出逢えたことに感謝を。
恋したことに感謝を。

でも時々、もし、と考えたくなる時がある。
もし、もしも、もしもあと少しだけでも、自分に優しい世界だったら、と。
もしそうだったなら、この恋はもっと認められていたのではと。

けれど全て、もし、の話し。
もし、今より少しだけ自分に優しい世界だったなら、この出逢いはなかったかもしれないのだから。
けれど時々、不満を漏らすことぐらいは許して。


My Fair Queen 3



シャーリーが今日という決戦に用意した戦闘服は、黒の皇女の名を映えさせるような、黒を基調としたドレス。惜しげもなく使われたレースが細い身体をより華奢に見せている。少しの動作にもついて行く様に、ちらりと覗く空色の下地が、肌の白さをより際立たせている。
階段を下りる百合の花を待つのは、紅と白。動きやすさを損なわないまま、正式な場に相応しいように飾られた騎士服を纏うその姿は、平素と違い、まるで紳士の如き様相。
伏し目がちに己の騎士を認めたルルーシュは、流し目をやって、薄く、笑んだ。
スザクもカレンも、手を差し出すことはしない。
ルルーシュはそのまま階段を下りきった。

「お姉様」

声をかけたのは、ナナリー。
後ろには車椅子を押す、メイド姿の騎士。

「ナナリー。行って来る。留守は頼んだよ」
「はい、お姉さま」

妹の目の前、ルルーシュはドレスが床につくのも気に留めず、膝をつく。
肘まですっぽりと覆う手袋で、ナナリーの頬を撫で、その滑らかな頬に、口付けた。
それはまるで、宗教画のような。

「ご武運を」

口付けを返したナナリーはそう言い、くすりと微笑んだ。



玄関ホールの扉を開ければ、行儀がいいとは言えない姿で待ち構える運転手。
頭の後ろで組んでいた腕を解き、黒光りする車体に寄りかかっていた身をぴょんと起こす。外はねの髪も同時に揺れた。
咎めるでもなくルルーシュの唇は笑みを形作る。

「こんな夕刻にどちらまでおでかけですか?プリンセス」
「古狸が子ども連れで祭りをするらしいからな、狩りに行こうと思うんだ」
「りょぉか〜い」

にっと笑顔でおどけるリヴァルは、完璧な運転手の仕草で扉を開けた。

さぁ参りましょうか、猟犬連れてピストル持って、絢爛豪華な狩場へ。






赤いビロードの絨毯を踏みつけるハイヒールと革靴。
人々の静やかなざわめきが木霊する玄関ホール。
その全てが、
ざわり
一際大きく人々のどよめきが声にならない音になった後、ぴたりと止んだ。

磨き上げられた黒の車からまず降りたのは、白を纏った騎士。
すっと差し伸べた手に重ねられたのは漆黒。
反対側のドアから降り、回って丁寧にドアを閉めたのは深紅に染まった騎士。

騎士の手に重ねた手を見つめた後、黒の皇女は緩やかに面を上げて、控えめに、笑んだ。

「御機嫌よう」

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇女殿下、ご到着。



立食形式のパーティ会場は眩い光に満ち溢れている。
天上から吊るされたシャンデリア。
雰囲気作りに一役買う花をかたどったロウソク。
そして何より、これ見よがしに着けられた石コロ。

己の髪にも飾られているソレを思い出し、ルルーシュは溜息を悟られぬようゆっくりと吐き出す。
義理の笑顔の仮面は完璧。
けれど深紅の騎士には見破られた様子。カレンはさりげなく目の前にいる男を下がらせると、ルルーシュに飲み物を渡した。

「姫様、ミレイ様がいらっしゃったようですよ。特派の方々もいらっしゃったようなので、後ほどご挨拶に参りましょう」

ルルーシュが不満を漏らす前にと、カレンはタイミングよく友人の到着を告げる。
瞬きの後のルルーシュの笑みは、盗み見ていた人々を停止させるに充分すぎるほどのものだった。
それをしっかりと横目で確認したカレンはきつくなりそうな目と深呼吸一つで整える。
減るから見ないでよ!
けれど同時に少しの優越感を得るのも事実。
本当の笑顔は私たちだけのもの。
思わず上がった口角を隠すかのように、カレンは己の姫の手を取った。






「うーわぁ。機嫌悪そうだねぇ君」
「悪そう、じゃなくて、悪いんですよ、ロイドさん。わかっているのに聞かないでくれませんか?」
「あは〜ごめんねぇ」

スザクは己の姫の側にいることが叶わず、もう一つの所属である特派の上司と共にいた。
ふわふわと笑う上司との会話が笑顔なのは口元だけ。スザクの目は笑っていない。けれどボリュームを絞って言葉を交わす姿は、傍から見れば笑顔で談笑する上司部下にしか映らない。

「でもスザクくん、悪いけれど今の法制度じゃ、皇女殿下が離宮にいられる時間は、もうあまりないんじゃないかしら?」
「し、か、も〜。ルルーシュ様には、ブリタニアとイレブンの最新どころか次代ナイトメアフレーム二つの特典つきだもんねぇ。お、か、い、ど、く〜」
「殴りますよ、ロイドさん」
「よかったですね、ロイドさん。ここがパーティ会場で」
「悪いけど、だから言ってるんだよぉ」

目を細める上司とにっこりと口角を上げる上司。
くるり、と向き直り、セシルはスザクを相手する。

「大丈夫?スザクくん」

上司の足を容赦なくヒールで踏みつけたまま、セシルはスザクにそう問うた。
ぐりぐりと抉る足元とのコントラストは見事。

「今のとことは、まだ我慢できているんですけどね」

これから先は自信がないです。
ふーっと息を吐き出す先の言葉は。

「いっそのこと、孕ませて閉じ込めようかと、思わないでもないんですよね」

実行には移しませんけど。
眩しいくらいの笑顔であっさりとスザクは告白を一つ。
内容は、懺悔室に連れて行きたくなるようなものだとしても。

「そうね、実行には移せないわね」

二人きりの世界に行くには、抱えた荷物が多すぎて。
だから、懺悔はここでおしまい。





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