自身に。

自分の容姿が騒がれる類のものなのはわかっている。何せ母上も妹も美人なのだ。自分が見目悪いわけがない。加えて、そこそこの地位と隠しきれない将来性が目をつけられているのもわかっている。先日シュナイゼル兄様に忠告されたばかりだ。イレブンの治安向上はおまえに学生を体験させたいという口実だったのに、完璧に任務をこなした成果と新しい騎士、それにナイトメアフレームまで持ち帰るなんて、と。そう、何よりも自分の名を華美にするのは母の美貌と功績でも妹の愛らしさでもなく、優秀な騎士に最新式のナイトメアフレームだ。自分をモノにすれば、自動的に騎士とナイトメアフレームが二対も手に入るのだ。まさしく、お買い得、ではないだろうか。しかも悪いことに自分の騎士は二人とも眉目秀麗すぎる。優秀すぎるパイロットな上に見た目もいいなんて、狙われるに決まっているだろう!

「スザクもカレンも俺の騎士なのに」

思わずぽつり、と落とした言葉は、今のルルーシュの心境を何よりも的確に表していた。

もっともそれは、ルルーシュ以外の人間の目的からすると、かぎりなく的の端っこに当たっている、という程度の考えなのだが。
そんなことには気づくはずもなく、鏡の中のルルーシュは溜息をつく。

きゅっとコルセットで内臓が変形しそうなほど締め上げられているウエスト。
幾重にも無駄に重ねられるスカート。
蹴るのには都合がいいが走るのには少々難のある高いヒールの靴。
桃色の髪の異母妹にとてもかなわない小さな胸は隠すように覆われている。
肩までしかない真っ黒な髪には重たそうな飾り。

ルルーシュにとっては不本意な、美しくも儚げな人形の態。

「どうしたの〜ルル。心配しなくても、スザクくんもカレンさんも、ルルのものでしょう?」

ルルーシュの独り言にシャーリーはさも当然、というように返し、少し離れて人形と化した彼女の姿を検分する。

「ねぇカレンさん、この髪飾り、イマイチかなぁ?」
「私はシャーリーのセンス、好きだけどね。今日のパーティーには、あっちの華やかなのの方がいいんじゃないかしら?」

うん、やっぱりあっちの方がいいよね!とシャーリーはいそいそと道具箱に向かう。
道具箱、と言ったのはルルーシュであり、正確にはアクセサリー入れだ。もちろん道具箱などと言ったルルーシュは怒られたのだが、彼女に言わせれば、他に言い方もないだろう、とのこと。
興味がないのだ。自分を飾って楽しむことに。年頃の少女ならば当然の楽しみに。

「ルルーシュ、まだご機嫌は直らない?」
「当然だ」

ただでさえ、ルルーシュはパーティーが嫌いだ。それなのに、盛装に着せ替えられている。

「私もスザクも、ルルーシュ以外の誰のものでもないわ」
「当然だ」
「はいはーい。私も私も!」
「知ってる」
「うん。じゃぁ髪飾り変えるね〜。ルルーシュがパーティー会場で一番綺麗で、誰も近づけないくらい、最高のお姫さまにするんだからっ」

もちろん今でも最高だけど、それとはちょっと意味が違うのよっ、と弾む声。

「頑張って、シャーリー。私も着替えてくるわ。私達のお姫様の、両脇に立つに相応しい騎士になるために」

今日は黒の皇女を狙う男を燻りだすパーティーだからね、と紅の騎士は微笑んだ。






朝食の後、ルルーシュが自室でスザクを問い詰めたところ、見せられたのは一通の封書だった。

「?コレか?原因は」
「そう。開けてご覧。きっと僕が朝あんなに機嫌が悪かったのに、少しは情状酌量の余地があるって思ってくれるから」

そう言われると開けたくなくなるのが、人情というもの。しかし宛名がルルーシュのものである以上、開けないわけにもいかない。
ルルーシュの中では、既に自分宛の封書をスザクが先に開けたことについては不問になっている。ルルーシュ以外の開封を禁じるものではないから、というのが一番の理由らしい。
裏を返して送り主を見れば、ルルーシュ曰く、あのふざけた頭をしている、認めたくないが一部の遺伝子を共有している、父親の側近の名。

「名前を見た段階で燃やしたくなった」
「燃やさなかった僕を褒めて欲しいな」
「朝のことは水に流してやろう」
「ありがとう」

盛大に眉を顰めつつも几帳面に折りたたまれた跡のある、ぐしゃりと一度潰されたとしか思えない紙を開く。
そこに踊る文字は。

ぐしゃっ

「ね、一文字も判別できないくらい千切ることもしなかった僕を、褒めて欲しいな」






それは、パーティーへの招待状。
アリエスの住人にとっては、お見合いパーティーへの出頭命令。
忌々しいこと、この上ない。





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